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幕間3 平和と暗雲

一週間ほど休載して書き溜めます。

 ソィスとシオが出会ってから10年が過ぎた。


 大ババは、大人になればソィスがシオに飽きるか、シオがソィスを恐れて離れていくものと思っていたがその予想は外れた。


 シオとソィスはますます仲を深め、お互い一番の親友同士だった。


 ソィスの振る舞いはすっかり人間らしくなり、彼女は村に馴染んだ。精霊として膨大な知識を有していても生きた経験は精霊1年、人間10年なのだから人間らしくなるのは当然と言えた。

 村八分は自然消滅し、ソィスが精霊であることすら知らない子供も増えてきた。


「ソィス!ちょうどよかった。これ大ババ様に届けてくれないか?」


「えぇ~、ボクが?」


 酒屋の主人に頼みごとをされソィスはイヤそうな顔をした。


 ソィスは見せかけの人間の姿をシオと同じ時間の流れで成長させ、今では村一番の美しい乙女へと変貌していた。

 一人称は容姿に似合わず「ボク」のままだったが、そのことをシオは「擬態が中途半端だ」と揶揄した。


「大ババ様とボクの仲が良くないの知ってるでしょ」


「頼むよ。今手が離せないんだ」


 彼女は大ババが嫌いなわけではないが、村八分にされた過去からずっとぎくしゃくした関係を続けていた。


 ソィスはため息をつきながら了承した。水の入った樽を両手で抱えて大ババの家のある方へ向かった。

 その道中で、べそをかいている子供とそれを慰めるシオに出くわした。


「よしよし、ほら元気出せよな?」


「ぐすっ……うん……」


 女の子は泣き止み始めている。ソィスは近づいて樽を脇にドッカと置き、様子を尋ねた。


「どうしたの?」


「ああソィス。大したことないんだ。ちょっとした兄妹喧嘩だってさ。でももうお兄ちゃんとちゃんと仲直りできるもんな?」


「……うん……」


 どうやら諍(いさか)いが解決した直後だったようだ。泣いていた女の子は手で涙をぬぐい、ぎゅっとシオに抱き着いた。シオは苦笑を浮かべながら優しく女の子を両腕で軽く包んだ。

 女の子はぐすぐすと鼻を鳴らしながらソィスの方をチラと見て言った。


「ソィスが羨ましいな。私もシオみたいな優しいお兄ちゃんが良かった」


 ソィスとシオはつい顔を見合わせた。


「僕とソィスは兄妹じゃないぞ?」


 女の子はきょとんとして「え、そうなの?」という顔をして腑に落ちないようだ。


「じゃあどうして一緒に住んでるの?」


「……」


 二人は答えに窮した。シオが拾ってきたんだと説明するのは色々ややこしかった。


 やがて女の子はポンと手を打ち納得したように笑顔になった。


「わかった!二人はケッコンしてるんだ!」


「いや、結婚はしてないよ!」


 シオが慌てたように否定したので女の子の頭上にはまたハテナが浮かんだ。その様子を見てソィスはクスリと笑った。


 ~~~~~~~~~~


 ソィスはまた大ババの家の方へ樽を抱えて歩き出し、シオはぶらぶらと一緒についていった。樽を持とうかと尋ねたがソィスが断ったのでシオは手持ち無沙汰のままソィスに付き添った。


 ソィスが女の子らしくなったように、シオは優しい青年に成長していた。ソィスの一人称がシオに移り、「オレ」から「僕」になっていた。優しいシオにその一人称はよく似合っているとソィスは思った。


 だがその変化に対してソィスは並々ならぬ複雑な感情を持っていた。存在のあやふやな精霊である自分がシオという一人の人間に刻み込んだ証だとほの暗い喜びを感じたり、逆に生物の生涯にむやみに干渉してしまったという罪悪感を抱いたりしていた。


 ソィスはポツリと呟いた。


「シオ……」


「ん?なに?」


「ボクたち結婚する?」


 シオは飲んでいた水が気管に入ってむせた。ソィスはシオが大げさなリアクションをしたので妙に嬉しくなった。


「……な、なぜ……?」


「だってボク、シオに関わりすぎたし責任取らなきゃなって……。シオって17歳にもなってまだ結婚してないし、ボクが人生ぶち壊しちゃったのかなって」


「単にモテないだけだようるさいな」


 シオは大きなお世話だ、と思った。

 しかしソィスは、だんだん責任を取った方がいいのかもしれないと真剣に考えだした。シオの一人称が変わったこと然り、確かに自分がシオの人生に影響を及ぼしていることは事実だ。


「でもボクがいなかったら色々違ったかもしれないわけだし」


「そりゃそうだ。ソィスに出会ったせいで「ソィスに出会わなかった人生」は潰れたよ。でも「出会った人生」が始まってるんだし。まあそういうもんでしょ」


 その明快な答えにソィスは呆気にとられた。ストン、と腑に落ちそこからひらひらと喜びが舞い上がってきた。


 大ババの家の前に着き、シオはそれじゃあなと手を振って立ち去ろうとした。


 するとソィスはシオのその手を掴み、グイッと引き寄せ頬にキスをした。


「え?はっ!?」


「ボク、シオと結婚してもいいよ」


「話聞いてた!?」


「うん」


 シオが目を見開いて困惑しているのが可笑しかった。シオの頬が少し赤くなっているのが愉快だ。

 ソィスは自分の唇をペロッと舐めた。


「どう?人間の愛情表現上手くなったでしょ?」


「お前が何を言いたいのか僕にはわからん……」


「……シオはボクに子供が出来ないことを気にしてる」


 図星だったのでシオはドキッとした。村で生まれたシオにとって結婚とは子供を産むためのものだ。精霊と人間では子供が出来ないと知ったシオはソィスと結婚するという選択肢を頭から省いていた。


 ソィスがまたシオの頬にちゅっちゅと啄むようなキスをしたので、彼は慌てて振り払った。


「でもボク、十分人間の真似事上手くなったよ。子作りだってフリでいいなら出来るし、だから子供がいなくていいなら結婚はできるって言いたかった」


「……」


「だってボクには子供が出来ないんだから、シオはさっさと他の誰かと結婚するもんだと思ってたのに全然しないんだもん」


 シオは顔を赤くしてうなった。

 確かにソィスと結婚しないなら、と自然と結婚について考えなくなっていた。


「お前なぁ……勝手なことばっかいうなよ……。僕別に結婚に興味ないから」


「そう?まあしたくなったら言ったらいいよ」


 シオは逃げるように家の前から離れていった。そんなシオの様子を眺めながらソィスは口元が緩み、頬が熱を持つのを感じた。


 ~~~~~~~~~~


 大ババは居間の炉を囲んで一人の客と対話していた。


 その男は「ゼノ教」という近頃バステノン王国で勢力をふるっている宗教の宣教師だった。ヤソバ村は古くから土着の神を信仰しておりこの男は招かれざる客、といったところだ。


「ですから、無理に信仰を変えろとは言いません。ただここに教会を建てて布教活動をすることをお許し願いたいのです」


「ならん。ヤソバのように小さな村はちょっとした不和で崩壊するのでな。その種まきの手伝いは出来ん」


「もちろん援助は……」


「くどいぞお主」


 議論は平行線だった。どうせこんな僻地、放っておいてもいいかと宣教師の男が考え始めたとき、居間に一人の娘が入ってきた。


「あ……大ババ様、水をお届けに……」


 大ババは「しまった!」と瞬間的に察した。大ババはソィスがよそ者と出会わないようにと普段から気を使っていたのだ。よりによって得体のしれないこの男に姿を見せてしまうとは。


 男は、ポカンと口を開けてソィスがそそくさと出ていくのを凝視していた。大ババは空気の質がひやりと変わるのを感じた。


 男は気を取り直し大ババに向き直った。


「い……今のは精霊では……?」


 大ババは内心大きく舌打ちした。


「精霊?なんじゃそれは」


「とぼけないでいただきたい!あれは確かに精霊だった!」


 男は途端に喜び勇んで今にも踊りだしそうだった。身振り大きく食い入るように大ババに詰め寄った。


「わたくしは司教として白魔法を学び、修道士として古い伝承を学んできました。おかげで一目で分かりましたよ!あの体を纏う魔力の流れ!あれは精霊に他ならない!」


 男はふう、と自分を落ち着かせるように一息ついて、しかし目は未だ爛々と輝かせたまま大ババに語り掛けた。


「呪術師殿、わたくしにあの精霊をお貸しください」


「……」


「お貸しくだされば教会から国に掛け合ってこの村が厚遇を賜ることも、例えば税を免除することなんかも検討できますぞ」


「……借りてどうするつもりじゃ」


 男は大ババが話に乗り気になったとにやりと笑った。村への利益をちらつかせればこの大した学のない老婆は簡単に言いくるめることが出来ると踏んだ。

 そして威厳ある声で言った。


「あの精霊から、神より授かった膨大な知識をご教授いただくだけです。そのために街まで連れていきたい」


 しかし大ババの返事は予想外だった。


「無理じゃな。あれは森の精霊じゃ。森を離れて生きていけると思っとるのか。……それとも、まさか死んでもいいと考えとるんじゃなかろうな」


 大ババが鋭く言い放ったその言葉に男は確かにうろたえた。

 大ババの目がギラリと光った。


「精霊は死ぬとき加護を残すという伝承があるな。もしやその加護を目当てに連れて行こうとしとるのかえ?」


 手玉にとれると思っていた相手に内心を見透かされ、男は動揺をあらわに立ち上がって大ババに怒鳴りちらした。


「やかましいぞ、貴様とて同じ穴の狢(むじな)だろう!精霊の力を利用したいなどと一介の村落の古だぬきには出過ぎた真似だということが分からんのか!」


 大ババは男の激昂に潮流が変わったのをすぐさま感じ取り、背の曲がり切ったその体躯に似合わぬ敏捷さで壁に駆け寄ると、立てかけてあった杖を手に取り宣教師にサッと突き付けた。


 男は咄嗟のことに反応できず突き付けられた杖に「ウッ」とうめいた。


 大ババは一言一言、空気を震わせるように言った。


「いいか、あの娘はな、わが村の大切な若者の嫁にすると決めているのじゃ。分かったら出ていけ!」


 どす黒い魔力が杖の先に高まっていくのを見て宣教師の男は慌てて家を飛び出した。


 大ババは男が村から出ていくのを確認し、どっと力を抜いた。


 眉間を指で揉みこむようにしてシオとソィスのこれからについて頭を悩ませた。


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