表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/55

落ち着かない旅路 後編

 昼頃、このペースでいけば夕方にはエルフ達の集落、ビカラの里に着くだろう。


 僕らは森の中、倒木に腰を下ろし小休止していた。こうしてたびたび休憩を挟むことは安全面で大切なことだ。勇者様は「小便」と言って奥の方へ行った。わざわざ宣言しなくてもいいのに……。


 僕は水筒の水を飲みながらさっきのやり取りを思い返した。


 ベアの鎧と僕のダル絡み事件は、終わってみれば良い結果に落ち着いたと言える。もともと僕が求めていたことは、ゼイゼイ苦しそうな仲間を誰かが手助けしてくれることであった。メルが荷物を持ってあげることになったのだから本懐は遂げられたのだ。


 つまりあの議論は決して僕の負けではない。決してな。


 ……しかし動揺して色々礼を失したことは否めない。


 僕は白い額の汗を拭いているベアのもとへ行きそっと謝った。するとベアは僕の方を見て眉根を寄せた。

 それは不快感から睨んでいるというよりは、複雑な葛藤に身もだえしているようだった。


 ベアは僕からスッと離れ、メルとティアに「迷惑かけてすまない」と苦しそうに謝った。


 僕はホッと息をついた。僕のせいで彼女たちまでぎくしゃくすることはない。いやもともとぎくしゃくはしているが。

 彼女たちはそれぞれ一応気まずさを解消したようだ。特にベアとメルは急接近し、お互い気を許し合ったようにも見える。


 僕の使命がティアの言うように「勇者パーティーのみんなを仲良くさせること」なのだとしたらこういうことでいいのだろうか。


 僕をダシにしてみんな仲良くなってくれ。


 ベアの僕を見る目だって、ちょっと柔らかくなったような気も……全くしないがまあ僕のことはいいよ。


 はぁ……とため息をついていると、頭上が遮られ影がかかった。顔を上げればティアが苦笑しながら手を後ろに組んでいる。


「あの……余計な口出ししてごめんね?」


 申し訳なさそうな彼女に僕は慌てた。


「え、いえそんな!僕のために怒ってくれて嬉しかったですから。それにもう和解もしたんですよね?」


 やっぱティアって最高だ。僕のことを気にかけてくれるのは彼女くらいのものだ。抱きしめさせてくれ。


 僕が密かに親愛の情を募らせていると彼女はもどかしそうに口を開いた。


「……それだってシオくんが最初に謝ったからでしょ?そもそもシオくんが謝ること私はないと思うよ」


 否定しようと思ったが、彼女の気遣いだ。ありがたく受け取っておこう。


「やっぱり私はベアちゃんの方が悪いと思う。変なプライドがあるんだよ騎士だから。……私にも謝りに来たけど、メルちゃんに謝るよりイヤそうだった。多分盗賊に頭を下げるのが騎士様としてはイヤだったんだ。やんなっちゃうよね、騎士の誇りってやつは」


 盗賊と騎士、水と油なのだろう。僕とベアほどではないが彼女たちにも確執があるようだ。

 というかもしかしてベアが僕のこと嫌っているのって、「たかが役立たずの村人風情が調子に乗って手を差し伸べるな」というプライドからなのだろうか。そんな気がしてきた。


 僕がそう当を得たような気がして考え込んでいると、ティアは苦笑交じりに言った。


「まぁ潔癖っていうならシオくんもだよね」


「え?」


「自分に1%でも非があると思ったら謝るでしょ。なんでもかんでも自分でやろうとするような、そんなところがある気もするし」


 僕は見透かされたようでぎくりとした。何もできないくせに一々くちばしを挟むのは僕の悪癖だ。


「自己犠牲もいいけど、ほどほどにしてくれないと私がやきもきしちゃうんだから。もっと迷惑かけてくれてもいいんだけどな」


 そうちょっぴり照れ臭そうに言って彼女は微笑んだ。


 そこでやっと気が付いた。彼女は僕を仲間だと認めてくれている。


 ……信頼してみようかな。


 結局パーティーメンバーを頼らないのは僕だって同じなのだと気付かされた。「勇者パーティーのみんなを仲良くさせる」に僕だって含まれていいのだ。


 そう思うと僕はググっと嬉しくなった。飛び上がりたくなるような衝動さえした。


「……ティアさん、握手しましょう」


「へぇ!?そ、そんな流れだった!?」


「本当はハグしたいくらいの気持ちなのですが、我慢して握手です」


「わ、わぁ~……」


 なんだかよく分からない反応をして、おずおずと彼女が差し出した手を僕はぎゅっと握った。その勢いに彼女はビクッとしたようだ。

 柔らかい手のひらに何故か僕はますます興奮した。


「僕の熱い気持ちが伝わりましたか?」


「えっ!?わ、分からないよそんなの!」


「じゃあ伝わるまで握手です!」


 ぎゅっぎゅと僕はますます力を込めた。


 伝われ!僕の熱い友情!あともろもろのパトス!


 ティアは体を縮こまらせて顔を赤くしていた。やった!僕の情熱が伝わったのか?僕は喜びでぐるぐると脳みそが回転するような感覚を覚えた。今なら空も飛べそうな気がする。


「助けて~」とティアが小さく言い、ずんずんと誰かが近づいてくる。僕は高笑いが出そうだ。


 グイッと、何者かによって強引に手が引きはがされた。僕はムッとした。

 僕らの交感を邪魔する不届き者は誰だ!


 目の前でメルが恐ろしい顔をして僕を睨んでいた。ティアが手のひらを抑えてメルの後ろから僕を見つめている。

 しかし僕は怯まなかった。


「メルさん!」


「なんですか?言い訳があるなら聞きますけど」


 言い訳ってなんだ?


「ベアさんの荷物を持ってくれて感謝します!!僕はあなたを信頼していたんです!!」


 そう言って勢い余って彼女の肩を掴んだ。

 彼女は「わっ!」と驚いて「近いです!こ、こらっ!」と杖を持った手で僕を押しのけようとした。


「し、シオさんがおかしくなりました~!」


 僕は勇者パーティーの一員となって以来、初めて大きくストレスを発散した。


 ~~~~~~~~~~


 僕は頭を冷やし、大いに反省しながら森を進んだ。


 今回の道のりはどうも落ち着かない。ベアにダル絡みしてしまったり、感極まってメルとティアを振り回してしまったり。


 僕は気を紛らわせようと誰かに話しかけようとしたが、メルもティアも僕から距離を取っていて、話しかけられるとしたらアリスしかいなかった。


「アリスさん。そろそろ到着しますね」


 目的地のビカラの里はエルフの住む土地、アリスの故郷だ。少しは嬉しそうな彼女が見られるかなと思ったが全くの無表情だった。青い木陰がかかって、死人のような血の気のない顔に見えた。


 彼女は僕の声が聞こえていないかのように何も返事しなかった。


 僕はイヤな胸騒ぎがした。そうだ、胸騒ぎだ。妙に落ち着かないのだ。気づかないうちに船底から浸水しているかのような、火の不始末がどんどん勢いを増しているかのような。


 僕は喉が渇いてきた。ざわざわと木々の風に揺れる音が不吉に聞こえた。


 そして森の合間、開けた場所に出たとき、その胸騒ぎの正体が明らかになって僕の眼前に現れた。


「え……」


 ビカラの里は見る影もなく破壊されていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ