第70話 父との対話
ランディは父ケネトが入院している病院に訪れた。
部屋を覗くと兄のジョシュアが先に着いており、ケネトと仕事の話に没頭していた。
ベッドの上は書類や紙束で埋まっている。
あれからシャーロットが病院に向かい、父達に回復魔法を使い、怪我はすっかり治っていた。
用心にと一日様子を見るため、まだノーウェリア帝国には留まっていた。
開かれたドアを叩き、ひょいとランディは顔を覗かせた。
「父さん、お身体の具合はいかがですか」
「ああ、問題ない」
ケネトは気難しい顔をして、そっぽを向いてしまった。
ランディは次にかける声が出ず、黙り込んだ。
このままだと振り出しに戻ってしまうのだろう。
いつも客に話しかけるようには次々と言葉が浮かばない。
焦っているランディとむすっとしている父親を交互に見つめながら、ジョシュアは口を挟む。
「親父、ちょっと話が違うじゃん。ランディが親父を苦手にしているんじゃなくて親父がランディを苦手にしてんじゃん」
「断じてそんなことはない!」
荒げた声に兄妹は驚く。
役に立たない自分が不愉快で苛立っているのだとランディは思った。
ジョシュアは腰に手を当て、うなだれた。
「これじゃ色々こじれるわな」
ランディはジョシュアの言わんとすることが分からず首を傾けた。
「うるさいぞ、ジョシュア。誰かがおとなしくしなかったせいでフィンデクス王国への足かけの話が消えそうになったからな」
「そう言うなって親父。フィンデクスの話はランディの婚約話一択しか考えていなかった親父の失態だぜ。それにスバエ本部には優秀な兄貴達もいるんだし、たまには家族で会話しねぇ?」
落ち度を指摘されたケネトはジョシュアを睨み付けた。
その視線を華麗にスルーしながら、やれやれと両手を上げた。
「先に宣言しとくけどオレはランディの味方だから」
なんと心強い言葉だろう。
普段、一緒にいる機会が少ないのに、父親に向かって啖呵を切ってくれた。
妹を大事にしてくれているのだろう。
「まあ、とりあえず今回の家出のきっかけとなった話からしようか」
兄の言葉にランディは胸にギュッと拳を当てた。
「父さん、わたしの結婚は確かに父さんの仕事が潤い、ひいては売り上げが出ることで従業員の給料や覇気も上がるでしょう。でもそれは、私が我慢しなくてはならないことですか」
「そんなに結婚は嫌だったか」
「はい。幼いころからそう言い付けられていれば、レールに敷かれて受け入れられたかもしれません。しかし急な話では心の準備も出来ませんし、わたしに自由に一人で動ける力を授けたのは父さんです。それが父さんの失敗であり、わたしの感謝するべき点です」
「そんなに悪い話だとは思わないがね」
ケネトは顎に手を当て、視線を彷徨わせた後、静かに口を開いた。
「そもそもフィンデクス国のキッテルセン伯爵は薬漬けで廃人寸前だ。事実お前が一人で継ぐ形にする。単に爵位だけ乗っ取ればよかったのだが、最近はその親戚筋もうるさくてな」
「父さん、それ、あくどくないですか」
つまり書類上だけの結婚。
相手は勝手に身を滅ぼしている。
確かに見かけだけなら耐えられるのかもしれない。
ただ目の当たりにしていないだけで、人の破滅を下敷きにする幸せなど心が痛みそうなものだ。
娘の言葉にケネトは固まっている。
彼の背景には、今にも雨が降りそうなどんよりとした雲が浮かんで見える。
どういう気持ちかわからず、ランディはうろたえる。
意見を求めるようにジョシュアを見つめていると、ジョシュアはランディの両肩に手を置き、ケネトから少し距離を取った。
口元に手を当てるとこそりと喋り出した。
「……ランディ、あれは俗にいうツンデレってやつだ」
「ツンデレ?」
「大事な人の前では素直になれないってやつだ。親父はお前を嫌うどころか、大事にしすぎている。もし嫌われたら立ち直れないから、あえて変な境界線を引いて冷たくしている」
「それ、どういう感情ですか?」
ヒソヒソと囁き合っているが、どう考えてもケネトには二人の密談は聞こえているだろう。
ランディはそわそわとケネトを見やるが、我関せずと書類に目を通している。
「ま、お前が思っているよりは大事にしている。中身を伝えなかったのはアコギすぎて嫌われないかと思ってたからだぜ。押し付けた時点でマイナス好感度なんだから、今更げっすい内容を伝えても、あとは上がるしかねーのにな!」
ジョシュアの明るい物言いに堪らず、ケネトは大きく咳払いをした。
「何を言う、無能領主の元にいた領民は救われるし、今のようにお前は働かなくてもよくなる。スバエの事業は成長する。いいことづくめだ」
「とはいえ、そうやすやすと他国からの乗っ取りを許しますかね」
ランディが顎に指を添え、割って入る。
「平和を訴えている世の中、キルテッセン家が貿易や輸入事業にも手を出せば気付かれにくいさ」
自信と苦笑を織り交ぜた顔つきは、大商会の会長たる威厳さがあった。
ランディは思わず苦手意識が湧き上がり、一歩引いてしまった。
その様子を見て、また一つ咳払いをする。
「わかった。今回の話は無かったことにしよう。ランディ、家には戻ってくるな?」
「それはできません」
ランディはきっぱりと言い切った。予想だにしない返答に動揺を見せるケネト。
「な、なぜだ……?」
「今している仕事の契約もありますし、それに他にやりたいことを見つけたいのです。どうか見守ってくれませんか」
娘の芯の通った声にケネトは目を瞠った。それからゆっくりと嘆息し微笑を浮かべた。
「ふ、もしお前が商会を立ち上げてスバエのライバルになるのなら容赦はしないぞ?」
「望むところです」
ケネトの威圧的ながら柔らかい口調に、挑むように笑うランディであった。
ランディが病室を去った後、おそるおそるジョシュアがケネトに視線を移した。
「……親父、かぁーこつけちゃって。やけ酒するなら付き合うぜぇー?」
と、脇にある椅子に座り、お見舞い品と持ち込んだ紙袋を手に取った。
恐らく高級な酒が入っているのだろう。
ケネトは目を据わらせ、
「入院中の身だぞ。追い打ちをかけるな。この場では会長と呼びなさい」
と不機嫌そうな声を出し、再び仕事の話に戻った。




