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怪談ピアノの掃除当番  作者: 愛原ひかな
Ⅱ 幸福のピアノ
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幸福の掴み方


 始まりは、誰もいないはずの旧校舎の音楽室から。

 入学してまだ半月というのに、六度もピアノの音色を聞けていた。


 花音くん……。


「朝比奈、どうしたの?」


 ひとたび名前を口に出せば、すぐに私の傍に現れる。

 最初は黒い手にされて、白い手袋をはめることになり、ナンパされる。


 悪戯好きで不器用で、ピアノの演奏を好きでやっていそうな噂の男の子。


「朝比奈、おーい」


 花音が手を振って、意識があるかチェックしてくる。


「あっ……ちょと思い返してて、ごめんなさい!」


 考え事をしていたのもあって、少し頬が赤くなったかもしれない。


「朝比奈がピアノを演奏しようとしてるのに、何も楽譜すら出してないのも不思議な光景なんだろうけど。僕の呼び出しまでして、どうしちゃったの?」


「えっと、あの……その……」


 花音の顔が久しぶりに近くなった気がする。


 これまであまり意識してなかったけど、顔立ちとか悪くは……ないのかも……。


「一曲だけ演奏しようと思ってるけど、なにか良い楽曲ないかなー」


 演奏するつもりなのは本当だし、いまの場にふさわしい楽曲が思いつかないのも事実。


「朝比奈、あえて崩壊カルマの音色を奏でてみるのはどうかな?」


 花音は、思い切った言葉をかけてきた。


 崩壊カルマの噂。思い出したくもないが、たしかにあれも楽譜が存在する。


 全部覚えているわけではないが、制作したのが私なのだから、きっと大部分は忘れていないはずだと思う。


 あの楽譜を書き始めたのは、推測だけど中学生になってから。


 母親が長期的な入院中だと聞かされたあたりだ。


 怖い監視下のもとで楽譜制作が行われていたから、私の慣性そのものは、あまり生かせていないのは間違いない。


 でも、いま書き上げるとしたら、きっと違ってくる。


 不幸にさせてしまう、音色ではなく。


 小さな幸福をたくさん降らせてくれる。そんな気がしてくる。


 降ってくるといったら、あの日ミモと見た流星群が記憶に新しい。


 魔界から降っているんだっけ。そのエネルギー源のおかげで、地球は壊滅しないですんでいるといっても差し支えなくて。


 そうだ。さっき考えた噂を合体させるのはどうかな。


 私とミモ。それから否定しちゃったけど、夏実が妄想した噂。


 ――まとめるとこんな感じかな。


 私はピアノの鍵盤部分に手を掛けて、妄想しながら音色を弾き始めた。



 まだ営業していない、噂を取り扱う美術館。


 その上層部には、隠れた教会があって、時折華やかなピアノの音色が流れることがある。


 この一曲は、恋する乙女でしか聴くことは許されない。


 気紛れで現れた精霊が大空に舞い上がり、無気力な音色と共に最果ての冒険に出でいった。


 自分探しという問いかけには、まだ答えなくてもよい。


 これから見つければ大丈夫だから。


 時計の針は、止まることなく刻み続けている。


 ピアノの演奏は、さぞ可愛らしい女の子の天使が弾いているとされ、この曲を聴く者には幸福を与えると言い伝えられている。


 ただ、この天使を持ち帰ろうと悪事に働こうとすると、ゾンビが現れて戻れなくなる。


 ゾンビになれば、天使と認識しにくくなる。


 代わりに見えてくるのは、おとなしい性格の悪魔だ。


 悪魔は時に乱暴。でも、根っこは優しい。


 優しいから、私も優しくなれる。


 悪魔に優しくすると、今度は天使が嫉妬する。


 天使と悪魔が交差する時、新たな世界が開かれる。

 

 ……まとまっているか判断に困るが、少なくとも満足することができそうだ。

 

 演奏を止めると、拍手が聞こえてきた。


 皆が私の演奏を素晴らしいと言ってくれた。



「……眷属よ。ちょっと時間とれるか?」


 アリスが私の腕を掴むと、そのまま教会の地下へと案内された。


「ど、どうしたの?」


「都市部へ到着するまでに、どうしても聞いておきたいことがあるの」


 アリスは真剣そうな眼差しをみせていた。


「どういったことですか?」


「噂を取り扱う美術館、どんな名前をつけたら適切だと思いますか?」


「うんにゃ……」


 私に名付けてほしいのか。


 相応しい名前と考えるにしても、判断材料が足りない。


「主様は、どのようにお考えですか?」


 噂を取り扱う美術館のことを。


 単に生活費を稼ごうとする場でもなさそうだから、ここで展示する狙いを具体的に聞いておきたい。


「噂にせよ、魔法にせよ、大きく過ぎた時間は戻って来ないから、生きているんだと眷属に思ってもらえる場所をつくり出したい。それだけです……」


 アリスの本音はシンプルだった。


 私の為に頑張ってきた、そして……もっと頑張ろうとしている。


「わかりました……美術館の名前……」


 私は息を呑む。


「鷹浜美術館というのはどうでしょうか?」


「ふむぅ、鷹浜美術館……」


 なかなか直球のネーミングではあった。奏宮高校が健在だった年月では、少なくとも鷹浜町に美術館なんて実在しないことをはっきりと覚えている。


 育ちの土地の名前くらいは忘れたくない。


 だからこそ、この美術館はシンプルに鷹浜と名付けるのが相応しいと思った。


「どうでしょうか?」


「悪くない提案……」


 アリスは二回ほど頷くと、納得したのか、にっこりした表情をみせた。


「鷹浜美術館……として、噂の展示を頑張ります……」


 アリスは自信なさげに努力アピールをする。


 館内をみた感じ、進行度合いは全然進んでいないようにも思えで仕方ない。


 そこで気になるのは、アリスがずっと持っている資料だ。


 完成した美術館のイメージ図を資料として持っている、というのなら、なにも文句は言わないつもりだけど。


「少し気になっていたのですが、その紙に書かれているのはなんでしょうか?」


 アリスが両手で抱え込んでいる資料、やはりとても気になる。


「紙……これのことか?」


「そうです」


「これは美術館に訪れた際の、幸福の掴み方ですね」


 アリスは鼻息を漏らす。


「幸福の掴み方?」


「噂には様々な物事が発生するというのは、眷属の貴方には理解できていますよね。ピアノの噂だと、七回目の演奏で幸福が訪れるとか」


「はい! 九回目で不幸が来ちゃいますが……」


「その九回目の不幸を回避するように監視とか考えているのです。ざっくりいうと噂のいいとこ取り」


「主様は、それを狙って」


「流石に幸福を与えるとなると、入場料くらいは取る価値くらいはもたらすでしょう」


「主様の理想郷は、まるでビジネスの世界……」


「それは生きていく為の生活費です。本質は別にあると気づいてますよね?」


「うーん、なんとなく」


 噂の欠点を制御するということだと予想。


 実行するには難しいこともあるかもだけど、不可能ではない。


 仮に実現したら、噂によって世界に幸福をもたらすことがより現実的に体感することになる。


 忙しくなって、ピアノの演奏する機会が減ったりしそうな……むしろ需要があがる?


 楽譜制作は? ピアノの掃除当番は?


 どちらも大きな影響がないように思えてしまう。


 これは流石、死神アリス様だということか。


「幸福の掴み方……ほんと悪くない考えかもしれない……」


 私の生活基盤に、大きく良き影響を与えるかもしれない物事に発展出来るか。


 それは、これから噂をどれだけ集めれるかに重みがありそうだ。


 と同時に、笹倉コレクションの回収も同時進行させるのはどうかな。


「幸福の掴み方を、花音くんやミモさん、夏実さんに話しても大丈夫かな……」


「それは少し待ってほしいの。眷属にだけ先に伝えたかったのは、意図的に何か狙いがあるわけではないのですが、我が噂を集める上で敵だと判断する存在には噂を取り扱う美術館のことをまだ知られたくないから……。この空船に乗っている者が決して敵ということではないですよ?」


「わかりました。残念ですが、幸福の掴み方については秘密にしておいて、楽しみに取っておく。ということにします」


「それでよろしくお願いします……!」


 アリスは一礼してきた。


 いろいろ相談に乗れて満足そうにしている。


「もうまもなくしたら、都市部に到着しそうなお時間ですね……」


「着陸態勢に入る感じですか?」


「その必要はありません……高度をこれから下げていくように制御するのですが、着陸地点はとあるお城の庭になりますので振動はほとんどないと予測しています……が……」


 問題がある。そう言いたいのだろう。


「降りたら、いきなり戦闘が発生するかもしれないので、奇襲等に備えて準備してほしいのです」


 都市部の治安は、決して良くないということなのだろう。


 いつでも戦闘になっても大丈夫にしておく、と思うと私は斧を使うほうが手っ取り早そうだ。


 私は天使の羽を生やして、黒い斧を片手に掴む。


 鷹浜美術館の発展の為に、夏実のお兄さん探しと噂の回収に乗り出していく。



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