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第15話 おはよう攻防戦(肉弾戦)

元帥閣下のおはよう係に任命されて一ヶ月が経った。


ランディはいつものように扉の前で盛大なため息をついた。

デッドライン七日目までには順調に起こせているのだが、今日は状況がいつもと違う。


扉前になぜか鉄格子が施されていた。

人を入れる気も無ければ、自分が出て行く気も無い。

鉄格子越しにドアを叩いてみるが、感触があるのに音がしない。


ここしばらく三日ペースで起こせていたので、安心しきっていたところだった。


「まあ、いずれこんなパターンが来てもおかしくないとは思ってましたよ」


無意識下の元帥は、睡眠を邪魔する者に容赦が無い。

いつもなら起こそうとすると、正当防衛と言わんばかりに攻撃を仕掛けてくるが、

ただ部屋に入るだけなら何もしてこない。

今回は部屋に入る前から妨害が始まっている。


ランディは人の心を読むような能力は持っていない。

しかし見上げた扉には、


“絶対起こすな、邪魔すんじゃねぇ、ぶっ殺すぞ”


というそれは強い、とてつもなく強い拒絶のオーラが流れていた。


――いやあ、なんと怖い。


そこまで起こされたくないのなら、心ゆくまで眠ってくれと放っておきたいのだが、ランディは元帥閣下ではなく、家政婦長に雇われた身。

その家政婦長を雇った元の元は帝国である。そう、帝国の意思であるのだ。

だから元帥閣下の意思には反しなくてはならない。


「それでも目覚めていただきますよ」


ランディは気合いを入れるために、パンっと手を叩いた。


複数持っている魔法陣紙のうち、溶解の陣が書かれた紙を選び、扉の前に貼り付けた。

そして扉から距離を取り――


「無効化魔法展開、“メルト”!」


と、叫び、“火”の魔石をぶつけた。

魔法陣から小さな火の球がいくつも浮かびくるくると回り出した。


すると鉄格子と扉は熱にあてられたチョコのように溶け始めた。


でろっとなった扉を確認すると、部屋奥にあるベッドを見据えた。


両指を地面につき、クラウチングと呼ばれる姿勢を取る。


――三、二、一、スタート!


頭の中でそう叫ぶと同時に床を蹴り出し、素早く元帥が寝ているベッドへ一直線。

その勢いのまま飛躍し、頭の上で手を組んで、元帥閣下のお腹めがけて振り下ろす。


起こすための攻撃は不問、というルールはもうランディの胸に刻まれている。


起きている時は、のほほんとしており、基本穏やかな性格の元帥閣下だが、

覚醒前だけはころっころと人格が変わる。


以前は色仕掛けで迫ってきたり、子供のように駄々をこねたり、めそめそ泣いたりと、様々なパターンで寝かせてくれとせがんでくるので、攻略法も定まらない。


だから最初は物理攻撃が有効かを確かめるのだが――


「手応えがないっ!?」


完全にベッドに当たった感触だった。

毛布をばっと剥がしたところ、元帥閣下の姿は無かった。


「――どこに!?」


左右を見渡すがどこにもいない。

するとランディの背後から殺気が漂った。


振り返った直後、拳が頬をかすめる。

これを間一髪で避けたが、風圧はランディの背中にあった壁に大きな円形のくぼみを作っていた。


――今の、当たってたら死んでましたよね!?


いや、その前に魔導士なのに物理攻撃も出来るとは聞いていない。

ランディはバックステップで距離を置き、構えを取る。


「今日は肉弾戦ですか。わたし、護身術くらいしか知らないのですけど……」


魔導元帥ではなく、肉弾元帥と名前を改めてはどうだろうか。

むしろなぜこれで起きていないのだろう。


元帥閣下はふらつきながらも床の上に立っている。

俗に言う夢遊病状態だ。


通常、魔導士が魔法を行使する際、呪文および発動にタイムラグが出る。

だから対処が出来る隙も見つかるのだが、肉弾戦となると分が悪い。

攻撃も出来ない、防御も出来ない。回避一択だ。


「避けないでよ。当たんないから」

「それは無理なお話です!!」


目を瞑りながらも喋って動く元帥閣下はさながら、誰かに操られている人形のようだ。

事情を知らない人間が見ればとてつもなく不安を覚えるが、あの状態はデフォルトだ。

大草原すぎる寝惚けなのだ。


正拳突き、掌底打ち、肘打ち、跳び蹴り、胴回し回転蹴り――

次々と繰り出される攻撃を命からがらもランディは何とか回避する。


「う、ひ、いぃぃっ! 元、帥、閣、下! どうか、目を覚ましてくださいぃぃぃ!!」


渾身の思いを叫ぶ。

一瞬でも気を抜いたら持っていかれる。


さすがノーウェリア帝国の最終兵器と呼ばれるだけはある。

魔術スキルも高い上に、格闘スキルも高い。

相手は息を上げずに攻撃を繰り出す。


ランディは足蹴りを紙一重の差で避けながら、とある場所への移動を決めた。


肉弾戦モードは防戦一方で圧倒的に不利。

翌日は筋肉痛で立ち上がれる自信さえなくなる。

それに回避だけではそろそろ体力が持たない。


早々に決着を付けたいところ。


そう決めたランディは壁を蹴ると、弧を描きながら、元帥閣下の背後に着地。

同時に身をかがめた。裏拳をぶち込んできた元帥の攻撃を躱すためだ。


そして靴に角度をつけて床を踏むと、靴の側面に仕込んだ“風”の魔石が滑り落ちる。

それを靴で思いっきり踏みつける。靴裏には加速用の魔法陣が描かれていたのだ。


「回避魔法展開、“スプリント”!」


――あーあ、この靴高かったのに、もう使えないなぁ。


と、嘆きながら、全力疾走で、とある部屋の扉を開けた。


そこは元帥閣下のプライベートの浴室。

素早く“火”と“火”の魔法陣紙を発動させ、バスタブに湯を張る。


追撃で飛びかかってきた元帥閣下の頭上をバク宙で避け、背中を蹴り上げた。

バシャンという音を立て、頭から湯船にダイブする。

一種の賭けだ。

服を着た状態で湯を被れば、服が身体に密着する不快感を覚える。

更に息が出来なくなることで、生命危機的反応から意識がはっきりしてくるだろう。


予想通り、元帥閣下の攻撃の手が止む。


ランディは、ほっと息をつき、地面に座り込んだ。

太ももが引きつっている。思いっきり体力を消耗したからだ。


次は元帥閣下の浮上待ちだが、なかなかに長い。

湯船に沈んで五分経過したところで、“まさかの死”の文字がランディの脳裏をかすめる。


常識外れの行動に慣れすぎたせいで、この程度で死ぬはず無いと(たか)を括っていた。


「いや、まさか。待って、その、これくらいで……?」


急いでバスタブを覗くと、張った湯からぶくぶくと泡が立った。


ザバァっと湯から顔だけ出し、頬を膨らます元帥。


「……今日は、ちょっと、殺意を、感じた」

「そ~れ~は~わ~た~し~の~セ~リ~フ~で~す~。いえ、わたしの場合はちょっとどころではありませんでしたが」


恨みがましく睨んでみると、元帥閣下はうーんと唸った後、


「思い出した、ごめんごめん」


と、いつもの無表情で抑揚無く答えた。


ここまで覚醒していれば問題ないだろう。

あとは双子に任せようと、ランディはゆっくり立ち上がると、壁により掛かりながら、へなへなと部屋を後にした。

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