騎士チョップ
そういえば、思い当たる節はいくつもあった。
異常な身体能力、極端に短い睡眠時間。城郭都市に着いてから、胸がざわつくと言っていたのは魔物領が近いことを本能的に察知していたからではないか。
そして、勇者様はティアによく絡んでいた……。彼はティアが魔物であることを知っていたのだ。だが、黙っていた。
「ティアさん、ご両親は……?」
「え?」
「いえ、何でもありません」
ティアは、恐らく自分が魔物だと知らない。だったら、僕も勇者様の意思を継いで内緒にしておこう。彼女には必要になったときに教えればいいのだ。
メルが僕を現実に引き戻すように、血の気の失った顔で聞いてきた。
「どうしてシオさんが聖剣を……?」
彼女の声は震えていた。脳が理解に追い付いていないようだった。
そうだ、僕は彼女に致命的な宣告をしなければならないのだ。
僕はこれを彼女に伝えるのは、身を切るよりも辛かった。
「勇者様は死にました」
ぶるっと彼女の体が拒否反応を起こすように、つま先からてっぺんまで震えた。
「聖剣は譲り受けたものです。なぜ僕の手で光るのかは分かりません」
僕は嘘をついた方が良かったのだろうか。
彼女にとって、それがどれほど受け入れがたい真実か分かっていた。
勇者が死ねば、勇者パーティーはおしまいなのだから。
彼女はぎりりっと歯を食いしばって僕に掴みかかった。瞳孔が開ききっている。
「ふざけないでください!私はっ……シオさんは決してそういうことは言わないとっ……!」
誰が僕と彼女を責められようか。決して揺るがない現実と、揺るがせたくない信条が相反して衝突している。
これが神を信じたものの末路か……?彼女はあまりにも哀れだった。
僕は爪を食い込ませてくる彼女を見、それからそっとベアに視線を向けた。
ベアは心配そうに見守っている。
僕は彼女にそっと頷いた。ベアは僕の僅かな動作で伝えたいことを理解したようだ。小さく頷き返してきた。
今のメルに僕が何を言っても無駄だろう。彼女には落ち着く時間が必要だ。
ベアとメルは良き話し相手だから、彼女ならメルの動揺を上手く抑えてくれるに違いない。
ゆっくりと近づいてきたベアは、僕に掴みかかるメルに、
いきなり手刀を叩き込んだ。
「えっ!?」
メルは「かひゅっ」と呼気を漏らし気を失って倒れた。僕は衝撃のあまり口を開けてベアを見た。
ベアは僕の反応に却ってオロオロと動揺し始めた。
「えっ、ち、違ったか……?半狂乱に陥った相手にはこうするのが一番だと……」
いや、確かに落ち着かせてほしいと思ったけどもうちょっと穏便に……。騎士って怖ぇ……。
「その……アフターケアはお願いします」
……まぁあのまま好きにさせていたら何をするかわからなかったのは事実だし、助かったのは助かった。
僕の言葉に頷いて、ベアはメルを抱えてテントに入っていった。彼女のことはいったん任せよう。
「……勇者くんはどうして死んだの……?」
ティアは、勇者様が死んだという事実を衝撃をもって受け止めたようだ。少し顔色を悪くして尋ねてくる。
「分かりません。それを知りたいと思っています」
「そっか……。私、情報集めてくるね」
ティアはそれだけ聞くと離れていった。一人になりたいのかもしれない。
僕は残ったアリスの方を見た。彼女はぼんやりと僕を見上げている。
彼女は何か感じたのだろうか。頭の中身が全く分からない。
アリスに、何か質問はないかと視線を向けていると、彼女はそっと呟いた。
「シオ……急に魔力が増しててびっくりした……」
「分かるんですか?」
「うん……。魔法使いだから、なんとなく。……でも勇者には及んでないと思う」
僕は勇者様の完全な代わりではないらしい、という情報だった。僕は一つ気になってアリスに聞いた。
「ティアさんの魔力について、どう思います?」
「ティアは……魔物……でしょ……?」
「……知ってたんですか」
「うん……それがどうしたの……?」
「いえ……」と僕はそこで話を切り替えた。僕だって黙っているつもりなのだ。細かいことを言ってもしょうがない。代わりにアリスに頼みごとを持ちかけた。
「アリスさん、お願いがあります」
「なに?何でも言って」
「僕を辺境伯の館まで転移させてください」
勇者様に会った最後、彼は辺境伯の居城まで報酬を受け取りに行ったはずだった。
僕は、これから僕らがどうすればいいのかを知りたい。だから情報を少しでも集めたいのだ。どうして勇者様は殺されたのか、それを知らないままでは、もしこのまま魔王討伐に行けと言われてもとても行けない。
「了解。覚えてる……行ける」
アリスは頷いた。
実行はなるべく早い方がいい。
「今、お願いします」
僕は聖剣を背負った。アリスが魔法を唱える。
そうして僕とアリスは、二人で辺境伯の館に乗り込んだ。




