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第69話 闇オークション⑥

ランディは小さく口角を上げ、肩の力を抜く。


アイヴァーの横を通り過ぎ、シャーロットに向かって歩き出す。


――大丈夫。うん、いつもの調子で話せばいい、だけ……


シャーロットはランディとアイヴァーの会話を聞いていたはずだ。

自分の非道とランディの解釈を照らし合わせて何と思っただろうか。

頭が花畑だと嘲笑っているだろうか。

そんな想像もして皇女の前に立ち止まる。


瞳に映ったシャーロットは顔を真っ赤にして唇を震わせていた。


その表情にランディは心の中で息をつき、腰を下ろした。

目線を同じ高さに合わせて、手を差し出す。


「……答え合わせをしませんか。シャーロット・・・・・・様」


ランディの柔らかい物腰は、シャーロットの部屋で見せたものと同じだった。

ただし呼び名はいつもと違うけれども。

それに気づくとシャーロットはハッとして、無意識に伸ばしかけていた手を慌てて引っ込めた。


「なんで、今頃……っ!」


ランディを睨みつける。


腰が抜けつつも後ずさりしながら、すぐに攻撃魔法が撃てるように光の粒子を身にまとわせた。

彼女もまた、ランディの言葉に毒気が抜けているが、裏があるのではないかと無理に気を張っている。

まるで捨てられた子猫が誰彼構わず、威嚇しているようにしか見えない。


ランディはシャーロットの落ち着く距離を見計らいながら、いつも通りの態度を取る。


「まずはシャーロット様の着ているドレスとわたしの着ているドレスですけど、質、素材、裁縫の丁寧さから見て全く同じ物で、更に高い値段なのはわかります。嫌いな相手とおそろいの服なんて普通着ないでしょう?」


「……そ……っそういう趣向での出品だったでしょう?」


「それにわたしの身体に細かい傷がついていたはずなんですけど、綺麗さっぱり無くなっています」


「…………っ、商品に傷がつくと、このオークションで売る時に値段が下がるからよ!」


「この毒花をくださったのは、わたしに自死を選ばせるためじゃなかったんですよね」


「違うわ。人が絶望して死ぬ様を見るのも一興だと思ったのよ!」


「でも高い売り物として用意したのに、オークションの時は素晴らしい提案をした人に渡そうとしていませんでしたっけ? それにわざわざ治療しておいて、みすみす死を許すんですか? まあ、死んでも良いとしてダチュラの花一つじゃ死ねるかは一か八かです。もがき苦しむ様を楽しみたかったんですか?」


「さ、さっきからなんなのかしら! あなたの思考はまるで狂人の沙汰じゃないの!?」


「……その言葉が出てきて安心しました」


「え?」


「普通に考えるなら、花を贈る理由なんて一つしかないですよね」


「…………っ」


「気付いて、しまいましたよ」


そう言ってシャーロットを見つめる。


――なんて顔をしているのだろう。


あざ笑っているわけでも皮肉を浮かべてもいない。

シャーロットの端麗な表情は固まっていた。

瞠目した彼女を見て、ランディは更に笑みを深めた。


花を贈る――言葉を形にして伝える手段だ。


ダチュラの花はシャーロットがランディにあてた心そのもの。

複雑な感情はすべてこのダチュラに込められている。


おこがましいけれど、身分を盾に線を引いたのはランディだ。

性別を偽ったことが彼女を傷つけたとしたら――


「僭越ながら、わたしと……一からやり直ししませんか? シャーロット様」


「!」


もう一度、名前を口にする。

この言葉は外から見ればかなり不敬な態度だ。おこがましいにも程がある。

頭の中では都合の良い展開を想像してしまいそうになる。

お門違いだと否定されるならそれでもいい、と覚悟を決める。


すると気丈を保っていたシャーロットの頬に一粒のしずくが弧を描いた。


「……くっ、……っひくっ」


口を押さえているが、嗚咽がせき止められず溢れている。

涙を流している姿を見られたくないのだろう。肩を震わせている。

ランディは次に掛けて良い言葉が浮かばず、成り行きを見守っているとアイヴァーが割って入った。


「君が何で譲歩するの。お人よし過ぎない?」


ランディの態度はまだ腑に落ちていないようだ。


「いえ、信じていた者に裏切られる気持ちは理解できますから」


幾分か落ち着きを取り戻したシャーロットは独白のようにぽつぽつと話し始めた。


「……――っ、初恋だったのよ。別にどうにかなりたいなんて思ってなかったけれど、お友達にならなれると思ったの。それなのにわたくしには距離を置いたのに、アイヴァー様とは仲良くなっていったでしょう? わたくしに足りないものって何だったのだろうって……思っていた矢先にあなたが女の子だって知って……」


それから先の感情の捌け口が、今回の闇オークションの場となったようだ。

声はだんだんと小さくなりこれ以上は語りたくないようだった。


ランディは眉根を下げた。


「ごめんなさい。シャーロット様が心を寄せてくださったのに……ごめんなさい」


ランディの声に涙がにじむが、必死になって呑み込む。

シャーロットは首を振って、ランディを見つめ返す。


「そうよ~~っ、も~~っ、なんで謝るのよ~~っも~~~~!!」


怒りも、懺悔も、後悔も。

言葉に出来ない感情をひたすら唸るシャーロット。


それから数時間、二人は一緒に大声で泣いて、軽口を叩きあって、笑った。

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