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宝石のような時間をどうぞ  作者: みつまめ つぼみ
第4章:長期休暇旅行

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38/60

38.

 酔っぱらったマスターに肩を貸しながらコテージに戻る。


「そこまでお酒に弱いのに、何で飲んだの?!」


 マスターがにやけながら私に体重を預けてくる。


「朝陽(あさひ)の隣は、やっぱり居心地が良くてな。

 つい酒が進んだ」


 言ってることが、秀一さんと変わらない?!


 私が赤くなってると、孝弘さんがマスターの腕を担いだ。


「ほら小金井(こがねい)さん! いつまで朝陽(あさひ)にくっついてるんだよ!

 部屋に戻るぞ!」


 ブン、と良い音がして孝弘さんが前方に転がっていった。


「邪魔をするな孝弘。

 俺は今、いい気分なんだ」


 これは……手が付けられないモード!


 酔っ払いは質(たち)が悪いって言うけど、本当だったんだなぁ。


 私はため息をついてマスターをリビングに連れていく。


「酔い過ぎだよマスター。

 ちょっとソファに横になってて。

 とりあえずお水を――?!」


 横になりかけたマスターに抱きかかえられた私は、一緒にソファに倒れ込んでいた。


 秀一さんが遠くから楽しそうに告げる。


「ハハハ! どうだ、本心を隠さなくなった辰巳(たつみ)の姿は!

 俺と何も変わらんだろう?

 つまり、そういうことだ」


 私はマスターにがっちり抱き締められたまま、身動きが取れなくなっていた。


「ちょ、ちょっとマスター! 放してよ!

 うぎぎ……だめだ、力が強い!」


 腕をいくら引き剥がそうとしても、マスターは離れてくれなかった。


 早苗(さなえ)と歩美(あゆみ)がふぅ、と同時にため息をついた。


 そのまま二人がスマホを構え、私とマスターの姿を撮影していく。


「ちょっと二人とも! 遊んでないで助けて!」


「大人のマスターの力なんて、私たちが勝てるわけないじゃない。

 こうなったら証拠を残して、明日からかってあげる」


「遊ぶなー! 助けて秀一さん!」


 秀一さんはエントランスの方で笑い声をあげた。


「ハハハ! 俺は今夜、朝陽(あさひ)の半径五メートルに近寄れん。

 諦めてそのまま寝てろ」


「そんなー?! どうしろっていうの?!」


 歩美(あゆみ)が私にタオルケットをかけてくれた。


「風邪だけは引かないようにね。

 ――マスターがこれじゃ、今夜の温泉はお預けかしら」


 秀一さんが遠くから告げる。


「温泉までの護衛なら、俺が代わりにやってやる。

 それで良ければ用意しろ」


 早苗(さなえ)が振り返って喜んだ。


「ほんとに?! じゃあすぐ着替えてくる!」


 早苗(さなえ)と歩美(あゆみ)はパタパタと階段を上り、部屋に飛び込んでいった。


 私はお酒臭いマスターにしがみつかれたまま、身動きも取れずに途方に暮れていた。





****


 孝弘さんも頑張ってくれたけど、マスターの腕はまったく外れる様子がなかった。


「……無理だな、これは。

 すまん朝陽(あさひ)、そのまま寝てくれ。

 俺は予備の布団を持ってくる」


 孝弘さんは私に布団をかけると、自分の部屋に戻っていった。


 早苗(さなえ)や歩美(あゆみ)も温泉から戻ると「おやすみー!」と自分たちの部屋に戻っていく。


 薄明りの中、布団の中でマスターとくっついている私は、一向に眠ることができなかった。


 だっていくらお酒臭くても、マスターに抱きしめられて同じ布団で寝てるんですけど?!


 うるさい心臓を抑えつけながら、必死に眠ろうと努力する。


「朝陽(あさひ)、眠りたいなら眠らせてやろうか?」


 エントランスから秀一さんが声をかけてくれた。


「ほんとに? どうやるの?」


「お前を夢の世界に連れていくだけだ。

 この距離でも人間を眠らせるぐらい、訳はない」


 うーん、夢の世界か。


 でも自力じゃ眠れる気がしないしな。


「じゃあ秀一さん、お願い!」


「ああ、わかった」


 そこで私の意識は途切れた。





****


 なんだかお酒臭くてふと目が覚めた。


 ゆっくりと目を開けると、目の前にはまだマスターの胸板がある。


 鳥のさえずりが聞こえるから、もう朝なのか。


 身動き取れないのは……変わらないか。


 そしてなんだかお腹に違和感があった。


 誰かに抱き着かれているような?


 必死に後ろに目をやった時、私の時間は止まっていた。


「……なんで秀一さんが、私の隣で寝てるの」


 『今夜は近寄れない』って、なんだったの?!


「孝弘さーん! 助けてー!」


 私の必死の救難信号は、五分くらい続いた。





****


 いくら叫んでも孝弘さんが起きてくる気配がない。


 疲れて肩で息をしていると、背後から秀一さんの声が聞こえる。


「ははは、無駄だぞ。

 孝弘は酒でぐっすり寝てるし、早苗(さなえ)たちも起きてはこない。

 大人しく抱き着かれてろ」


 ムカッと来た私は秀一さんに応える。


「ちょっと! 約束はどうなってるの?!」


「約束は守ったが?

 俺は『今夜は近寄らない』と言ったんだ。

 きちんと日が昇ってから、布団に潜り込んださ」


 ――大人って、汚い!


「ずるい! なにそれ!

 まさかこれを狙ってマスターを酔わせたの?!」


「お? 案外頭がいいのか?

 ご名答、その通りだ。

 辰巳(たつみ)は酔っぱらうと、しばらく起きないからな。

 あと何時間かは、こうしてお前の体温を味わえる」


「いい人だと思ったのに!」


「良い神ではあるぞ?

 俺たちは蛇の性質を持つ。

 好ましい体温に惹かれるんだよ」


 変温動物か! ……蛇だから、そういうことなの?


 私が困惑してると、秀一さんがクスクスと笑った。


「諦めて大人しく抱き着かれておけ。

 ――お前の匂いも心地良いな。

 辰巳(たつみ)の匂いが混じるのが、玉に瑕だ」


「やかましい! あー、誰か早く起きてきてー!」



 この責め苦は、早苗(さなえ)と歩美(あゆみ)が起きて来ても続いた。


 二人はニヤニヤしながら写真を撮りまくり、マスターが目覚めてようやく私は解放されたのだった。





****


 ムスッとしながらお弁当を食べる私の足元で、マスターが額を床に付けて土下座していた。


 壁によりかかって立っている秀一さんが楽し気に告げる。


「そろそろ許してやったらどうだ? 朝陽(あさひ)。

 お前だって充分楽しんだだろう?」


「誤解されるようなことを言うなー!

 あんなの、二度とごめんだよ!」


 早苗(さなえ)がポリポリとサラダを食べながらつぶやく。


「あんだけのイケメンに挟まれて寝てて、何を贅沢言ってるんだろう」


 歩美(あゆみ)が頷きながら煮物を口にした。


「自分が恵まれてる自覚がないのかしら」


 私は二人に食って掛かる。


「こんなの、恵まれた内に入らないっての!

 災難でしょうが! どう考えても!」


 足元からマスターの声が聞こえる。


「本当に申し訳なかった。

 酒の勢いなんて言い訳が通じることじゃない。

 僕は君になんてお詫びをしたらいいのかわからない」


 孝弘さんがお茶を飲みながら告げる。


「全部、葛城さんの策謀だったんだろ?

 それなら不可抗力だ。

 小金井(こがねい)さんが気にすることじゃねーよ」


 私はお弁当を食べ終え、ため息をついてマスターに告げる。


「もういいよ、済んだことだし。

 それより、お母さんたちにこんなことを知られないでよ?

 『カフェ・ド・ビジュー・セレニテ』のバイト、辞めさせられちゃうからね」


 顔を上げたマスターは、しょげかえる犬のような顔をしていた。


「わかった、決して知られるようなことはしない」


 ようやく立ち上がったマスターは、肩を落としながら椅子に座った。


 小さく丸まりながらお茶を口にするマスターは、なんだか可哀想で見てられなかった。


 秀一さんが楽しそうに笑う。


「ハハハ! どうだ辰巳(たつみ)、自分の本心を出した気分は。

 俺たち神は『酔って記憶を失う』ことはない。

 昨晩のことは、全部覚えてるからな」


 え゛。それって抱き着いたことも、孝弘さんを振り払ったことも、全部覚えてるの?


 マスターを見ると、さらに小さく縮こまっていた。


 私もなんだか恥ずかしくなって、黙ってお茶を口にしていた。


 楽し気な秀一さんの笑い声が響く中、私は気まずい時間を過ごした。


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