第9話 おはよう係、説明!
ノーウェリア帝国軍寮、最上階。
ランディは絢爛豪華な扉の前にいた。
一本道の長い廊下しかなく、見渡しても扉は一つしかない。
「……ひょっとして最上階丸ごと部屋なのですか?」
嫌な予感がして血の気が引く。
「高貴な御方だと申し上げたでしょう」
「まさか分隊長クラスでは無く、大将クラスだったりしますか!? いやいや流石に寮には住まずに家くらい持ってますよね!?」
「おほほ、まさかそんなはずは無いでしょう。だいたいの幹部は帝都にそこそこ大きい館を構えてますよ」
面接官の女性――もとい、家政婦長はゆっくり首を振った。
本業は帝国軍寮の使用人全体の監督をしており、
宮殿の使用人面接は表向きで、おはよう係の選出が今回のメインだったようだ。
ランディはほっと胸を撫で下ろそうとしたが、次の瞬間、爆弾発言が飛び込んできた。
「こちらはノーウェリア帝国軍、魔導元帥であるアイヴァー・ジグルザンセン様のお部屋です」
「へぇ~……」
と、軽やかに返事をしたものの、言葉を理解すると笑顔を貼り付けたまま固まった。
数秒間の沈黙後、
「――アイヴァー・ジグルザンセン!?」
目が回りそうになるのを堪えて、壁際まで後ずさった。
どこの国でも知らぬ者はいないほど。生きた伝説の名前だ。
家政婦長は注意をするものの、これ以上は責めるつもりはなく無心で扉を眺めている。
「気持ちは分かりますが、敬称を忘れずに」
「いやいやいや、家政婦長! おかしいでしょう!? わたし、雇われたばかりなんですが!? ただの一般庶民なんですが!?!?」
ランディは目を丸くし、ぐりんと家政婦長に顔を向けた。
「だからこそ都合がいいのです」
言っている意味がわからないが、家政婦長はランディの両肩を掴み、真剣な表情を浮かべる。
「元帥閣下を知る者は誰一人として起こすことが出来ないのです」
家政婦長は芝居がかったようにハンカチを目に当てた。
見目もさることながら、権力、武力、性格なども申し分ない存在。
貴族の間では結婚したい男性ランキング不動の一位が続きすぎで殿堂入りしたとかしないとか。
しかもカルト的な人気も高く、中には老若男女問わず狂信的な信者もいるそうだ。
また国内外問わず、最上級物件の元帥閣下に近づこうと躍起になっている輩は多いという。
隣国出身のランディでさえも、名前とその影響力だけは知っていた。
「私に求められているのは、元帥閣下を起こせ、ということですか?」
「ご名答」
「あなたが男の子であることは幸いだわ。万が一の間違いは……多分無いでしょう」
万が一の間違いとはなんだろう。
ストレートに「夜を営む」という意味なら「多分」では無く「絶対」と言って欲しい。
家政婦長はコンコンと扉を叩き、元帥閣下の名を呼ぶが返事はない。
するとスカートのポケットから鍵を取り出し、鍵穴に差し込んだ。
ランディはまじまじと様子を眺めていた。
高貴な方の私室だ。
家政婦長とは言え許可なく勝手に入ってもいいのだろうか。
するとガチャリと錠が外れた。
部屋は市街地にある大広場程の広さの中に、
大人が二、三人眠っても余裕がある大きさの天蓋つきベッドがあった。
「うわあぁ……っ」
部屋の大きさに思わず感嘆の声が出たランディはすぐに口を抑えた。
カーテンが引かれている部屋はほの暗いが、ベッドの中で眠っている人は、
名画から抜け出してきたかのような美しいと言ってもいいほどの容姿をしていた。
アンティークの芸術性に感動を覚えるような光景に頬が紅潮する。
「この程度の音で起きる方ではありませんよ」
家政婦長は苦笑する。
「その……この方を起こすのは、まるで美しい絵画を汚すに等しいのではないですか。やはり自然に起きるのを待った方がいいのでは?」
「それが出来る方ならおはよう係なんて採用しません。神が天界に呼んでいるから起きられない、とまで囁かれているお方ですよ」
「そ、そうですかー」
ちらりと元帥閣下に目を向ける。
寝息を立てているので生きてはいるようだ。
もしプライベートで会っていたら、見惚れたりするかもしれないが、
給料が発生する仕事モードに入ったランディは一切、恋愛感情を持ち込まない。
誠意をもって仕事に取り組めないからだ。
おそらく家政婦長もそのタイプなのだろう。
ランディの様子を見て一安心した家政婦長は「では」と一拍置くと、
魔石を紙に包み、元帥閣下に向かって投げつけた。
「攻撃魔法展開、“ライトニング”」
バチバチッと電流がスパークするかのような激しい音を立て、大きな光球が現れる。
「この部屋で起きる不敬は全て許されます。しかしそれゆえ発生した事故も表沙汰にされませんのでご注意とお覚悟を」
「つまり!?!?」
「“喧嘩両成敗”――いえ、成敗は意味として違うので“喧嘩両相殺”が正しいかしら」
「下々にも分かるようにおっしゃっていただくと!?!?」
「“元帥閣下に怪我させても怒らねぇけど、逆に怪我させられてもおめーに怒る権利ねーから”」
ランディが戸惑っているうちに、元帥閣下の腹に落ちた代替魔法が閃光を放った。
身の危険を感じて床にしゃがみ込んだが、ぷすぅと空気が洩れるような妙音しか聞こえず。
「やはり私では代替魔法は、上手く使いこなせませんね」
そう。先ほどの音は、先ほど発動した魔法が失敗したことを意味していた。
それにしても、爆音が響いたにもかかわらず元帥閣下はまだ夢の中。
家政婦長の大胆な行動は一体何を意味するのか。説明不足が否めない。
ギギギと壊れたブリキ人形のように首を動かすランディ。
家政婦長はゆったりとした笑みを浮かべ「と、いうわけで何してもいいから起こせ。そして命は大事に」
という副音声がランディの脳内に流れた。
「ええ~!?!?」
家政婦長と元帥閣下とを交互に顔を動かし、自身を指さしながら“わたしが起こすのか?”と問いかける。
家政婦長はこくりと頷き、肯定する。
とてもいい笑顔だ。
無茶ぶりにも似た指示にランディは戸惑いを隠せなかった。




