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宝石のような時間をどうぞ  作者: みつまめ つぼみ
第6章:私たちの青春

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50.

 マスターが私の背後で告げる。


「いいかい? 左手のブリッジは動かさないように。

 右手は振り子のつもりで、肘から先だけ動かすんだ」


 私は真っ赤になりながらうなずいた。


 『まずは練習しよう』と、マスターが手取り足取りで教えてくれる。


 密着するから、どうしても意識しちゃうんだけど?!


 マスターが私に手を添えながらキューを動かすと、綺麗にボールが真っ直ぐ転がっていく。


 反対側に当たったボールは、まっすぐ手元に戻ってきて、キューの先端に当たった。


「これができれば初心者卒業だよ。

 少し練習してごらん」


 マスターが私から数歩だけ離れた。


 私はマスターの手の感触を思い出しながら、ボールの真ん中に向かってキューを付き入れる。


「……あれ?」


 ボールは明後日の方向に転がっていき、ポンポンと壁にバウンドしながら転がっていった。


「ハハハ、ちゃんと真ん中を狙って。

 右手がぶれてるよ。

 慣れるまで、何回かやろうか」


 マスターがボールを拾い上げ、私のキューの先に置いた。


 私はうなずいて、慎重にボールを見つめる。


 ふと横を見ると、歩美(あゆみ)と孝弘さんは並んで練習してるみたいだ。


 ビリヤード場で大声はマナー違反らしい。


 なので小声で二人が口喧嘩をしているのが聞こえる。


 歩美(あゆみ)がボールを見つめながら告げる。


「なんで私が孝弘さんと組むのよ」


「秀一さんが早苗(さなえ)と組んだんだから、残ってねーだろーが。

 それとも俺じゃ歩美(あゆみ)は不満なのか?」


「だから名前を呼び捨てるな!」


「騒ぐなよ、マナー違反だぞ」


 ぐっ、と黙り込む歩美(あゆみ)は、怒りを込めたように激しくボールにキューを付き入れた。


 孝弘さんがニッと笑って告げる。


「お前、ラシャを破ったら弁償なんだぞ?

 バイト代が吹き飛ぶから気を付けておけ」


「ラシャって何よ!」


「このテーブルを覆ってる布のことだ。

 全面張替えになるから、高くつくぞ」


 へぇ、そうなのか。私も気を付けておこう。


 私は自分の手元のボールに意識を戻し、慎重にキューを突き入れた。





****


 早苗(さなえ)がキューを動かしながら周囲を見回す。


 店内に他の客は見当たらず、静かなジャズだけが流れていた。


 店員は黙ってキューを磨いている。


「ねぇ秀一さん、この店ってこれで儲かるの?」


 秀一がフッと笑いながら応える。


「ここはビリヤードバーだからな。

 夜にならんと常連が来ない。

 昼間は穴場の遊び場なんだよ」


 桜が不満げに唇を尖らせる。


「なんで僕が辰巳(たつみ)と別のテーブルなの?!

 納得できないんだけど!」


「少しは辰巳(たつみ)に朝陽(あさひ)との時間を与えてやれ。

 ついでに歩美(あゆみ)と孝弘の距離も縮まれば、それもまた面白い」


 早苗(さなえ)がキューをボールに突き入れたあと、顔を上げる。


「あー、やっぱり縁結びの神様なんだね。

 今度は歩美(あゆみ)と孝弘をくっつけるの?」


 秀一もボールに向かってキューを構えながら応える。


「交際させようとまでは思わんが、お互いが意固地になってるのはわかる。

 ああいうのは、解きほぐしてやれば自然とそれなりの関係になるもんだ」


 早苗(さなえ)がキューを立ててつぶやく。


「いいなぁ、青春してて。

 ねぇ秀一さん、私にはその御利益ってないの?」


「お前の相手か?

 良縁に恵まれるようにしてやりたいが、お前はまだ先だろう。

 そのうちお前にも、良いめぐり逢いがある。

 それまで自分磨きを怠るなよ」


 桜がクスクスと笑って告げる。


「さすが女子高生、青春したい欲求だけはあるんだね」


「当たり前でしょ?!」


 秀一はクスリと笑うと、並べたボールに向かって白球を打ち出した。


 カキンと言う音と共に、九つの球が激しくビリヤード台の上を走り回る。


 ナインボールがポケットに吸い込まれ、早苗(さなえ)はあっけに取られながら拍手をした。





****


 二時間のビリヤードを終えて、私たちはカラオケ店に向かった。


 歩きながら私はつぶやく。


「ビリヤードって、難しいんだねぇ」


 結局、一度も真っ直ぐボールを進ませられなかった。


 マスターは綺麗にボールを操っていたから、たぶん遊んだことがあるのだろう。


「ねぇマスター、どこでビリヤードなんて覚えたの?」


「僕も暇だったからね。

 これでも結構、街を散策しているんだよ。

 普段は人に感じられない存在だから、遊び放題だ」


 ――ずるいなぁ?! それって!


「お金をかけずに練習してたってこと?!」


 秀一さんが楽し気に笑う。


「神の役得だな。

 代わりに、きちんと店に幸運が訪れるようにはしていく。

 完全に代金を踏み倒してる訳じゃない」


 早苗(さなえ)がマスターに尋ねる。


「暇だったって、お店はどうしてたの?」


「朝陽(あさひ)が来るまでは、週に一日開けるぐらいだったかな。

 お客さんに分ける力がたまるまで、それくらいかかったんだ。

 巫(かんなぎ)が居ない忘れられた神の力なんて、その程度のものだよ」


 そっか、私が居るから今は毎日お店を開けられるのか。


 お客さんが喜んでるのも、それが理由なのかな。


 桜ちゃんが駆け出しながら、大きな声で告げる。


「ほらほら、もうすぐ予約の時間だよ!

 時間がもったいないから早く入ろうよ!」


 私は早苗(さなえ)や歩美(あゆみ)とうなずきながら、小走りで桜ちゃんの後を追った。





****


 カウンターには綺麗な金髪の外国人店員さんが待ち受けていた。


 桜ちゃんが店員さんに告げる。


「やっほー恵(めぐみ)! 部屋の準備できてる?」


 店員さん――恵さんがニコリと微笑んだ。


「できてるわよ。フリータイム、フリードリンクね。

 先にお会計を済ませてもらえる?」


 みんなで言われた金額をカウンターに並べていき、恵さんがそれを数えた。


 レジで会計をすると、カウンターの下からマイクが入ったかごを取り出す。


「部屋は突き当りの大部屋よ。

 持ち込み自由だから、何か欲しかったら自由に買い出ししてね」


「ありがとー!」


 桜ちゃんがかごを抱えて奥の部屋に駆けていく。


 私たちもそのあとを追いながら、周囲から聞こえてくる若い人の歌声に耳を傾ける。


「うわぁ、混んでますね、このお店」


 早苗(さなえ)が隣で私に告げる。


「だってフリータイムがあの値段で、持ち込み自由なんだよ?

 そりゃー学生が入りびたるでしょー」


 見たところ、ほとんどの部屋が埋まっていた。


 私たちは奥の大部屋に入ると、それぞれの席に座った。


 桜ちゃんがスマホを操作しながら告げる。


「僕が一番ね!」


 さっそく曲が流れだし、桜ちゃんが立ち上がった。


 どこかで聞いたこと有るような?


「ねぇこれ、何の曲だっけ?」


 歩美(あゆみ)が私に応える。


「最近、動画サイトで人気の曲よ。

 あちこちで聞くから、朝陽(あさひ)でも知ってるんじゃない?」


 ――なんでそんな曲を、桜ちゃんが知ってるの?!


 気持ちよさそうに歌いだした桜ちゃんは、普通の女子高生みたいだった。


 これで神様か……。


 孝弘さんが立ち上がって、私たちに告げる。


「適当に食い物を買ってくるよ。希望はあるか?」


「唐揚げ!」


「なんでもいいよ」


「じゃあポテト!」


 みんなの声を聞いてうなずいた孝弘さんは、部屋を出ていった。


 歩美(あゆみ)が立ち上がり、部屋を出ていこうとするので手を掴んだ。


「どこ行くの? さっき曲を入れてなかった?」


「孝弘さん一人にお使いなんてさせられないでしょ。

 手伝ってくるだけよ」


 私が手を放すと、歩美(あゆみ)はさっさと部屋を出て孝弘さんを追いかけた。


「……私も手伝った方がいいかなぁ?」


 秀一さんがフッと笑って告げる。


「買い出しなんぞ、二人いれば充分だ。

 それより朝陽(あさひ)、次はお前の番だぞ」


「え?! もう?!」


 どうやら曲順が入れ替わったみたいだ。


 私は慌ててマイクを握り、画面を見つめて声を出した。


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