第8話 再就職先での面接②
面接官は少し考えた後、先に出していた家事使用人用の規則が書かれた紙を引っ込め、他の用紙をテーブルに置いた。
「それじゃあランディさん。猛獣を起こす仕事に興味は無い?」
「え?」
「猛獣を起こす仕事に興味は無い?」
どうやら聞き間違えではなさそうだ。
「……も、猛獣、ですか」
「ええ。皇帝陛下が飼っている大型のペットみたいなものかしらね」
「陛下!?」
帝国トップの敬称がさらりと告げられ、一瞬言葉を失う。
「……え、と、起こすとはどういう意味でしょう?」
「言葉のままよ。猛獣って言っても年老いているわ。そのせいか寝ている時間が異様に長くてね。放置していると寝続けてご飯も食べないし、だからといって身体を動かさないと足腰も悪くなるでしょう? そういう仕事も任せてもいいかしらと思って。ああ、大丈夫よ。檻の中にいるから」
ランディはうつむいて考え込んだ。
確かに年老いた動物は動きが悪くなる。もしかしたら寿命が近いのかもしれない。
それでも他の使用人は、猛獣が怖くて起こせないのだろう。
行商道中では野獣にも襲われかけたこともある。
きっと経験が役に立つであろう。それに檻の中にいるのなら安全だ。
面接官の言葉には家事一般の他に、簡単な雑用も任せたいと受け止めた。
「わかりました」
「まああああ!! 本当!? 他の使用人はやりたがらないというか、役に立たないから助かるわ!」
確かに陛下のペットであれば失態はおかせないだろう。
面接官の女性はパァっと明るくはしゃぎ、その後、目の端に涙を浮かべた。
「えっ、あの……?」
ランディはうろたえた。
今のやり取りに何か感動する出来事があっただろうか。
「いいわ。採用よっ!」
面接官は声高らかにソファから立ち上がった。
「では宮廷の使用人になれるのですか!?」
ランディは両手を顔の前で組むが、面接官の女性はふるふると首を横に振った。
「いいえ。あなたの仕事は眠れる猛獣の“おはよう係”よ」
「――ほあ?」
まぬけな声を責めるのは勘弁してもらいたい。
宮殿の給与だからこそアピールしたのだ。
仕事内容が違うのであれば希望の金額にならないのではないか。
それに仕事が簡単すぎないか。安い給料ではとても困る。
自立への一歩が遠のいてしまう。
しかも先ほどの話は帝国軍寮で飼っているのか、陛下は関係ないのかと脳内でたくさんツッコミつつ、
「……あの、えーと、猛獣のおはよう係はいいとして……他には、どんな仕事が?」
「ないわ」
面接官の女性にどキッパリと即答される。
「失礼ですが、その仕事は誰にでも……それこそ専門に置くほどものですか?」
「ええ、一筋縄ではいかないのよ」
面接官は深い、それは深いため息をついた。
「採用くださるのはありがたいのですが、その、さすがにわたしもそれだけでは――」
「安心して。宮廷の使用人として提示した給料の二倍を提示するわ」
ランディの不安をさらりと払拭する。
宮廷の使用人は中間層にあたる平民の平均月給より高い。
自立に向けた資金を貯めるにしては、願ってもない話だ。
掃除や洗濯といった重労働より猛獣を起こすだけの仕事の方が高収入。
こんな楽な仕事が存在するのか――否。おいしい仕事には必ず裏があるはずだ。
「宮廷の使用人よりも簡単そうな仕事に二倍の給料が出る理由を教えてもらえますか?」
おずおずと尋ねると「ちっ」という音が耳に入った。
思わず部屋をキョロキョロと見廻してみるが、面接官の女性の優雅な微笑みしか存在しない。
他の雑音が混じれば空耳だと片付けていたかもしれないが部屋は二人きり。
更にここは無音が広がる防音部屋なのだ。
――こわぁああ! この人、ニコニコしながら舌打ちが出来る人!?
ランディも暗黒微笑につられて、笑みを浮かべてしまった。なお引きつってはいるが。
「正直に言うわ。先ほどは例え話だったのだけど――」
面接官の女性は頬に片手をあて、眉尻を下げた。
「帝国軍寮に寝起きの悪い方がいてね。なかなか起きなくて誰もが困っているの。それでいて、とても高貴な方だから注意も必要なの。さすがにそんな方がお寝坊さんだなんて周囲には知られたくないの。だから、口止め料も含まれていると考えてちょうだい」
察するに階級持ちの軍人が寮に住んでいるが、仕事に支障が出るくらい寝起きが悪く、部下に示しがつかない。
秘密裏に遂行しろ――ということか。
「それにあなたは男の子だし、安心して任せられるわ」
男の子を強調した言葉にはひっかかりを感じたが、話は終わったとばかりに面接官の女性は歩き出し、
部屋の隅にある引き出しから何かを取り出した。
「では内容をよく読んで問題が無ければ、誓約書にサインをしてちょうだい。あとこの魔法陣紙と魔石は支給品よ。とりあえず持っておいてくれる?」
誓約書と魔法陣紙、大小さまざまな魔石がテーブルに置かれた。
「分かりました。ですが、さすがにそれでは午後が暇になると思いますので、余った時間は別の仕事も寄越してくれませんか? あと、厚かましいですが、おはよう係とは別で給与も発生すると助かりますけど……」
誓約書に目を通すと、本当に宮廷の使用人で提示された二倍の給料が記載されていた。
あとは守秘義務と規則に同意したとしてサインをすれば雇用契約が成立する。
「……まあ、いいけれど。できるかしらね」
面接官が重たいため息を吐いた。
ちゃっかりした奴だと呆れたのだろう。
ランディは苦笑した。
しかしそのため息は、裏に隠された真実に向けたものであった。
元商売人ゆえ、怪しい話には人一倍警戒するはずのランディだったが、
がむしゃらに採用されたいあまり余裕が無かった。
まさか受けた仕事が、命に関わる戦いだとは微塵も思っていなかったのだ。