猪突猛進
カチ、カチ、と魔道時計の秒針が時間を刻む音。そして何枚もある報告書を捲る音。ここに私が居るのは場違いでは無いかと思えるほどの、下手をすれば静寂とも言えるほどに静かな空間だった。
「あ、あのー……」
「もう直ぐに終わる」
残念ながら私の助けを求める声に部屋の主人は答えてくれる事はなかった
ここは国王の執務室、私のお父様の仕事部屋で、お父様は窓を背にした執務机で実務に就いている。私はその机の目の前にある応接用にテーブルと共に並べて置かれたソファに座っているのだけれど、仕事を続けるお父様と二人っきりの中とくに何もする事なく途方に暮れていた。
ちなみに理由もなくここに居るのでは無い。今日は突然お父様に呼ばれたので来たのだけれど、普段執務室に呼ばれるなんて滅多な事はない。だから何かやらかしてしまったのかと私は呼ばれてからここに来るまでに鬱々とした気分だった。そして部屋に着いた今も尚、そんな気分の状態でいる訳なんだ。
そうしてここでこうして半時ほどくらいか、無限にも感じた時間の中、不意にお父様は顔をこちらへ向けたのだ。手元は見えないけど報告書は読み終わったのかな。
「先日小耳に挟んだ事なのだが」
「何かあったんです?」
心細さもあった私はそのただ雑談するかのようにも感じる何気ない言葉に藁にもすがるような想いで食いつく。
「南にある小さな村での話なのだがな、確か先月初頭の出来事だったかその村の近郊に魔獣の群れが発生したようなのだ」
魔獣、それは体内に魔力を取り込み狂暴化した動物の事だ。通常、人間を除く動物は魔力を必要としないとされている。しかし何かの拍子で魔力を取り込んでしまうと魔力の味を知ってしまい、以降は好んで魔力を取り込もうとしてしまう。そしてその過程で魔獣となるのだとか。
「それは大変なことですね。何の群れだったんですか?」
「ジャイアンボアの群れだったらしい、まぁ群れとは言っても数頭程度のものではあった」
それはその名の通り巨大な猪だったはず。実際の大きさは個体によってはまちまちだけれど本当に数頭とは言え群れでいたのなら一般的な成人男性より一回りよりも大きいのがうじゃうじゃいるような状況じゃないかな。対応できる者がいないのなら相当厄介なことになりそうだ。
「ボアですか……田畑に対する被害が甚大でしょうね。それに元はイノシシですしさらに魔獣あがりですからその攻撃性も恐ろしそうですね」
「田畑よりも村の近郊ということで他所との交易路に近い位置で発生したようでな、当初は人的被害の方が懸念されていた」
なるほどと話を聞いていた私は不意に何かの既視感を感じた。以前にそんな話を聞いたことがある……確か一カ月くらい前……あれ、これって――
「それが不思議なことに実際は何も被害が出なかったのだ。村自体にはな」
「あ、あの、それって」
「相槌はよい、話を聞くがいい」
相槌じゃないんですけど! 思い返してみればこれは私のやらかしたことじゃない! それにこの反応だと私だとバレてる……。
「最初の発見者はその村の若者でな。発見した当初は随分と動揺していたらしいが直ぐに村の者達で相談した結果、我が王都の冒険者ギルドへ討伐か排除の依頼を出したそうなのだ」
冒険者ギルドとはその名の通り冒険者を統括している組織だ。とはいえいろんなよくあるファンタジーな物語でも共通しているように冒険者とは自由で勇敢な者達、その統括など一筋縄ではいかないだろう。って呑気に考えてる余裕なんてなんでしょ! 何か言い訳を用意しないと……。
「その翌日の事だ、群れの状態を確認しに行こうと思ったようでな昨日と同じ場所に行こうとしたらしい」
「それでどうなったのですか……」
「うむ、多少場所が移動していたが群れは昨日と同じように居たそうなのだ。他に異常なものを見たようでな、そちらが問題なのだ」
「なにを見たんでしょうね……」
「二人の人影らしい。ボアの所為で分かりづらくはあったようだがローブを纏って深々とフードを被った人影でな、一人は線の細い成人ほどの大きさでもう一人はその人物よりもより小さくそれこそ子供の影のようだったと」
人目につかないように朝早めに向かったのにまさかそんな時間から見ていたなんて……。それよりももう限界だ、と私は両手を上げて降参の仕草を取ることにした。
その人影はもちろん私とリアのもので、私は実験の材料欲しさにそこに向かったんだ。
「ごめんなさい、お父様。私がやりました……」
「ふむ、知っておる」
その反応は案外淡白なもので、案外怒られる内容ではないのだろうかと勘繰ってしまう。
「全くこの莫迦娘が……群れとはいえ数は少なくかったおかげで討伐しきれたようだが一頭でも取り逃がしてどこかに被害を出していたらどうするつもりだ」
「すいません……これぐらいなら魔核持ちがいても平気だと思いまして……」
魔獣の中でも強力な個体が魔核持ちと呼ばれ、それは肉体に魔力が溶けているだけの魔獣よりもより強靭でそれでなく通常は扱えないはずの魔法を使う個体だ。
どうして私がその魔獣を倒しに行ったのかといえばその魔核持ちの魔核が目的だった。魔獣から取り出した魔核は魔道具に組み込むことで魔道具を使用した魔導士の補助をしてくれたり、それこそ魔核のみで属性適性のない人間が別の属性の魔力でも魔法を使う事ができるようになる代物だった。
それが私の求めた魔法の一つで魔核はその手助けをしてくれると思ったのだけれど、その個体の中に魔核持ちは居なかった。
「お前も、阿奴の実力も十分わかっておる」
「無謀にも挑んだことは怒らないのですか?」
「自分で無謀というのか……」
右手を瞼の上に持っていき処置なしといった様子でやれやれとするお父様だけれど、どうしてもそんなことを聞いてみたくなってしまった。
「知っているとも。お前が魔法に一辺倒でなく衛兵達の訓練に混ざっていることや、今回のような事例が時々報告書として上がってくるのだ。前者は良い、自衛のためかはわからないがそうやって技術を真摯に磨こうとするお前を衛兵の中でも好ましく思っているものは多い。しかし問題は後者だ、そのたびに私は頭を抱える羽目になっているのだぞ……今まではお前のためだと口は出さないで居たがそうも言っていられなくなったのだ」
「そうも言っていられなくなった?」
「そうだ。だがその説明よりも先にお前にはちゃんとした教育をしておく必要があるようだ」
そこまで来て私は、ああ、なるほど今からがお説教なのねと覚悟を決めたのだった。




