第21話 宮廷、波瀾万丈
まるで次々と開かれるカーテンを眺めている気分だった。
ここはノーウェリア帝国、宮廷。
元帥閣下が歩くだけで、謎のオーラがキラキラと散りばめられていく。
周囲は頭を垂れ、一歩引き、元帥閣下に道を譲る。
しかも元帥閣下が見えなくなるまで彼らはその体勢をとり続ける。
本来であれば自分もこの立場なのに“元帥閣下の従者”ゆえに堂々としていなくてはならない。
平民としては非常に居心地が悪い。
元帥閣下の後ろに歩いていてごめんなさいと心の中では頭を下げていた。
やがて兵士に守られた扉の前にたどり着く。
重厚で華美を備えた両開きのドア。
確実にその先には要人がいることは想像できる。
扉が開かれると、凜々しい風貌の人物がそこにはいた。
椅子に腰掛けていたその人物が元帥閣下に近づく。
ランディはゆっくりと目を見開いた。
「アイヴァー元帥閣下殿、おはようございます」
艶のある金髪に陽に焼けた肌。切れ長の双眸は鋭く、頬骨の高い顔立ちは精悍でいて男らしい。
前身頃にボタンが縦二列に並び、金糸で装飾された白の上衣。
威風堂々とした佇まいは、圧倒的な強者であると物語っていた。
元帥閣下に向かって悠然と笑みを浮かべるその人は、
ノーウェリア帝国の皇帝マティアス・エアン・フォールトベルグレムであった。
十以上の属国や貢納国を持ち、大陸を侵略し続ける暴君。
その容姿は元帥ほど詐称していないが、若々しくとても五十代には見えない。
そんな人物が先に挨拶を交わしてくる。
当の元帥閣下はというと――
「やっほう」
と、片手を上げ、何気ない挨拶を返した。
――帝国で一番偉い方への第一声がとんでもなく気軽すぎませんか!?!?!?
立場は皇帝の方が上のはずだが、年齢的に敬っているのだろうか。
不快に感じている様子はなく、気心が知れている間柄のようだ。
「珍しいですね。アイヴァー殿が誰かを伴っているのは」
マティアスは目を細めて尋ねる。
「うん。つまんなさそうだったから連れてきた」
――帝国のトップと面会だと知っていたら無理矢理にでも適当な仕事をでっち上げていたのに……!
よく考えると元帥を呼び出せる人物が大御所しかいないことに気づいたランディだったが、ボーナスに釣られた自分が今になっては恨めしい。
可能であれば時間を戻して過去の自分を叱咤したい。
マティアスがランディに視線を移す。
心臓を貫きそうな威圧感に緊張が走る。平民にはとても耐えられるものではない。
「君、名前は?」
「お初にお目に掛かります。わたしはランディと申します」
「ということは君がアイヴァー殿のおはよう係かい?」
「おっしゃるとおりでございます」
冷や汗が止まらない。震えそうになる身体を必死に理性で抑える。
気圧されないようにランディはかしこまって礼を取った。
「やだなぁ、ランディ。緊張してるの? 気軽に僕たちの会話に入ってきていいんだよ」
――何を言ってるんですか!?!?
口数が少なかったことを気に掛けてくれているようだが、人見知りをしているわけではない。
王族を前に発言許可をいただかないと言葉は交わせない。
かといって喋りたいことがある訳でも無い。
偉い人との会話は大変だ。
余計なこというと「そこまで聞いていない」と言われ、
必要な言葉だけ返すと「気が利かない」と言われる。
線引きが難しいので、ちょいちょいとジャブが必要である。
「君の仕事はかなり重大だけど、そのへんは理解できているのかな?」
――あわわわわ、その笑っていない瞳が怖いです!
「あんまりランディを威圧しないで」
と、小刻みに震えだしたランディを見てアイヴァーは横やりを入れる。
「仕方ないでしょう。私の代でアイヴァー殿を神の元に送らせる勇気はありませんよ」
「ちゃんとランディが僕を起こしてくれるから大丈夫だよ」
それから深刻そうな話を始めようとしたので、空気を読んで出て行こうとしたところ、元帥閣下がランディの手を掴んだ。
――なななな、なぜにぃ~!?
その行動にランディの頭はパニックだ。マティアスもわずかに目を丸くした。
「アイヴァー殿……そこまでお気に入りなのですか?」
「うん、僕のおはよう係は可愛いだろう」
と、肩に手を回した。
「アイヴァー元帥が侍らす相手としては、やや幼いようにも見えますが……愛玩道具としてお楽しみに?」
「まさかぁー。そういうのは卒業したよー」
ころころと笑い合う二人を前にランディは笑顔を貼り付けたまま凍り付いていた。
“そういうの”とは一体なんだろう。
深く考えるとピンキリで色んな解釈が出来るが、変に反応するよりは聞かなかったことにした方が安全な気がする。
ランディは無表情を貫いた。
「でも久しぶりに普通が出来たって感じ。君みたいに腹黒くないし、君が寄越すメイドみたいに過剰に接しようとしないしね」
――あんな過激な起こし方が普通なのでしょうか? 普通とは一体……?
と、哲学的な考え方がよぎる。
「手厳しい言葉ですね」
「まあ、君くらいじゃないと国の統率は出来ないでしょう」
「滅相もありません。アイヴァー殿がいらっしゃるからこそノーウェリア帝国は繁栄しているのです」
謎のスーパー嫌味の応酬タイム。
裏を返せば腹を割って離せる間柄ということだ。
――皇帝陛下ってこういう感じの人だったんですねぇ。
とはいえ庶民の前で素を晒すのは威厳を損なわないだろうか。
むしろ今はプライベートな空間と見た方がいいのか。
それでも恐れ多すぎるから下がらせてくれないだろうか、と視線で助け船を元帥閣下に求める。
元帥閣下はランディの目を合わせるが、優しく微笑み返すだけだった。
ちゃうねん!
どこかの地方にいそうなおばちゃんがランディの脳内で切れよくツッコんでくれた。
二人のやり取りを見たマティアスはぷっと吹き出し、
「いいよ、ランディは下がっても」
「!」
心の中のランディがガッツポーズをした瞬間だった。
意外にも空気が読めるのはマティアスの方だった。
ランディは大きく目を輝かせた――が、それに眉をひそめたのは元帥閣下だった。
「君が僕の従者に指図しないで」
「それはそれは失礼しました」
なんでやねん!?
再びおばちゃんがランディの代わりにツッコんでくれた。
へなへなと地べたにつきたい衝動をぐっと堪える。
そもそも場違いすぎるし、ランディがいたところで、進む話も無い。
誰かがいないと心細いと感じる柄でもないだろう。
「ねぇランディ、君って薔薇が好きそうな顔しているよね。皇宮の庭にはたくさんの品種の花が咲いているんだ。興味あるんじゃない?」
マティアスは軽いウィンクを流した。
それはどういう顔なのかと疑問に思うが、観察眼に優れている。
マティアスの助け船にランディは乗っかった。
「僭越ながらお見せいただけるなら是非」
「ランディが花を好きだなんて聞いていないけど?」
元帥はムッと口を尖らせた。穏やかさを保っている方なのに珍しい。
花に関しては特別好きでも嫌いでもなかった。
眺めていると綺麗とは思うが行商をしていたので、買うのも育てるのも出来なかった。
愛着は語れないが、心臓上、この場は離れたい。
かといって説得できそうな理由も思いつかない。
ここは下手に出ることにした。
「だめ、ですか?」
と、瞳を潤ませて返した。泣き落としに近い。
はいーわたしは心の奥底から薔薇が好きでー今見ることが出来ないとー死んじゃいそうなんですーと頭の中で花好きを演じる。
すると元帥閣下はふいっと顔を背けた。
「……別に、構わないけど」
どうやら念が通じたようだ。
平坦で温度を持たない声色だったが、この場から離れられそうだ。
マティアスは笑いを堪えているようなそぶりで、片手で顔を押さえている。
安堵したランディは部屋を後にした。




