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怪談ピアノの掃除当番  作者: 愛原ひかな
Ⅰ 出会い
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揺らめく死神の斧


「楽譜、ちゃんと探さないと」


「そうですね、心当たりあることは他にない?」


「いじめられていた親友と一緒に、楽譜を書くきっかけが……公園、暗い街灯、それから、大きな白い車が止まっていて……」


 人型は指先を合わせて、もじもじとしていた。


「白い車?」


「自分の家族が運転していた、キャンピングカーかな……。そこにピアノも積んでいて、親友と一緒に演奏したこともあったの」


「素敵ですね……」


「そんなことないです……関係性を維持出来なかったから……」


 人型は、とても後悔している。


 いじめで親友をなくして、大事に書き上げたはずの楽譜まで忘れてしまったことに。


 それらを放棄して、私に魂を刈り取ってほしいと申し出もあったくらいには、捨てたい過去の出来事なのだろう。


「そうね……。もっと死神としての、自覚があったら……」


 気を取り直して、楽譜探しをする。


 それしか手段がないと思っていたのだが、胸元がざわめいている。


 右手……。


 無意識に持っていた死神の斧が、揺らめいている。


 先程は刈り取ることなんて出来なかったけど、今だったらたぶん……。


 いや、楽譜を探すべき?


 果たして、本当に使っても大丈夫なのか。


 二つの選択肢が、私の頭の中で葛藤する。


「メリットとデメリットの天秤は、均等なのかどうか」


 震える両手。死神の斧を振りかざせば、人型は消滅する。


 わかっているからこそ、怖い。


 人型は真剣な顔つきになっている気がするから、尚更だ。


 私、どうしたら……。


 花音くん……。


「そんなの簡単さ。死神は死神らしく振る舞うのが一番なのだよ、あくまでも噂上では」


「噂の上で……?」


「そう。朝比奈が狂わないように用心深く見守っていたけど、僕の我慢しきれなかった」


 死神の斧に手を触れる花音は、小難しい顔をする。


「朝比奈を眷属にした際、死神ちゃんは代替わりすることを考えているのではないかと推測していたんだ。でも、違った」


「噂の、代替わり……」


 この状況で、わけのわからない単語が飛び交っている。


 噂が代替わりするということは、私はもうすぐ眷属じゃなくなって。


 本物の死神になろうとしている。


 そうなったら、いまの状況でさえ生きている人に認知されていないのに、存在する意味なんてあるのか疑わしくなるまである。


 そうなったら。


 完全に消失することもあり得る。


 つまり


 なんかもう、ついていけなくなりそう……。


「朝比奈、大丈夫だ」


「花音くん……どうして、そう言い切れるのですか……」


「僕の単独行動でいろいろと調べたからだ。安心してあの人型をあの世に送ってあげて」


「……うん、花音くんがいうのなら」


 泣きべそる暇なんてない。


 楽譜を探している人型の意志に反することかもしれないけれど、花音の言うことは素直に聞き入れたい。


「人型さん、ごめんなさい。楽譜を探してあげられなくて」


 死神の斧を構えながら、駆け足で人型に急接近する。


「……うん。わかった」


 人型はいつでも、覚悟が出来ていた様子だった。


「だからね、楽譜を書こうと思います。私、こう見えてもピアノ演奏は上手なのですよ。だから楽譜制作なんて朝飯前で!」


「うん、うん」


「短い時間だったけど、お話聞けたし。完成したら……」


 一瞬言葉が詰まるも、瞬きをしてごまかす。


「演奏は聴かせてあげられないかもけど……」


「あの音楽室で演奏してくれるのでしょ。それだけで嬉しくて、ありがとう」


 人型は笑顔をみせて、ふわっと消え去った。




「これで、よかったのかな……」


 空を切った死神の斧を静かにしまう。しまう先は理解していないけど、隠し持っていて、いつでも取り出せる意志はある。


「うむ。バッチリだ」


 何故か褒め称える花音の、心の余裕がないことがみえみえである。


「私に隠れて何を偵察していたのですか。花音くんは男の子だし、やましいことでも考えていそうなお年頃っぽいのもマイナスポイントですし」


「それはないよっ。ちょっとだけ、ファクターが足りなくて」


「噂の代替わりでしたっけ?」


「その線が一番濃厚だと思い込んでたけど、どうやら違っていてね。そうでしょ、死神ちゃん。いや……三年A組のクラスに、永遠に在籍することになっている、九蛾沙世(くがさよ)さん」


 花音が視線を向けた先、廊下の陰から金髪の学生が姿を見せた。


「この姿で眷属に顔を出すのは初めてだったな。我こそが、死神の噂そのものである九蛾沙世なのだ!」


 堂々と胸を張り、私に向かって人差し指を向ける。


「どちら様ですか……?」


「いや、お前に宝石を喰わせた張本人だよ!」



「えっ、この方が……」


 あの死神なのか。大っきな目玉で手がにょきっと生えた物質だなんて、あり得ない……。


「理解できないのは無理もない。だが、いまはそんなことどうでもよい。死神としての噂を全うした暁に褒美を与えねばならんしな」


「また宝石ですか? あれ不味かったし、別に褒美なんていらないような……」


「貴重な宝石は喰わせてやらんから安心せい。とはいっても、褒美は宝石が決めることなんだけどなぁ……」


 沙世は息を呑む。 


「宝石が褒美?」


「まだ、感じぬか……」


 何か期待されていた様子だったけど、何か不完全なことがあって褒美はない。


 そう思い込まれ始めていた。


「うーん、何も起きないならとりあえず旧校舎の音楽室に戻りませんか?」


「うむ、そうだな」


「そうだねー」


 沙世と花音は賛同すると、二人揃ってふわりふわりと低空飛行で音楽室の扉に一直線。


 私だけ歩きとか、なんかズルい。私にも、あれみたいとは言わないけど羽とかあったら。


 羽といっても、暗いイメージを持ちそうなのは駄目かな。


 だから、天使みたいに白くてまろやかなピンク色の――。


「うっ……」


 急に胸元が痛くなり出した。


 沙世と、花音は、気づいていない?


 マズいかも――。


 このまま意識が薄れていって。


 視界が保てなく……。


「うう……」


 あれっ。私、ちょっと飛んでいる?


 目が完全には閉じなかった。なんとか、意識は保てているようなのはすぐ理解する。


 ただ視線がしたのせいで廊下が見えるのだけど、つま先が地面に触れてなくて。


「背中が少しばかり重いのもある……」


 腕に力が入らなくて、背中まで届かない。


 仕方なく頭のほうに手を当ててみると、柔らかい帽子に触れたような肌ざわりがした。


 私、どうなっているの。死神の眷属として力使いすぎたのか。


 あるいは別の何かが――。


「うん? 意識はあるようだが、大丈夫か?」


 私の顔色をうかがう沙世は、真剣な眼差しで様子見する。


「これは参ったね。いや、おめでとうというべきか」


「そうだな。死神の眷属として、最上位の存在になったというのだからな」


 沙世と花音が拍手をしはじめる。


 えっ……。


 いったい、どういうことなの?



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