噂と笹倉家
カルマの噂
「ふわわ……学業の目という噂、知ってる?」
授業のチャイムが鳴り響くと同時に欠伸をした夏実は、私のほうに振り向いてくる。
「ごめん……聞いたことない」
「そっか、小鳥ちゃんは耳にしてなかったんだ。これもちょっぴりホラー要素のある噂なんだけど……」
「どんな内容なの?」
「えっとね、なんか勉強ものすごくできる生徒の目を欲しがる妖精がいてね、その妖精に目星をつけられた生徒は七日以内に原稿用紙6ページ以上の読書感想文を図書室の返却ボックスに提出しないと目を奪われてしまう噂なの」
「さらりと怖いこと言うね……」
「そう? 噂ってこんなものではないかな?」
次の科目に使う教科書を机の上に出した夏実は、どことなくそわそわしていた。
「落ち着きがないというか、どうした……?」
「うんとね、近くにいるの」
夏実はため息までついて窓の外を眺めだす。夏実がこんな態度をみせるのはとても珍しいと思うレベルではある。
「うん? 朝比奈って子はここにいるぞ!」
廊下付近に立っていたクラスメイトの男子が、私に向かって指差しする。
クラスメイトの男子がいきなり私の名指しとは。どうしたのだろうか。
「すみません、私です」
……と、やや声のボリュームを落としながら、廊下付近に突っ立っている男子生徒に近づいた。
「私を呼んだのって、えっと……」
「俺だか?」
先日のゴミ出しを行ったタイミングで、私のことを疑っていた男が廊下に立っている。
「上級生がなんのご用で……」
わざわざ訪ねに来たのには、理由がありそう……。
「漂うオーラというか、なにか違和感があるのはたしかなのだか……」
「私、普通の女子高生ですよ?」
「そう言われても、だ」
しかめた顔つきになる男は、疑いの目を晴らさない。
「あっ、お兄ちゃん。クラスメイトをあんまりじまじま見るのは気が引けるなぁ~」
夏実は男に急接近すると、手を繋いでにこやかにする。
「えっと……その男って、夏実さんのお兄ちゃん……?」
「そうだが……。夏実、俺はちゃんと使命を全うしてるだけだ。邪魔をするなよ」
「お兄ちゃんのお邪魔? そんなのしてないよ。わたしは物事の共感ができるお友達に噂を伝えているだけよ」
「それが怖いんだよ」
「お兄ちゃんに怖がれちゃった。お兄ちゃんって、そういうところが勿体ないというか」
「笹倉家の家系は、あらゆる噂を断ち切るために存在していることを忘れてないか? 実の妹に手荒な真似はしたくないが……裏では何を隠している?」
「別に何もないよね、小鳥ちゃんも同様にそうだし」
「ふえっ? そうですねぇ……」
背中を気にするが、天使の羽は隠せている。
何もないと言われたら、嘘になるけれど。
本当のことを口に出来ない私自身がもどかしく感じる。
「まぁ、嘘か本当かは調べるまでだが……」
男が胸ポケットに隠していた、筒状のケース入れ。
その中には、とある楽器が入っている。
「……リコーダーですか?」
「これは、ただのリコーダーじゃないんだぞ」
ため息をつく男。この場で吹くのかと思いきや、私のお腹の部分に狙いを定めて突き立てた。
好きでやっていなさそうな行為であるのは間違いない。顔がこっちを向いていない。
けど、何か妙な雰囲気が……あっ……。
私はすぐ違和感に気付く。
「おお……!」
「神だ……神様の使いが現れたぞ……!」
クラスメイトが一斉にひざまずき、頭を下げた。
あれっ。
私の、天使の羽が見えちゃっている……?
「これは笹倉家の先祖が作り上げた、噂の見極めを行う玩具なんだ」
「そんな便利な道具があるのですね……」
「お前、やはり人間じゃなったか。その背中から出ている白い羽は噂によるものか」
「実際、どうなんでしょうねー」
非常に不味い状況っぽいのだけど、打開策が思い浮かばない。このままだと、私はどうなっちゃう?
「まぁ、経緯とかには興味ない。俺はただ、笹倉家の長男として噂の削除をするまでだ」
「噂の削除……」
そんなことされたら私、消えるってこと?
いま半分死んでいて半分くらい生きてて、死神の眷属だからよくわからないけど。
とりあえず、自分の意思で軽く飛べるのか試してみるしかない。背中から出ているであろう天使の羽を動かすイメージを持って、足を地面から浮かせて。
……浮かばないんだけど!
私は、ただただ棒立ちしているだけだった。
「あはは……ごめんなさい」
「謝れても無駄だ」
「お兄ちゃん、駄目。小鳥ちゃんはわたしが面倒をみるよ」
私と男の合間に、夏実が割り込む。
「夏実、どうした?」
「周りの態度がおかしいってことにすら違和感をもたないのね。お兄ちゃんの行動はやっぱり賛同出来ない」
「俺の行動に賛同できない……何故だ?」
「そんなの決まってるじゃない。神様……いえ、小鳥ちゃんだったら死神の使いになるね。神様を崇拝する噂が予めばらまかれていたらどうなるかな、お兄ちゃん?」
兄の顔面に急接近して疑問を投げかける夏実は、不気味な微笑みをみせる。
「ふっ、つまり俺を排除するというのか」
「そうじゃないよ。ただ……」
夏実はやっぱり私のことを気にしている。
「小鳥ちゃんに対しては、必要以上の検索をかけないでほしいだけ」
「……わかったよ。もうすぐチャイムもなるから俺は戻る」
「うん。そうしてね」
夏実に見送られる笹倉家の長男は、どこか悔しがっていそうな顔をしていた。
それにしても……予め、噂をばらまいたってどういうこと?




