第13話 ランディの毎朝①
それから十数日後。
帝国軍寮の食堂。
ランディは家政婦長や使用人仲間と共に朝食を摂っていた。
今日のメニューはパンにオムレツ、ポテトサラダ、飲み物はオレンジジュースと言った無難な組み合わせ。
――にも関わらず、ランディは目を爛々と輝かせ、もふもふと頬張っていた。
「あらあら、珍しい食事でもないのに、ずいぶん美味しそうに食べるわねぇ」
「まあまあ、成長期の男の子は食欲旺盛って言うものねぇ」
ランディの左右を同じ顔が挟む。
メイド服を着た二人は、使用人先輩であるニーナとイーダだ。
ランディよりも身長が高く、顔のそっくりな双子の美少女だ。
一人行商の時は、毎日移動しながらの携帯食ばかりだったので、新鮮な朝食は久しぶりだった。
「んぐ、すみません。はしたなくて……」
「あらあら、いいのよぅ」
「まあまあ、ランディは帝国軍寮に現れた唯一の花だものぉ」
元帥閣下のおはよう係としての朝はそれほど早くはない。
現役を引退したアイヴァー自身に表だった仕事が無いせいもあるが、最優先は起こすこと。
いわば万全の体勢のために、朝食をきっちりと摂らなくてはならない。
朝食は脳のエネルギー源を供給してくれるので集中力は高まるし、睡眠中に下がった体温も上がる。
基本、起こしに行くのは朝食後となる。
「それにしても元帥閣下はなぜ帝国軍寮に住まわれているのですか?」
「一言で説明すると、面倒くさがり屋だからね」
家政婦長は遠い目をしながら指を組む。
「自身の家を建てるのも、使用人を雇うのも面倒くさいと嫌がるの。帝国が面倒見ると言っても拒否するし、その上、死ぬまで寝続けるでしょう。帝国として元帥閣下は失いたくない。元帥閣下も誰にも邪魔されない環境でゆったり過ごしたい。妥協案に妥協が重なって、不測の事態があった時に元帥閣下を守れるのが帝国軍寮、というオチになって今の状況というわけ。ちなみに元帥閣下がここに住んでいることは、軍の上層部でも一部しか知られていないわよ」
現在、異界からの侵略も起きていない。
世界各国、多少の内乱はあるものの、国同士で戦争することはこの数百年起きていない。
それはアイヴァー・シグルザンセンが抑止力になっているからだと言われている。
万が一の切り札であり、平和の象徴。
アイヴァー・シグルザンセンを所有するノーウェリア帝国が世界の中心となっている。
「あの……その話を聞いてしまうと、私、とんでもない機密情報を知ってたりします?」
マグカップに注がれたジュースを見つめながら、ため息をつくランディ。
「あらあら、誓約書に箝口令も書かれていたでしょーぅ?」
「まあまあ、口外したら極刑よ。命がけの仕事って大変ねぇ」
――行き当たりばったりではなく、しっかりとした対策が必要ですね。
今後の元帥閣下の起こし方を思案する。
「家政婦長、可能であれば今後、魔方陣紙の買い付けを私に任せていただけませんか」
「そうね、使用者本人で選ぶ方が効率いいわよねぇ。それなら経費が落とせなくなるから納品書はうちの名義で頼むわよ。買い付けは伝手でもあるの?」
「はい。伝手には心当たりがあるので問題ありません」
「分かったわ」
そう言うと家政婦長は席を立った。
「さて、朝食を食べ終わって準備が終わったら今日も“おはよう係”よろしくね」
帝国軍寮、家事総監督ゆえ、現場が効率よく動いているかの確認や手伝い等ランディ以上に忙しい身。
片手を上げ、食堂を後にした。
家政婦長が見えなくなった頃を見計らって、こそっと双子がランディに問いかける。
「まあまあ、ランディはよく続けようと思ったわね。ムラムラとかオドオドはしないのぉ?」
「な、何ですか、その二択は……」
「まあまあ、大体は容姿に心を奪われる派か、恐れ多い派に分かれるのぉ」
「どちらかというとオドオド派ですが、正直、仕事モードで精神が保たれています。お給料がその、いいですし」
「あらあら、なるほど。お金を稼ぐことは大事よねぇ。正直者は好きよぉ」
――うう、高尚な理由じゃなくてお恥ずかしい限りですが。
ランディは赤面しつつ、己はがめついだろうかと俯く。
そしてはたと気がついた。
「そういうお二方は元帥閣下のおはよう係にはつかないのですか?」
双子は目をすっと細めた。
「まあまあ、命が惜しい」
「あらあら、普通の仕事が性に合っているのよ。私たちは」
元帥閣下の寝起きの悪さに耐えられなかったのだろう。
ランディは心の底から同情した。
現状分かったのは、元帥閣下を起こせているのは四~六日に一回。
デッドラインである七日越えは避けているとはいえ、綱渡りの状況だ。
何とか日数を縮めていきたい。
人の生死が掛かっている仕事を自身が請け負っていると思うと、
医療関係で働いている人は立派だなぁとしみじみ。
すると――
「げ、女とつるむしか能の無い軟弱野郎がいるじゃん」
と、あからさまな嫌味が耳に飛び込んできた――が、あえて無視をする。
数日働いてわかったことだが、ランディの周囲には敵が多い。
アイヴァーを信仰する者達だ。ある意味、宗教に近い。
この帝国軍寮に住んでいる一部の人間は、外的に守る役割を担っているので、
アイヴァーがこの帝国軍寮の最上階に住んでいることを知っている。
それゆえランディの仕事内容も把握しているが、
おはよう係という簡素なネーミングと、家政婦長に選ばれた者にしか出来ない事実から、
表向きはかなり楽で高尚な仕事に見えるだろう。
更に――両サイドにいる双子。
いくら少年とはいえ、美少女達に挟まれたら、うらやまけしからんように見えるかも知れない。
軟弱野郎と言いたい気持ちは分からないでもない。
しかし使用人仲間の女性達は彼に興味がないというのに、
騎士団寮の男どもから送られる妬みとはこれ一体。
逆を言うと興味のない女性が残ったというのが正確だが。
とりあえず敵意を持つ者と同じ場所にいても負にしかならない。
仕事の準備をした方が良さそうだ。
ランディが食器を載せたトレーを持ち、席を離れようとしたその時だった。