いざ、魔導都市へ その一
大陸とも呼べるほどにも広大でそれでいて肥沃な土地をたった一国で治めているのがロードノアと言う国だ。それゆえにこの国は自国のほぼ全てを賄えるほどの国力を持つ代わり……と言ってはおかしいかも知れないが、他国との交流は少ない。
以前に王都に滞在していたこの国の外交官にこの事について話を聞いたことがある。曰く、『確かに、残念ながらこの国と交流をしたがる国は多くはありません』だそうな。そしてそれには明確な理由があって『ここは魔族が蔓延る地』と周囲の諸外国では信じられているのだそうな。それはロードノアとしては不本意な話ではあるけど、多少は事実に近い内容も含んでいた。
「アルタナ……」
揺れ動く馬車の中、私の口から誰に言ったでもない独り言が小さく発せられる。それは向かいの座席に座る彼女には聞こえてしまった様で、その彼女はすぐさま反応を返して来た。
「姫様? 何かおっしゃいましたか?」
「え? ……あ、いや何でもないよ」
私自身口に出すつもりのなかった言葉に困惑しながらも何でもないと素早く答える。独り言が聞こえただけであって内容自体は分からなかったみたいだ。そのまま彼女、リアは「そうでございますか」と言って今までと同じ様に車窓から外の景色を眺め始める。
彼女の様子を見ながら、私は小さく安堵のため息をついてからまた思考の海へと沈む。王都から魔導都市へと向かう数日にも亘る場所の移動、私はそのほとんどを色々な思考に費やしていた。
アルタナ、それがこの地に蔓延るなんて言われている魔族の正体だ。厳密には魔族などではない、というよりは魔族なんて呼び方は比喩のようなものだった。アルタナはその行動や思考に問題があれど、私たちと同じ人間なのだから。まあ、その問題とやらがとても厄介なものなのだけれど。
彼らは自らのこと『闇の輩』と呼び、彼ら自身を識別するような名前を持ってはいないらしい。らしい、というのも私はその様な発言をする人間に接触したことがなく、口伝や書類でしか聞いたことがないからだ。けれど、そんな状態でもアルタナに対する情報はいくらでもあった。それだけ彼らが危険視されている証左なんだろう。
その数ある情報で必ず共通しているのが黒い髪、それか黒い瞳をもっているということ。ただの容姿の、それも一部分だけで危険人物紛いに扱われてしまうのは遺憾ではあるけれどそれもしょうがないことなのかもしれない。
容姿以外に彼らと私たちを明確に区別できてしまう明確な違いがある。彼らは特別な目を持ち、そして生まれながらに魔法を使えると。
その目には本来私たちが見ることのできない魔力が見えているのだとか。それは空に漂うもの、物体に流れるもの、人に流れる魔力も全て見えるのだそう。加えて生まれながらに魔法が使える、それはどんなに魅力的なことだろうか。『洗礼』の魔法を受ける必要もなく彼らは全てがいともたやすく闇属性の魔法を扱ってしまうのだ。
そんなことからアルタナと呼ばれる人間は敵だと、不吉であるとこの国内でも虐げられてきた。
その所為かは分からないけれど、彼らは彼ら以外の人間を憎悪している。記録に残るような大きなものは数年に一度突然現れてはその憎悪をもってして人々に被害を与えているんだ。数年に一度となどいえば少なく感じるかもしれないけれど、記憶に残らないもの、それこそ目撃者がすべて消されているようなものはもっと多く発生していのだと思う。
……本当のところはどちらなのだろう。私たちが先に彼らを虐げていたのか、それとも彼らが先にその手を振り上げてきたのか、今となってはわからないことだった。
もし、先に私たちが彼らに危害を加えてしまったのであれば……それはどんなに悲しいことなんだろう。
一人だけ、私はかつて周りからアルタナと呼ばれていた人物を知っている。それがリア、彼女だった。
ずっと考え事をしていた所為でぼんやりとしている視界をリアに向ける。前世で見慣れた黒っぽい灰色の髪もその輝いているような金の瞳も、私は気に入っている、別に恋愛のそれではなく友人や姉妹に対するようなものだけどの髪も瞳も、そして彼女自身も私は好きだ。彼女がどう思ってるかは分からないけれどね。
リアは私と二人でいる時以外にはずっと硬い、無表情ともいえるその表情を崩さない。それは数日に亘るこの馬車での移動でもそうで、進行方向側に座る彼女は背後にいる御者の存在でも意識しているのだろうか。
リアとは五年ほど前に出会った。彼女とはそれ以来の付き合いで、最初こそ私に対しても表情を崩しはしなかったけれど、徐々に今のような関係性になっていったんだ。
今までどんなに仲が良くなろうとも、どうしてそこまで他者に対して警戒するのかなどは聞いたことがない。というよりもデリケートな内容過ぎて聞く勇気などはなかった。何時か聞けるようになる日が来るのかな。
結局私は思考に飽きて、それからはリアと同じように車窓から外へと視線を移すことにした。何を見るでもなくぼうっと外を眺めていると徐々に馬車の速度が遅くなってきた。ああ、ここ連日のように休憩でもするのだろうと考え、止まったころに一度外の空気でも吸おうかとすっかり硬くなってしまった身体をほぐし大きく背伸びをしたのだった。




