第20話 おはよう攻防戦(……あれ?)②
「そうですか。褒め言葉として受け取っておきますね。元帥閣下はこのあとはお食事になさいますか? それともすぐに宮廷へ?」
「スルーされちゃった」
いつも通りの涼しい声だ。やはりからかっているのだろう。
「残念ながら元帥閣下の含みのある言葉に一喜一憂しているほど、自惚れ屋ではありませんし、わたしは男ですよ? そういう言葉は絶世の美女にでも掛けてあげてください」
「なんで?」
「元帥閣下は見目が美しい方ですし、そのお隣にいる方も美しければわたしの目の保養にもなります」
「僕は美醜なんて気にしないし、男とか女とかも気にしない」
「つまり誰でも平等に接することができる方なのですね。素晴らしいです」
「うーん、落ちないないねぇ」
「私情が芽生えたら、わたしのおはよう係は解雇ですよっ――と」
髪束を綺麗に結い上げ、後頭部の高い位置で髪留めをつけた。
自分の仕事に満足するランディ。
こんなに素直な髪質なら三つ編みやお団子といったヘアアレンジも試したいが、ここはぐっと堪えた。
「どうです?」
ランディは期待を込めた瞳で元帥閣下の言葉を待った。
髪結いの専門職ではないにしろ、なかなか綺麗にまとめられたのではないだろうか。
「ふふ、君って変だね」
「変は聞き捨てなりません。どういう意味ですか。いえ、それより髪型が問題ないかを聞きたいのですが」
「この後は食事にするー」
「待ってください。誤魔化そうとしてますね」
「じゃあ、君は僕を見て問題があるように見える?」
――無い。
逆に自分の仕事結果にほれぼれしそうだ。
元帥閣下の素直な髪質のおかげとも言えるが。
唇がむにむにと動きそうになる。
言わなくてもわかるでしょう、との自信満々な元帥閣下の態度はランディの自尊心をくすぐった。
「そういえば、君は今日、何を食べたの?」
「今日はガーリックトースト付きのトマトクリームパスタでした……って、たしか元帥閣下は食べたいものを言えば、そのまま調理していただけるんでしたよね」
「特別食べたいものも浮かばないし、好き嫌いも無いから君と同じものでいい」
「あら、えら――」
パァンと乾いた音が響く。
ランディの奇行にさすがの元帥閣下も目を見開く。
「え、大丈夫? なんで自分を叩いているの?」
あら、えらいですね。と、言いそうになったので頬を思いっきり叩いた。
まるで近所の子供のように褒めそうになってしまった。
相手は千も上。見かけが若過ぎるのもある。
元帥閣下の部屋ではある程度の不敬は看過されているが、子供扱いは気分も良くないだろう。
使用人としての境界線を越えている。
「すみません。ちょっと考え事をしておりまして……」
ひりひり、赤く腫れた頬を撫でる。
「ね、えっとランディ。この後の予定を教えて?」
「? 元帥閣下は宮廷に行かれるのでしょう?」
「違う違う、君の予定だよ」
「元帥閣下を起こすことに成功した日は、家政婦長に余った仕事を回すように言っていますので、このあと確認しないとわかりません」
「つまり、暇?」
「いいえ断じて暇ではありません。むしろ暇はいりません」
頭と両手を同時に振って否定する。
自立のためには資金を貯めておきたい。働けるだけ働いておきたいのだ。
「それなら僕の従者として宮廷について来てよ」
反射的に「嫌です」と言いそうになった。
さすがにそれは失礼だ。
ランディは想像した。元帥閣下の後ろで歩く自分を。
まず周囲の視線が痛い。礼儀作法も分からない平民が高貴な方々を前に生きた心地がするだろうか。
「立場上は従者だけど、別に僕の身の回りの世話はしなくていいよ。ほんと、ついてくるだけ」
何かランディを連れないといけない事情でもあるのだろうか。
「わたしがついているだけでしたら、逆に邪魔なのでは?」
「宮廷に一人で行くの不安だなぁ……」
「子供っぽいこと言わないでください。単純に退屈しのぎに連れていくつもりならお断りをしたいのですが」
「いやあ、引退した身とは言え、そこそこの地位があるから、従者を連れて見栄くらいを張りたいの」
「元帥閣下はそんなこと気にしないタイプだと思います。むしろ虫除けだと言ってもらえたら考えたものを……」
寮の魔導士達の嫌がらせぶりを顧みると、元帥閣下が宮廷を訪れたら、複数の信者から言い寄られる構図が簡単に浮かぶ。
貴族がはびこる宮廷だ。虫除けの協力ならしたいものの、後ろ盾のない平民ゆえ、礼儀一つで簡単に罪をでっち上げられる可能性がある。
自身では役不足だ。
考え込んでいると、元帥閣下はポンと手の平を叩いた。
「わかった。臨時ボーナスとして、僕持ちで一日の給料の倍を出――」
「はい、是非お供させてください」
ランディは勢いよく頭を下げ――固まった。
――あれ、わたしの口は今、なんと?
働き手が弱い言葉、第一位、“臨時ボーナス”
お金は稼げるうちに稼いでおかなければ、いざという時に困ってしまう。
しかし宮廷について行くのはやはり荷が重い。
“ついていくだけ”という内容も簡単そうにみえるが、手持ち無沙汰で落ち着かないだろう。
やはり撤回しようと顔を上げる。
するといつも無表情な元帥閣下が神々しく微笑んでいた。
「じゃあ、三倍にしよっか?」
どうしてだろう。拒否権がないように思えるのは。
これ以上拒否すると、取り返しのつかないことが起きそうな気がして、
ランディはただ小さく頷くしかなかった。




