晩餐、勇者、辺境伯
勇者はシオとの会話の後、約束通り辺境伯の居城まで「お礼」を受け取りに来ていた。
「何はともあれ食事です」と大げさな歓迎をする辺境伯を勇者は嫌いではなかった。
真っ白なテーブルクロスで覆われた長い食卓は、勇者と辺境伯のほかは空席である。しかし彼はそんなことで気後れする人間ではない。
前回と全く変わらない様子で辺境伯との歓談を楽しんでいた。
だが、辺境伯が勇者を名前で呼んだ時、一瞬場の空気が凍った。
「ロイ殿は全く豪傑ですな!」
「……辺境伯殿、俺を名前で呼ぶのはやめてください」
勇者が珍しく苦り切った顔をしたので領主はきょとんとした。
「はぁ……そういえば、依然来られた時、メンバーの方もみな貴方のことを『勇者』と呼んでおられましたな」
「俺のことは勇者とそう呼ぶように矯正したんですよ。名前で呼ばれるのが好かないもんで」
勇者ロイは、この話題はもう結構だ、と言うように話を切り替えた。
「それにしても、この屋敷はゴテゴテ飾りすぎですな!はっきり言って、ダサい!」
辺境伯にとって思うところがあったのだろう。いつもへいこらと腰の低い彼はしどろもどろ反論した。
「いや……しかしこれは先祖代々の屋敷でして……。この彫刻一つ一つにデビダ教徒から見れば深い意味が……」
「……ほう?」
勇者がサラダを口に運びながら片眉を上げて領主を見た。領主はハッと口をつぐんだ。
「辺境伯殿はデビダ教徒だったんですか?この国は宗教をゼノ教だけと定めているはずですがね」
「あ、いや、今ではすっかりゼノ教徒ですぞ。立派に改宗いたしましたので」
勇者は切り分けた大きな肉塊をソースにつけながら頷いた。
「なるほどね。得心がいきましたよ。この街の大聖堂、あんな立派なモン建てるのに半世紀はかかるでしょう。ゼノ教が国教になったのはたかだか15年ほど前ですから計算が合わないと思っていたんです」
「あ……」
「つまりデビダ教を追い出してゼノ教が占領してるわけですか。こりゃ屈辱でしょう。え?元デビダ教徒としてはどうなんです?」
「……勇者殿、お戯れを。今ではすっかりゼノ教徒なのですから何も感じませんよ。邪教を追い払ってくれて感謝しております」
「そういうもんですか」と勇者は肉をほおばりながら笑った。それ以上追及しないところを見るに、勇者にとってこの話題に思い入れはないのだろう。
一方辺境伯は少し顔色を悪くし、口数が減った。勇者はそれに目ざとく気付いたが、他人の顔色などどうでもいい。食事に舌鼓を打っている。
「あら、ワインが空になっちまった」
「あ……おい!替えのボトルを持ってこい……」
過剰に慌てたように領主が言ったのを、勇者は酒精に浸った頭で不思議に思った。
やがて扉を開けてそぉっと一人の娘がワインボトルを盆の上に乗せて近づいてきた。グラスにワインを注ぐ手が震えていたので勇者は顔を上げて給仕の顔を見ると、それはメイドではなく領主の娘だった。
領主が慌てていたのはこのタイミングで娘を呼びつけるつもりだったからだろう。
ドラゴン討伐達成の報酬代わりにこの娘は差し出されている。
勇者は怯えたように俯く娘のおぼこい様子にニヤニヤ笑った。この娘は自分に抱かれることを父親から強制され、そこから逃れることが出来ない。
哀れなことだと笑いが止まらなかった。
そして、娘が注いだワインをグイッとあおった。
瞬間、一座が息を飲んだのが空気を通して伝わった。
なんだ?
勇者は妙に思いながら、急に粘っこい熱いものが胸にこみ上げてきて、それを咄嗟に吐き出した。
「ガハッ!」
きゃあ!と悲鳴が上がった。
銀食器に赤い血しぶきが飛び散り、純白のテーブルクロスに血だまりが出来ていた。
勇者はグラスを見、それから娘の方を見た。
彼はその時、娘の怯えた表情の真意をやっと理解した。
そして悪鬼の形相になり、目にもとまらぬ速さで椅子に立てかけてあった聖剣を抜いた。
グイッと体を持ち上げ、歯を食いしばりながら娘の腹を切り裂いた。娘は力を失いそのまま声も出さず地面に倒れた。
勇者は二刀目で娘の首を落とし、領主に怒鳴った。
「へ、辺境伯!この娘が俺に毒を……!」
領主の顔を見た勇者は全てを悟った。
「な、なぜ動ける……!グリフォンでも1秒で殺せる毒だと言うのに!あ……ああ……娘よ……」
毒を盛ったのは娘の独断ではなく共謀か……。
勇者はストンと気持ちが冷静になるのを感じた。こみ上げてくる血を口の端からこぼしながらテーブルを両断し、辺境伯に近づいた。
「いや、お望み通り死ぬぜ。全身に毒が回った。手遅れだな」
そう言いながら聖剣を上段に掲げた。辺境伯は聖剣の輝きを見て震えた。
「ひぃい!殺さないで!こ、公爵が……!」
辺境伯が何か言いかけたが、理由など聞いている暇は勇者になかった。
「……俺はそもそもアンタを恨んじゃいない。これは運命というやつだからな……ガハッ!」
勇者が吐き出した血が顔にかかり辺境伯はまた小さく叫んだ。
「……だがこのまま何もせず死ぬのは癪だと俺のわがままな魂が叫んでる。……一晩は持つだろうか……」
勇者は言うや否や聖剣を勢いよく振り下ろした。
ズウンと大きな音がして三階建ての領主館は下まで両断された。
「ひぃい!ごめんなさいごめんなさい!」
辺境伯の真横に巨大な亀裂が走っていた。
パラパラと木くずが舞い落ち、天井の裂け目から星空が見えた。
勇者はだらっと肩を落とし空を眺めていたが、やがて破壊跡から外に飛び出し庭に着地した。
そして、聖剣の青い光の筋を後方に引きずりながらあっという間に城下町の方へ走り去っていった。
破壊された領主館では、椅子から転げ落ちて命乞いをする辺境伯の姿が取り残されていた。




