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神官の嫉妬?

「シオ……一緒に寝てほしい……嫌ならいいけど……」


 とアリスに言われ、また空気が凍えた。だがよくよく意思を確認すると、ただ暗いのが怖いから添い寝してほしいということだと判明し、なんだかなぁと思いながら了承した。


 メルの方をちらっと見ると「なんですか?」と不機嫌そうに言われた。メルは僕からプイッと顔を背け、珍しく一緒に焚火に当たっていたベアに話しかけ始めた。

 ベアはメルの話を小さく頷きながら静かに聞いている。


 アリスと一緒に狭いテントで横になっていると、疲れていたのかアリスはすぐスースーと寝息を立て始めた。赤子のようなあどけない寝顔を見ていると愛おしさが湧いてきて、寝ぐせにならないように頭の位置を調整してやった。そうやってしばらく彼女の寝顔を眺めていた。


 寝かしつけが完了したので、そっとテントを抜け出し、再び焚火の方に向かった。鍋を片づけたり、明日の用意をしておかなければ。


「まるで嫉妬している乙女だぞ」


「なっ」


 ベアとメルの会話が聞こえて僕は暗闇でつい立ち止った。メルの慌てたような声がする。


「わ、私は神に身を捧げた神官です。だから嫉妬とかそんなくだらないことはありません」


「本当か?とても平静には見えなかったが」


 ベアのからかうような声がして、僕は聞いてはいけない話を盗み聞きしているような気がした。


「……正直に言えば、嫉妬というかまあ子供っぽい感情を抱いたかもしれませんが……。しょうがありません。私はまだ未熟なので」


 拗ねたようにメルが言葉を続ける。


「……シオさんに彼女が出来たらお祈りをやめてしまう気がしたんです。折角シオさんがこの長旅で心細くなってゼノ様にすがり始めたのに、女性で心の安寧を取り戻してもらっては困ります」


「すごいことを言うな……」


 ベアはクスリと笑った。やはり僕の話だった。だが予想外の方向に話が進み僕は笑えなかった。


「たしかに、あいつが落ち着いていると腹が立つ」


 ベアが笑いながらメルの言葉を継いだ。ベアの笑顔はびっくりするほど綺麗だった。話す内容はひどいものだが。

 メルと会話している彼女は機嫌がいいようだ。


「私には、シオさんが信仰を忘れないように面倒を見てあげる義務があるんです。彼にゼノ教を教えたのは私ですから」


 誇らしげにそう胸を張るメルは狂信者としての一面が垣間見えた。僕は悪質な取り立て屋に追い掛け回されるイメージをした。


 だがベアはメルの言葉を聞き、少し意地悪に目を細め切り返した。


「私には、メルの方があいつの祈りを必要としているように見えるがな」


「え?」


「一人で祈るのが寂しいんじゃないのか」


 ベアの言葉を聞いてメルはハッと口をつぐんだ。唇に手を当てて少し考えるような素振りをして


「それは……考えたこともありませんでした」


 と呟いた。


 僕はこそこそと立ち聞きしているこの状況にいたたまれなくなってきた。


 彼女たちの話題が切り替わったのを契機に、堂々と焚火に近づいた。

 倒木に腰掛け何食わぬ顔でカバンの整理を始める。


 メルは僕の方を一瞬チラッと見たが、そのまま気にしていないかのようにベアと話し続けている。


 ベアがメルに質問した。


「そういえば神官について具体的に私はよく知らないな。メルは厳密には結婚とかしていいのか?」


「私はしていいです。修道女とかになるとダメみたいですけど。……でも詳しく知らないんです」


「ほう?」


「……私はもともとお父様の手伝いとして教会関係の雑務を行っていただけなんです。お父様はミズス派っていう宗派のリーダーで偉いんですよ!」


「へぇ、私も似たようなものだ」


「そうなんですか!」とメルが話に食いついた。頷いてベアが話を続ける。


「私も騎士家の生まれとして一応訓練を行ってはいたが、普段は父の領地経営の手伝いをしていた」


「うわぁ本当に似てますね!」


 メルもベアも共通項があることに嬉しそうだ。

 二人は生い立ちが似ているから馬が合うのかもしれない。


「私も白魔法を勉強しましたけど、でも本来は役人みたいなもので……。……だからもっとすごい人いるのにどうしてゼノ様は私をお選びになったのでしょう……」


 メルが自信なさげに呟いた。


「おや?神を疑っているのか?」


「そ、そういうわけでは!」


 ベアがクスクス笑った。

 僕は鍋を紐で縛りながら結局聞き耳を立てていた。ベアは意外といたずらっぽい人なのか、と知らない一面に驚いた。接する相手によって人は姿を七色に変えるものだなぁと強く感じる。


 ベアが冗談だ、と言う風に手を振って続けた。


「まぁ分かるよ。私も卑屈ではなく、どうして自分が選ばれたのか純粋に気になる時がある」


「ですよねぇ……」


 僕は引っかかるものを感じた。


 勇者パーティーに選ばれたことに戸惑いを感じているのは僕だけではないのか……。


 考え込んでいると、ベアが僕の方を初めてチラッと横目で見た。


「少し話し過ぎたな。楽しかったよ、じゃあまた明日」


「はい!おやすみなさい」


 メルの返事を背に、ベアは自分のテントに帰っていった。


 僕はやっと喋ることを許可されたかのような気持ちでメルに話しかける。


「……ベアさん楽しそうでしたね」


「……ベアさんはもともと私にはシオさんに対する時ほど冷たくはないんですよ。でも確かにこんなに話してくれたのは今日が初めてでしたけど」


 ……メルの返事がどことなくそっけなく聞こえるのは僕の気のせいだろうか。僕は黙って明日の準備に勤しむことにした。


 と思っていたら「それよりシオさん」と彼女が不機嫌そうな声を出した。


「ベアさんの言っていたこと、本当ですか」


「え?」


「……一人で祈りを捧げている私のことを憐れんで今日までお祈りに付き合ってくれていただけなんですか」


 ギクリ。

 全くの図星で僕は口をパクパクさせた。僕はゼノ教など一切信じていない。


「……ふぅん。言い返さないってことはそうなんですね」


「あ、いやその」


「布教が成功したってぬか喜びしていた私はさぞ愚かに見えたことでしょう。ただ優しさで情をかけてくれていただけなのに私一人舞い上がっていたわけですから。あれだけ熱心に教えたつもりのゼノ教の素晴らしさは一ミリも伝わっていなかったということですね」


「う……」


 彼女は唇を尖らせて拗ねたようにそう僕を責めたが、それは彼女の本意ではないようだった。


 彼女はきゅっと口をつぐんでため息をついた。それから頭を下げた。


「……ごめんなさい。興味もないのに付き合わせてしまって。迷惑だって思ってましたよね……。そりゃあこんなのより他の女の子と仲良くしたいに決まってます」


「最後のは関係ないと思うんですけど……」


「……。……とにかく、これからは一緒に祈っていただかなくても結構です。ありがとうございました」


 彼女は伏し目がちにそう言った。寂しそうに微笑んでいる。


 僕は言い訳は諦めて、ただ一つだけは訂正しようと思った。


「おっしゃる通り確かに僕は不信心な人間です。ゼノ様のことだって、余計な神託しやがってと思ってます。でもメルさんとのお祈りの時間だけは違うんです。楽しんでいた、と言ったら怒るのかもしれませんが、落ち着いた時間が好きだったんです」


「……慰めですか?」


「いえ、本当です!僕はお祈り自体は本当に嫌いじゃないんです。祈祷文だって、たくさん教えてもらいましたよね。……いやまぁ一つだけですが、覚えられたものもあるんですよ」


 僕がそう言うと彼女は少し期待した目をこちらに向けた。


「……本当に……?」


 僕は頷いて、これが証明になればと咳払いをしてから言葉を紡いだ。


「主よ。その御力によって支えてくださった今日一日に感謝いたします。私はこれから遥か遠い世界へ旅立って参ります。どうか、助けと励ましを与えてください。旅路が安らかなものとなるようお見守りください。私は、主が私たち罪びとのために、主の祝福に満ちた朝日を再びこの身に授けてくださることを信じます。私は安心と憩いに包まれ、眠りにつきます」


「わぁ……!」


「ど、どうですか?……確か、就寝前の子供のためのお祈りでしたよね?僕はこれだけは好きで覚えているんです。好きだから覚えられたんですよ」


 彼女は僕の拙い祈言を本当に嬉しそうに聞いた。彼女はみるみるうちに渋面を解いて顔をほころばせた。


「素晴らしいです!なぁんだ。本当に好きなんじゃないですかぁ」


「分かってくださいましたか。だからこれからもお祈りに誘ってください。こんな不敬虔な男で良ければですが」


「ええ!お祈りが好きなだけでも十分です。祈りの言葉は神の言葉ですから。……そっかぁ。迷惑じゃなかったんだ……。えへへ、安心しました」


 彼女がニコニコ笑顔で言ったので僕はホッとした。


 それから少し穏やかな時間が流れた。

 彼女は緊張が解けたように話し続ける。


「やっぱり私、一人でお祈りするのは寂しかったみたいです。さっきシオさんが祈祷文を唱えているのを見て気づきました。私はみんなで行うミサが大好きだったんです。やっぱり人が神に祈りをささげる姿は美しいです」


 僕もそれは理解できると思った。もともと僕が彼女のお祈りに付き合おうと思ったのは、彼女が一人で暗闇に使って毎晩祈りを捧げている姿に心動かされたからだ。


 彼女は感情豊かに若干の身振りを加えて言葉を続けた。


「なのでシオさんが付き合ってくださるなら心強いです。私は信仰を決して見失わないでしょう。それに……。えっと、……だから、これまでもこれからも見守ってくれてありがとうございます」


 彼女ははしゃいでいる自分にちょっと恥ずかしくなったのか、最後は少し声を小さく頭をぺこりと下げた。


 僕はこの、まだ少し子供っぽい、神を信じる少女の態度を好きだと思った。純粋さと上品さの両立している信者の尊さを初めて感じた。


 ゼノ教のことを少し見直しながら僕と彼女はそれぞれ床に就いた。外套にくるまって横になった。


 僕は恐れも少なく、穏やかな気持ちで眠った。

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