魔物同然
勇者はビゴー城郭都市のその中央広場、大聖堂の正面に立っていた。
思っていたより毒の回りが早く、あと数時間持つかどうか、という状態にあると勇者は認識を改めた。
今夜は雲が出て月が覆い隠されている。深夜の広場は人っ子一人いない。
勇者は大聖堂と直角に向いて立った。首をねじり大聖堂を見据え、光る聖剣を体に密着させて構えた。落ち着いた様子だった。
「勇者の称号をくれてありがとよ教会」
勇者は毒で痺れる両手にしっかりと力を込め聖剣を握りしめている。どこにそんな余裕があるのか、真っ赤に染まった唇をニヤッと持ち上げた。
「だが、気が変わった。この肩書は生涯俺のもんだ。最初にして最後の勇者様が、クソなこの世に反逆の一刀をくれてやる。……俺は昔っから、聖職者ってやつが嫌いだったんだよ……」
満腔の力で一歩踏み込んだ。そして勢いよく聖剣を振り下ろした。
ズズン!
勇者の放った斬撃は石畳を破壊しながらまっすぐ大聖堂に向かい、空気を震わせる音を響かせ真っ二つに砕いた。まさしく一刀両断の一撃だった。
運悪く火が付いたのだろう。
勇者は、黒煙を上げ、崩れだした大聖堂を確認すると屋根に飛び上がり、今度は狂ったように刃を振り回し始めた。
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「隊長!大聖堂が火に包まれています!」
「何!」
真夜中、緊急事態を知らせる鐘の音にたたき起こされた軍隊長は兵の報告に驚愕した。
慌てて軍服に着替え、銃を掴み兵舎から飛び出した。
確かに、空は真昼のように明るかった。
「原因はなんだ!魔物の襲撃か!」
「い、いえ……ゆ、勇者を名乗る男が町を破壊して回っているようです!」
「なんだと!?」
何かの間違いかと思われた報告は、しかし現場に着くと真実であることが理解させられた。
屋根から屋根へ飛び移りながら叫ぶ黒い影は、一本の光を引き連れていた。逃げ惑う人々に向かって威圧するように哄笑を浴びせる様は魔物同然だったが、言葉を発したので人間であることは明らかだった。
「逃げろ逃げろカスども!俺こそが勇者だ!俺が……ぎゃはは!」
果たしてそれが本物の勇者であるか、はたまた途方もない身体能力を持つ異常者であるかは軍隊長の判別できるところではなかった。
だが、影の持つ神聖な光の正体は聖剣に間違いないように思えた。
しかし混乱してはいられない。この状況で最優先すべきは目標を沈黙化することだ。
「構え―っ!」
燃え盛る大聖堂の火勢に負けないほど鋭い号令が響き渡る。
一列横隊に並んだ20人ほどの兵士が一斉に銃を構える。目標は大聖堂の高い塔の上、鉄心につかまって街を見下ろす不敵な男だ。
「覚えとけ!目に刻め!俺こそが勇者様だ!あっ、あいつ転んだ!ダセェ!」
田舎の自警団とは練度が違う。
この都市には最前線に立つ本物の小隊がいくつも駐屯している。
銃を構えた彼らは次に下されるであろう隊長の一言だけを集中して待っていた。
そして
「撃てっ!」
バウッ!と黒色火薬が爆ぜた。連続して轟音が響き、一斉に静まり返った。
「あっ」
血を引きながら勇者は塔の上から暗闇へ、真っ逆さまに力なく落ちていった。
「命中!気を抜くな!死体を確認しろっ!」
「はっ!」
ザカザカと兵たちは勇者の落下地点に向かって行った。
隊長は一人、巨大な松明と化した大聖堂を見上げた。一夜にして見る影もなくなった街の誇りに、半ば呆然の気持ちで目をつぶった。




