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エピローグ  勇者のあと

勇者エディー・グェンが目を覚まさない。

倒れて4日目、もう夜だ。避難してきたここ、教会の奥で眠り続ける。体のあちこちが黒く炭のように変色し出して、治療で戻しているが完治しない。


今この部屋に残っているのはユーリティシーティのみ。一人は動けるようになった、様子を見てくる、と出ていったが、そろそろ戻るだろうか。

他はそれぞれに適した場所で静養と治療を行っている。


ユーリティシーティは静かにため息をついた。

エディは魔王に意識を乗っ取られていた。地下水脈内にある閉ざされた大聖堂。罠が仕込んであったことに気づかず、その時にエディは呪いを受けた。呪い、つまり、徐々に魔王の意識に乗っ取られた。


共に行動をしていた自分たちも気づかなかった。本人だって気づいていなかったはずだ。

勇者エディが行く先を決める。その結果、古い大掛かりな封印を解いてしまった。

あまりにもおかしい。酷く何かを間違っている。エディの表情が歪み笑い声を上げる。


乗っ取りを隠す気すらなくなり、こちらに侮蔑の言葉を放った相手は、エディの姿でこちらに攻撃をしかけてきた。

仲間全員で立ち向かう。6対1なのに勝てない、何度も諦めそうになったが、どうにかエディを押さえ付け、魔王側の意識を払い除けた。消し去ることまでは出来なかった。


大きな厄災になることは間違いなかった。急ぎ、連絡できる各所に状況を報告した。


自分たちは古い魔王の封印、中核の一つを解いてしまったのだと、翌日の連絡で知らされた。


すぐ立ち向かわなくてはならない。

けれどエディは意識がなく倒れたまま。仲間も激しく負傷、戦力になれない。

「だから次の勇者が出てきてたんだ・・・」

と1人が呟いたのがハッキリと耳に残っている。

その通りだった。

勇者エディー・グェンは知らない間に勇者ではなくなっていた。


覚悟がいる。


世界を救うどころか恐ろしく悪化させた。

その原因の自分たちは、まともに戦えなくなった。

勇者エディは失敗作だと、周囲が悪評をもう立て出した。こちらに隠す必要も感じないらしい。


ずっと長く、世界の平和のためにと貢献してきたのに。失敗一度で、こんなに酷く言われるのか。

お前たちは、ただ頼って守られていただけじゃないか。

全て任せたと放り投げて、危険で辛い物事を、お前の役割だと背負わせて。たった一度のミスで。

残酷だ。


許されない。そうだろう。

だけどエディがいなければ、もっと前に危機が訪れていたはずだ。どれだけ防いできたか知っているのか。

人は、己の無力と傲慢と怠惰を深く知るべきだ。


「ユーリ、見て」

様子を見てくる、と退出していた仲間が紙切れを持って帰ってきた。

「速報が来た。助かったって、倒したって、書いてある。魔法塔の町に、魔王の心臓が現れた。見事に、倒したって」


足や腕に包帯を巻いたままの仲間から、ユーリティシーティは紙切れを受け取る。文字が記されている。


仲間は別の大きめの紙片も持っている。

「見て、こっちも、わざわざ急いで追加で送ってきた。討伐者の情報だって。ここの挿絵、ユーリとエディじゃない?」

「・・・確かに」

ユーリティシーティは呟いた。


「だよね、やっぱり。ちゃんと読んでみるけど。そういえば大分前、ギルドに弓を背負った女の子がいたって、話してたね?」

「うん。まさかその子?」

「うん。そう、みたいね」

話しながら、仲間は大きな方の紙切れに目を走らせている。


「エディに、無事だったと、教えないと」

ユーリティシーティはゆっくりエディのそばに近づいた。


「エディ」

呼びかけてから、少し考える。

「ちょっと、聞いて、みなさい」

ゆっくり、取り戻すように口調を変える。


これは行く先々で、惚れられて騒動が起こり、仲間が思いついた対処法だ。特に町ではこの口調で過ごすようにしている。


「覚えてるでしょ、サンリエラ、魔法塔の町で、あんた、ギルドの女の子を泣かせたわ」

「わぁ、酷い」

もうきちんと読み終えたらしい、仲間も近寄ってきた。大きな紙切れを渡してくるので、ユーリティシーティも眺め読む。


思わず口元が緩んだ。

あの時の、あの子なのか。


「エディが、悪かった、のよ。でも弁解させてもらうけど、私とエディの内緒話を、その子に横流ししたバカがいたせいでもある」

「碌でもないね」

「ほんとにね」

仲間の相槌に頷きを一つ返して、ユーリティシーティは大きい方は仲間に返して、小さい方の紙切れをエディの閉じられた瞼の上でひらつかせた。


エディの顔を眺める。口調を変えてみたところで反応が来るわけでもない。

口調も必要ない、戻そう。


「これ、速報。あの女の子、銀の矢を持ってただろう。経験値を持っていくってエディが言ってた。あの女の子が、その矢で、魔王の心臓を射抜いた。信じられない。でも、そう載ってる」

「こっち見て。これ、その討伐者についての情報。っていうか武勇伝ね。小さい時にエディに会って、エディに泣かされて、でもユーリがとても優しく慰めて元気づけてくれた、って話が、見てほら、どうする、こんな似顔絵つき。世の中に広まっていくやつね、多分」


ユーリティシーティは仲間の持つ絵を再び眺めた。女の子の挿絵。それから女性が弓を構えているところ。


仲間が呆れたように少し大きめの紙をヒラヒラと振る。

「エディったら。恋愛話ならまだしも、失言で女の子を泣かせたって、これは勇者の名がすたるわよ」


ユーリティシーティはエディのために少し困惑し、考えてみたが。

「・・・うーん。とはいえ事実だから仕方ない気もする・・・。それにしても、あの女の子が助けてくれたんだな。私たちの後始末をしてくれた」

「後始末どころか間違いなく世界救ったわよ」


救われた。代わりに戦ってくれた。

安堵と感謝を覚える。


ユーリティシーティはどこか悲しげに笑って呼びかけた。

「エディ、早く起きろよ。謝りに行こう。サンリエラの町の、あの子に会って、あの時はこちらが物知らずで大変失礼を申し上げました、って言いにいかなきゃ」


「リーリエさんだって、名前」

「そうか。覚えてなかった」

名前など覚える必要もない出来事だった。


「ユーリの励ましで頑張ったって、そう広まるのね」

「良い子だ。・・・思い返したけど、あの時は必死で励ましたよ」

「泣いちゃったから」

「そうだよ」


「で、エディ、いつ起きる? そろそろどう?」

仲間が眠る勇者の顔を覗き込む。

「まだ待てるよ、勿論。疲れたもんね。でも、ちゃんと目を覚ましてよ」

「何か良いアイテムあれば採りに行くんだけど」


でも、ゆっくり寝ていても、起きてくれるなら問題ない。

脅威は砕かれた。

急いで駆けつけなくても、救おうと無茶をしなくても、大丈夫。安心して欲しい。


静かになって見守る。

やはり変化はない。


と、

「ぅぉっ」

変な声が聞こえた。寝ているエディから。

ユーリティシーティと仲間は息を呑んだ。


「エディ?」

「エディ!」

エディがゆっくり目を開けた。こちらを見つけて、目元をゆるめたのが分かった。


悪い

と声にならなかったが、エディは言った。


「ふういん、されてて、やっと、、、とけ、た」


「封印!?」

「エディが封印受けてたってことね!? うわー、なんで誰も気づけないのよ!」


ぁー

と小さな呻き声をあげながら、エディが身を起こそうとする。


「待て待て待った、そんな急に動く!?」

「ユーリ、医者と神官様を、早く!」

慌てて出て行こうとしたが、パァと明るくなる。エディが自らに治療魔法を展開したのだ。

ギョッとして仲間と2人立ちすくむ。

エディは仲間の腕の包帯を見て、仲間にもパァッと治療魔法をかけた。この魔法がこうも容易くできるのは、エディ本人で間違いない。


「ユーリも要るか? 他の皆は?」

「別のそれぞれで静養や治療で」


「悪かった。状況が分からない、意識はあったけど何というか、全然違うとこに閉じ込められた感じで。急に軽くなって、やっと解けた。かなり辛かった・・・」


仲間が涙声になった。

「起きて良かったよエディ! 話すことたくさんあるよ」


そうだろうな、というようにエディが申し訳なさそうにうなずく。


「とにかく、人を呼んで来る、待ってろ!」

「ぉぅ」

ユーリティシーティは廊下を移動しようとしたが、まだ自分も回復していなかった。移動は止めて大声で叫ぶ。こっちが速い。


「誰か、医者と神官様を呼んでくれ、エディが起きた! 誰か!」


反応してくれた誰かにもう一度叫び、走って行く足音を聞きながら、ユーリティシーティが部屋の中に戻ると、どうやら現状を確認し始めているようだ。

小さな紙片をつまんで見ていた。

仲間が大きな紙片もエディに見せた。

「こっちも出回るわよ、世の中にね。あららぁー」

涙声で嬉しそうにからかっている。


エディはどうも、すぐに思い当たらないらしい。

悩ましい顔で挿絵を眺めている。


まさかだ。ユーリティシーティは笑んだ。久しぶりに。


「あ、あー、思い出した、分かった。んん? 嘘だろ、すごいな。嘘だろ? いやこれで俺の封印も弱まったのか・・・」

エディがボソボソと呟き考えている。


「エディ。まずはリーリエさんに、会いに行くか。当時の失礼を改めて詫びに行くのはどうだ」

少しからかう気持ちも混じり、ユーリティシーティは提案した。

「彼女が私たちの恩人だぞ」


驚いてユーリティシーティを見たその表情は、ふと真顔になり。それから、情けないような、助けを求めるような。


こんな弱気な顔は何年振りに見ただろう。

「なんて顔してるんだよ」

ユーリティシーティは思わず笑った。

仲間も嬉しそうに笑っている。


「どう考えても普通に気まずいだろうが」

エディが文句を言いながら、側に戻ったユーリティシーティに暖かな回復魔法を使ってくれた。

END

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― 新着の感想 ―
なにか御伽話を読んでいるような、ちょっと離れたところから眺めている感じが、不思議な心地良さでした。 この読後感をうまく表現できないのがもどかしいのですが、とても良かったです。 久しぶりに感想を書き込む…
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