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宝石のような時間をどうぞ  作者: みつまめ つぼみ
第3章:神社の危機

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23/60

23.

 金曜日の午後。


 浜崎健二は、潮原(しおはら)商事の社長室で連絡に忙殺されていた。


 子会社である潮原(しおはら)保険の保有資産が、軒並み大きな下落を見せているのだ。


 先物市場も、危うい空気に包まれている。


 このままでは海運業にまで影響を及ぼすのが明らかだった。


 内線電話越しに健二が怒鳴り声を上げる。


「何としても早急に対処しろ!

 週明けにこれがどれだけの影響を及ぼすかわからん!

 ――は? 会長命令? 社長は私だぞ?!」


 電話越しの言葉を聞いて、激高した健二が受話器を電話に叩きつけるように内線を切った。


 苦虫を噛み潰したような表情の健二の前に、ニコニコと微笑む源三が姿を見せる。


「どうした健二、何を荒れている」


「――親父! 会長命令とはどういうことだ!

 なぜ『資産をホールドしろ』なんて命令を出した!

 このままでは大損害で、我が社の株価にまで影響が出てるんだぞ!」


「はっはっは、お前は本当に器が小さいな。

 この程度でうろたえるようでは、やはり我がグループを任せるのは難しいだろう。

 もう少し腰を据えて状況に対応することも覚えておけ」


 息子の勘が、健二の中で働いた。


「さてはこの騒動、親父の仕業なのか?」


 源三がニヤリと笑みを作る。


「さて? なんのことかな?

 儂はなんもしとらんし、こんな大規模な相場操作など、世界的な企業でも無理だろうよ」


 健二は源三の笑みを睨み付けながら思案した。


 今日は金曜日、このままでは大幅下落した相場が、週明けにさらに大きな下落を呼ぶのが明らかだ。


 先物相場の異様な高騰も、海運業に大打撃を与えかねない。


 今日中に打てる手は打ちたかったが、ほぼすべての経路が『会長命令』で寸断されていた。


 こうなると、健二にできることは静観することだけだ。


「……親父はグループが潰れても構わないのか」


「この企業が潰れようと、ここで育った人材が新しい企業を作るだけだ。

 浜崎家は凋落するだろうが、ただそれだけのことだ。違うか?

 それこそが資本主義の本質。生者必滅、諸行無常。

 ――お前が大好きな資本主義の本質だぞ? 何をうろたえている」


 ギシリ、と音がなるほど歯を噛み締める健二を、源三が楽しげに眺めた。


「少し時間が早いが、こうなっては業務どころではあるまい。

 儂と一緒に来い。

 車の中で、少し話をしようじゃないか」


 背中を見せる源三を睨み付けたあと、健二も秘書に「会長と出かけてくる。あとは任せた」と言い残し、ジャケットを羽織った。





****


 リムジンの後部座席で、源三と健二が並んで座っていた。


 緊急事態だというのに呼び出し音やメッセージ着信音すらないことに疑問を抱いた健二が、スマホの画面を凝視している。


 源三がそれを横目で見ながら笑みをこぼす。


「くはは、連絡がこないのがそんなに不思議か?」


「……これも親父の命令か」


「いいや? 各部門にはきちんと優秀な人材を配置してある。

 彼らには充分な裁量権も渡した。

 あとは彼らが儂の『現状を静観しろ』という指示にあわせ、適切に動いているだけだ。

 ――健二、お前は部下を信頼することを覚えろ。

 上に立つ人間が全てを差配していたら、お前が会社と共に潰れるだけだ」


 人事権すら、源三は口を出して来ていた。


 部門のトップは全員が源三の推薦で、健二の意見はすべて封殺された。


 その行動が緊急事態において、こうして結果として表れている。


 そのことに健二は敗北感を覚え、忸怩たる思いを痛感していた。


「……どこに行こうって言うんだ」


「潮原(しおはら)神社だよ。お前が再開発したがっている、あそこだ」


 ――あんな廃屋に行って、何をする気だ?!


 混乱する健二に、源三が告げる。


「なぁ健二よ、我が浜崎家は本来神職の家系。

 その起源とも言うべき潮原(しおはら)神社を残そうとは思えんか。

 確かに住宅街の一等地、あそこにマンションでも立てれば、入居者は殺到するだろう。

 店舗を作り、住宅街のオアシスを作るのもまた、面白い試みかもしれん。

 だが家系の源流を残そうとは思えないか。

 あそこを次の代に残し、いつか再興する夢を託す――そんな思いを持てないか」


「……そんな夢物語に、何の価値がある。

 利益を何も生み出さない、ただの金食い虫じゃないか」


「ハッハッハ! まぁ、それは真実だろう。

 だがかつてはこの潮原(しおはら)の住民に敬われた神社。

 いつかは神社を再建し、信仰を復活させてみたいとは思わんか。

 住民に愛される神社に夢を託すことは、考えられないか」


「……『あそこには神がいる』というのが、親父たちの口癖だったな。

 孝弘まで親父に染まって、まともに就職もせずに神社の清掃をしている。

 いったいあそこに、なにがあるっていうんだ」


「それを今日と明日で、お前に見せてやる。

 まずはこれから、今の姿を確認しようじゃないか」



 黙り込んだ二人の男を乗せ、リムジンは静かに潮原(しおはら)神社の前にとまった。





****


 車を降りた健二が、寂れて朽ちた神社の境内に足を踏み入れる。


 そのあとを源三がゆっくりと歩いて行った。


 境内の中央で周囲を見回した健二が、「ハッ!」と笑い飛ばした。


「ここに神がいる?! ただの廃屋だろうが!」


「まぁそうだな。

 先代、先々代が再建を試みたが、不思議とすぐに寂れて朽ちていった。

 潮原(しおはら)の住民に信仰が根付かず、ここに祀られる神の名も忘れられた。

 やはり巫(かんなぎ)が居なくては、ここは立ち行かんのだよ」


「……その巫(かんなぎ)ってのはなんだ?」


「神職のことだよ。

 遠い先祖が担っていた役割だ。

 ――どれ、本殿も覗いてみようじゃないか」


 健二の前を源三が通り過ぎ、奥にある本殿に近寄っていく。


 健二はため息をつくと、源三の背を追った。



 本殿の扉を開け、源三が中に入る。


 健二は顔をしかめながら中に入り、本殿の中を見回した。


「清掃は……してあるのか。孝弘の仕業か?

 それにしても老朽化が酷い。

 近いうちに補修工事が必要じゃないのか?」


「予算は積み立てているが、おそらくまだ持つだろう。

 『彼女』がここにやってきたからな。

 老朽化の進みが遅くなるはずだ」


 眉をひそめた健二が源三に尋ねる。


「彼女とは、誰のことだ?」


「潮原(しおはら)高校の学生だよ。

 今日は休んでいると聞いたが、いつもはここでアルバイトをしている。

 今も彼女の友人が、ここでバイトをしているはずだ」


 意味の分からない言葉に、健二が困惑し眉間にしわを寄せた。


「もう少しわかるように言ってくれ、親父」


「ハッハッハ! 今はただ、ここにあるものを良く見ておけ。

 そうすれば明日、何が起こったのかを理解できるようになる。

 ――そろそろ充分だろう。社に戻るぞ」


 源三はゆっくりと歩いて本殿を出ていった。


 健二は困惑を隠せないまま、本殿をもう一度見回してため息をつく。


「明日、なにがあるっていうんだ」


 そんな疑問をその場に残し、健二も本殿から立ち去った。





****



 土曜日、お昼を食べてから『カフェ・ド・ビジュー・セレニテ』に向かう。


 今日は午後十時までの遅番なので、シフトは午後二時からだ。


 お店に入ると、早苗(さなえ)と歩美(あゆみ)はもう来ていた。


「二人とも早いね」


 早苗(さなえ)がニンマリと私に笑いかける。


「お昼ご飯をここで食べたからね。

 マスターのオムライス、美味しかったよー」


「――ちょっと! なにそれ?!

 二人だけずるくない?!」


 歩美(あゆみ)がクスクスと笑いながら告げる。


「しょうがないじゃない、朝陽(あさひ)はなるだけ回復してもらわないといけなかったし。

 午前中からお店にいるより、家に居る方が疲れが取れるでしょう?」


「むー、そんなことないもん。

 仕事してなきゃ、家もここも変わらないよ」


 カウンターからマスターが楽しそうな声で告げる。


「そんなにリラックスできてるのかい?

 嬉しい言葉だけど、職場で気を抜きすぎるのもよくないかもね」


 私はなんとなく照れくさくて、足早にカウンターの前を通り過ぎる。


「着替えてきますね!」


「ああ、頼むよ。

 今日も忙しくなるからね」


 私はスタッフルームのドアを開け、中に入った。


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