傷跡
聖剣を司教から引き抜き、メルの遺体を抱えながら階下に降りるとそこは死屍累々の血の池で、ベアだけが生き残って震えていた。
彼女に呼びかけ裏口へ向かいアリスに合流すると、ティアはアリスのそばで疲れ切ったように眠っていた。そして僕らは全員、ビカラの里へ帰還した。
アリスと僕は聞き出した情報を開示した。誰もがショックを受けたが、とりわけティアの動揺は大きいようだった。
「私が……魔王の娘……」
聞けば一階の惨状は全て魔物化したティアがやったらしい。アリスにも襲い掛かって、魔法で間一髪眠らせると、段々元の人間の姿に戻ったのだそうだ。
ティアが覚悟を決めたように言った。
「私、魔王に会いに行くよ」
「……」
「失ったものを取り戻すにはそこに行くしかないの。私の旅の終わりはそこ。……みんなはどうする?ついてきてくれるかは、自分で決めてね」
僕は……呆然としていてよく分からなかった。
だってアリスの話を聞くには僕は精霊を王都に連れてくるための人質で、本当にソィスは死んでしまったんだから。
涙は出ない。多分、メルが死んだときソィスの分も出し切ったんだ。
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翌朝、昨晩作ったメルの墓に祈っていると、隣にベアが腰を下ろした。
甲冑を塚の横に置き、両手を組んだ。
「甲冑の墓も隣に作らせてくれ」
「……?」
「私はもう騎士をやめる。ティアにはすまないが、私の旅は、ここで終わりだ。故郷に帰ろうと思う」
「ベアさん……」
「仮に教会から追手が来ても故郷なら、両親なら私をかくまってくれる。幸い昨夜の襲撃で私たちの姿を見たものはティアが皆殺しにしてしまったし、それに私の顔は半分焼けただれて人相も変わった」
彼女はそう言って包帯を外す。火傷だけでなく、無数の傷がついていた。
「もうな、右目がほとんど見えないんだ。砕けたヘルムの破片が刺さって傷をつけたらしい。魔王討伐についていったって何もできないよ。……それになにより……もう戦うのが、怖い……」
僕の方を見て薄く笑った。
「思い出すとまだ震えが止まらないんだ。たくさん人が死ぬのを見て、魔物になったティアを見て恐ろしくなった」
簡単な塚を作り、立ち上がった彼女を僕は目で追った。
「……一瞬でも、こんな私を騎士にさせてくれてありがとうシオ」
純粋な感謝の念だったのだろうが、彼女をそんな恐怖まで扇動して連れて行ったのは僕だ、と思った。
彼女はそっと土を払いながら聞いた。
「……それで、お前はどうするんだ?」
「僕は……」
どうするんだろう。どうしたらいいのか、どうしたいのかもはっきりしない。
彼女は僕の肩に手を置いて労わる声で言った。
「……シオ、お前はもう休むべきだ。私と一緒に来てもいい。だってお前、顔色が悪すぎるぞ……」
彼女は選択肢を僕に残して足音静かに離れていった。
僕はそれがいいかな、と思った。
勇者様が死んで、メルも死んで、ソィスも死んで。別に僕は神様に選ばれたわけでもないし、強制する人はもう誰もいない。旅を続ける理由はどこにもなくなった。
僕はクスクス笑った。
いや、そもそもメル以外誰も僕に強制してなかったっけ。勇者パーティーをやめるな、なんて彼女以外誰も言わなかった。
メルに怒られることを想像して、僕は彼女の墓前で悲しみに暮れながら笑った。
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「シオ……添い寝……」
そういえばそんな約束していたな、と思い出した。
狭い簡易テントでアリスとくっついて横になった。彼女は僕の胸に頭をこすりつけて嬉しそうに息を吸った。
寝苦しいな、と思う僕に反して彼女は気持ちよさそうにしていて呑気だと羨ましくなった。
彼女みたいに無感情で冷徹な人間になれれば楽なのに、と容赦のないことを考えた。
「アリスさん……アリスさんは、どうするんですか……?」
「?」
「ティアさんについていきますか……?」
ああ、と言う風に彼女は
「シオについていく……」
と言ってまた僕の匂いを嗅いで丸まった。
身じろぎして、彼女の膝が僕のお腹に当たった。
僕は何となく彼女を抱きしめた。温もりを求めていたのか、自分でもよく分からない。彼女は抱きしめ返してきた。僕はぶるっと震えた。
「アリスさん」
「なに?」
「……アリスさん」
「?」
「あ、あぁ……」
僕が言うまで、何も言わない。僕が言ったら、何か言う。
無言で抱きしめ返してくる……。
「ソィス……ソィス……!」
彼女の無償の愛に打たれて僕は枯れたと思っていた涙が溢れてきた。
「お前が死んだら僕は……僕は……!」
ソィス……僕の大好きな幼馴染。
お前が死んだら僕はもう何もないよ。朝起きたらお前が居なくて、夜寝るときも居ないんだ。花冠を作ってくれないし、畑で笑って汗を拭うお前もいない。
もう思い出の中にしかいないなんて嫌だよ。
僕はアリスをぎゅうぎゅうと抱きしめた。
彼女からの力も僕に呼応して強くなった。
温かい……。僕の心臓を直接温めるようだ。彼女が背中をさすってきて、僕は段々ぼーっと、瞼が重くなってきた。悲しみが全て水になって、脳を洗い直すようだと思った。
僕は涙を流し疲れて、彼女より先に眠った。




