第71話 おはよう攻防戦(完結)
あれから数日。
闇オークションに参加した貴族は次々と摘発されており、シャーロットも謹慎中で、部屋から一歩も出られない状態だという。
ランディの父親一行には重傷を負わせているが、元帥閣下直属の使用人誘拐の阻止および、闇市場の情報提供から情状酌量の余地があるという。
更に皇女という身分だ。ランディの父とも和解しており、恐らく大きな罰にはならないだろう。
当のランディは帝国軍寮へと戻っていた。
女であることが周囲にバレ、倫理的にも問題だということで、おはよう係は解雇になった。
騙したことは間違いないが、家政婦長はランディのこれまでの事情を知り、寮の家事使用人へと変更を提案した。
――が、寮の経理や人事担当が信用ならないと糾弾し、さらには給与差し止めの話まで出て、ひと悶着が起きている。
それにおはよう係という言葉だけは、他人から見れば至極簡単な仕事だ。
宮廷使用人より高いのはどうなのかという経理側の言い分もあり、この点は前々から家政婦長との間で論争となっていたらしい。
そしてアイヴァーとの直雇用の切り替えはまだなされていない。
家政婦長からも猛反対されている。
なおアイヴァーは帝国が支払わないなら、自分が出すと言っているが、何事にも無頓着な彼はおそらく全財産を差し出してくるだろう。それはお互いのためにはならないし、更に受け取ってしまえばそれをネタに囲ってくるとの家政婦長からの忠告だ。
さすがに全財産はないと言い切りたいが可能性が全く否定できない。
本当に渡されると困ってしまう。
それにランディとしても淋しい話だが、元帥閣下は今や一人で起きられるし、実質おはよう係はいらないと思っていたところだ。
それゆえ、現状は働きたくても働けない状態が続いている。
更に。
ランディの私室には大量の紙束が置かれていた。
名前や性別を偽った顛末書やら、闇オークションの事情聴取関連の書類だ。
それらに目を通し、経緯等を記載しなくてはならない。
デスクワークの苦手なランディは、日々、精神的疲労を蓄積させていた。
「ん」
カーテンの隙間から朝日が差し込む。
ランディは目を擦りながらのそりとベッドから起き上がった。
「おはよう、ランディ」
目の前には顔に手を当てた人物が一緒に横たわっていた。
ランディは素早くベッドから飛び起きた。
誘拐の一件からランディは耳に穴を開け、魔石をはめ込んだピアスを付けていた。
あとは魔法陣紙をしまったクローゼットまで一直線に走れば、代替魔法が使える。
耳のピアスを外そうとした直前――
ランディはハッとし大きく目を見開いた。
誰がいたのか気がついたようだ。
「アイヴァー様!? 一体、何をしているんです!?」
更に驚いたランディは部屋の端まで後ずさった。
「添い寝」
アイヴァーもむくりと起き上がり、のうのうと答えた。
「も~びっくりしました~、用があるなら起こしてくださいよ~。わたしの部屋にわざわざ何のご用ですか?」
と恨みがましく呻いた。
アイヴァーは非難を気にすることなくベッドの上で背伸びをする。
「んー何って……ここは僕の部屋だよ」
ほらっとアイヴァーが部屋に向かって手を掲げる。
ランディはキョロキョロと全体を見渡す。
いつも見ていたベッドしかない殺風景なだだ広い空間。
確かに元帥閣下の部屋だった。
「え、え? そんなはずは……わたし、昨日は自分の部屋に……帰って……」
「ないね」
ランディは目をさ迷わせ、昨日の出来事を朝から順に思い出していた。
昨日は昼前に顛末書を宮廷の人事部に届けに行ったものの、字が読みにくいだの、ペンの字が薄いだの、解釈違いがあるかもしれないからと母国語でも提出しろだの、散々いちゃもんをつけられていた。
辞書を借りるところやら、新しいペンを買いに行く段取りをつらつらと考えていた時に、アイヴァーが目の前に現れた。
なんでも誘拐前におじゃんとなったデートに誘ってきたのだ。
頭から煙が出そうになっていたランディは気分をリセットしようと誘いに乗った。
無論、デートではなく買い物という言葉に変えて。
道中、色んなハプニングがあった。
まずペンを買いに行こうとした文具店が閉まっていたこと。
追い打ちをかけるように図書館も定休日だったこと。
水たまりを踏んだ馬車から跳ねた水がランディに被り、御者がそのまま過ぎ去ろうとしたので、アイヴァーが世界を滅ぼしかけたこと。
「お前を倒して世界最強は俺だ!」と名乗り出た少年魔導師と戦ったこと。
ランディが美少女コンテストに出る羽目になったこと。
アイヴァーがイケメンコレクターと名乗る男から拉致されたこと。
遠い異国の王子がランディを見て生き別れの妹だと泣きついてきたこと。
一生分のハプニングが降りかかったような一日だった。
もはやこれは買い物やデートと名乗るには生ぬるい。もはや冒険譚の類いであった。
なので、再びデートの約束をさせられてしまったのだ。
その日の最後は、アイヴァーを部屋に送り届けてから、自室に戻る予定だった。
だが、アイヴァーの部屋に入ると、地面には雲のようなベッドが床中に広がっていた。
アイヴァーが魔導具を使うと、部屋の天井や壁に満天の星空が投影された。
つい寝転がると一帯は雄大な天の川が広がり、大小さまざまな星が並んでいた。
投影面とそれ以外の境界線がないため、星空の下にいるかのような臨場感を覚える。
星座や流星も眺めてはしゃぎ、ここ数日味わっていなかった癒やしを堪能してしまったのだ。
そのプラネタリウムを見た後から記憶がない。
ランディは自分の失態だと顔に手を当てた。
「……そうですか、わたし。アイヴァー様のベッドで寝てしまったのですね」
「君って意外に寝つきはいい方なんだね」
「もう、こういう場合は起こしてください」
と、半眼でアイヴァーを睨み付ける。
「気持ちよく寝てる子を起こせるほど、僕の気は強くないよ~」
と、アイヴァーはさらりと流した。
確かに今回に関しては言い分も分かるし、そのまま眠ってしまったランディが悪い。
アイヴァーを責めるのはお門違いだと反省する。
そして今日も朝から顛末書作りが始まると思うと気が滅入るが、こんなことでへこたれるわけにはいかない。
いっそのこと他の言語での翻訳や様々な第三者の観点も取り入れて、文句が言われない顛末書を書くしかない。
そうと決れば早く自身の部屋に戻り、着替えと顔を洗うところから始めよう。
ランディはふとアイヴァーを見つめた。
「……アイヴァー様、同じベッドの上で起きるなんて、なんだか――……」
「なに?」
「いえ、なんでもありません」
同じ部屋の下、ベッド、男女、朝。
女であることを知った家政婦長に指摘された時のセリフが頭を反芻したのだ。
照れを隠すように、アイヴァーを背にする。
――そう言われても、今までと関係は、何ら変わっていないはず……
きっとそんな間違いは起きないだろうと扉に向かってそのまま歩き出した。
実のところ、アイヴァーが移動魔法を使えば、ランディを寝かせたまま部屋に連れて行くことも可能だが、ランディは気づいていない。
扉のレバーに手を掛けるとランディはハッとした。
「……うっかり、忘れていました」
「ん?」
アイヴァーがゆったりと首を傾げる。
ランディは花が綻ぶような笑みを浮かべて告げた。
「おはようございます。アイヴァー様」
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