路地裏のエルフ
ティアが僕の腕に腕を絡めてきて、本格的にデートみたいになってきた。
密着した体にティアの体重が感じられ、頼りにされているようでドキッとする。目が合うとじゃれつくみたいに笑ってきて、ついつい顔が赤くなった。
……なんか、雰囲気が甘くなった気がする……。
思わず財布の紐が緩くなってしまいそうで、ティアと一緒に呑みたがる男たちの気持ちが分かった。
「ティアさん、何か買ったらどうです?」
「ううん、私今は自分のものは要らないの。それよりシオくん、荷物持ってあげるよ」
「え、悪いですよそんな」
「いいからいいから、私の方が力が強いでしょ」
スルッと僕から腕を解き、買い物袋を取り上げられた。非力な僕より確かにティアの方が沢山荷物を抱えられるだろうが、その事実はともかくカッコつけたかった。
持ち物とティアの体重がなくなり、急に頼りなく情けない姿になったような気分だ。
買い物袋を両手に抱えてティアは嬉しそうに笑った。
「私、全身盗品だらけだからさ、たまには真っ当な買い物してみたかったんだ」
「買い物、すればいいじゃないですか」
「盗賊の矜持がな~」
そんなもん捨てちまえ、と睨むと「冗談冗談」と手を振ってごまかした。
「自分のものを持つことに抵抗があって……。でもこれからはシオくんの荷物を私の荷物にしたいな」
彼女の言いたいことは上手く掴めなかったが、なんとなく彼女の心の深部に触れさせてもらえた気がして嬉しくなった。
僕たち勇者パーティーはもっと腹を割って話す必要があるのかもしれない。僕は自分が役立たずだと悩むあまり、才能のあるみんなは悩みなんかないと決めつけていた。でももっと歩み寄れば全然違う一面が現れるのかな。
少なくとも、僕とティアは仲良くなれた。僕らは今日からニコイチだ!
~~~~~~~~~~
ティアとはぐれた。何もニコイチじゃなかった。
日が暮れてきたのでもう拠点にしている宿屋に帰ってしまったのかもしれない。でももし僕を探し回っていたらと思うと帰りづらかった。
そんな風にとぼとぼ歩いていると、路地裏の方に不穏な雰囲気を感じた。そ~っと覗き込むと黒髪の少女が男たちに絡まれていた。
あれ……アリスじゃないか?
路地のジメジメした壁とニヤニヤした男たちに挟まれ、下を向いたまま動かない。いつも被っている魔法使いの帽子が地面に落ちている。
「おいお前エルフだよな?何魔物が普通に歩いてんだよ」
「黒髪で角まで生えてるとか、どんだけ血混ざってんだよ。淫乱種族は奴隷の首輪しなきゃダメだろ?」
僕にはよくわからないことを言う男たちは、アリスの黒髪を無造作に掴んでゲラゲラ笑った。その声は残虐な響きを含んでいる。
対するアリスの目は虚ろで、相変わらず何も考えていないように見える。
でもこの状況でそんなぼーっとしていていいのか。
僕はアリスが心配でとうとう割って入った。
「おい!なにやってんだ!」
「あ?」
「刑吏さんこっちです!なんか女の子が絡まれてるみたいで」
「お、おい!ちょ、めんどくせぇ逃げるぞ!」
咄嗟のハッタリが上手く効いたみたいでほっと息をついた。
僕はアリスのもとに駆け寄った。
「大丈夫ですか?」
まぁ、アリスは強力な魔法使いだから僕が助けるまでもなかったと思うけど……。
ゆっくりと顔を上げたアリスは、僕の方を例の無感情な瞳で見つめた。あれ、顔が何だか青白いような……。
するとアリスはふらふら~っと地面に座り込んだ。
「えっ!し、しっかりしてください!」
前のめりに倒れそうになったアリスの小柄な体を慌てて抱きかかえると、彼女が小刻みに震えていることが分かった。
「……シオ?」
「はい、シオです。落ち着いて深呼吸してください」
彼女は言われるがままにすーすーと深呼吸をした。ちょっとずつ体の震えが収まってきたようだ。
彼女は僕にもたれかかったまま、何かに気が付いたように言う。
「あったかい……今、朝……?」
えぇ……。本当に大丈夫かこの人は……。
「夕方ですけど……」
「……そっか、あったかいのはシオか……」
彼女はそう呟いて鼻をこすりつけてまた深く息を吸った。
「シオは太陽の匂いがする……」
僕はどうすればいいのか困ってしまって、彼女が落ち着くのを待った。
~~~~~~~~~~
「何があったんですか?」
「歩いてたら急に路地裏に引っ張られて、怒鳴られて、あんま覚えてない」
落ち着いたようだったので話を聞いてみたが、被害者がぼんやりしすぎていてあまり意味がなかった。
僕は呆れる。
「しっかりしてくださいよ……。今いくつなんですかアリスさん……」
エルフだし見た目通りの子供じゃないんでしょ、と年長者にしっかりするよう求めたが彼女は言った。
「12」
「ぶっ!じゅ、12?エルフって見た目より若いんじゃ……」
彼女は噴き出した僕を不思議そうに眺める。
「エルフは16までは人間と同じように成長する。そのあと急に代謝が落ちる……常識……」
「……常識がなくて悪かったですねぇ……。田舎生まれは浅学なんですよ」
まるで常識がない人に常識がないと言われて僕は不満になって言い返した。
そんな僕の様子を見てアリスは何かに納得したように頷いた。
「そっか……。シオは何も知らないから……」
「……何も知らないからなんですか」
「……何でもない。……エルフの大人は代謝が低いからみんな体が冷たいの……。シオはあったかいって、それが言いたかった……」
「褒められてるのか貶されてるのかすらわかんないなぁ……」
僕は毒気が抜かれて笑いながらそう言った。彼女はにこりともしないで僕の肩に寄りかかっていた。
~~~~~~~~~~
薄暗い路地から抜け出し、黄昏時の広場まで出てきた。橙色の夕日が白い石造りの塔に反射して眩しく感じられた。
なぜか、アリスと手をつないでいた。彼女があまりにもたもたしていたので手を引いて歩くのは効率が良かった。
「あ、いたいた!もー、探したよーって……アリスちゃん?」
そう言って手を振りながらティアが駆け寄ってきた。本当に探してくれていたみたいで、先に帰らなくて良かった。
彼女は僕と一緒のアリスを見て納得がいかないように首を傾げた。
「……」
アリスがまるで自分とは無関係なことであるかのように何も言わないので僕が代わりに返事した。
「アリスさんですね」
「なんで一緒に……ていうか、手繋いでるの?」
「これは……成り行き?」
どうなんだと確認するようにアリスの顔を覗きながら返事したが彼女は何も聞いていなかったようだ。
僕の指を一本一本確かめるようにニギニギしてきてこそばゆい。
ティアはそんなアリスの様子を見て
「ふーん……まあ、なるほど?」
と何か納得したようだ。
気まずく思う必要などないのだが、どことなく落ち着かない気持ちになった。
そのまま三人で帰り道を歩いた。最初ティアはいつものように軽やかな足取りだったが、アリスがもたもた歩くので、それに合わせてゆっくり歩くようにしていた。
ティアが思いついたように言った。
「私、シオくんの役目分かったかも」
「え?」
「ほら、勇者パーティーでの自分の役目が分からないって前言ってたでしょ?」
彼女はくるっと体を半回転させて振り返った。逆光が彼女を印象的に映した。
「勇者パーティーのみんなを仲良くさせるためじゃない?」
彼女はそう言って微笑んでアリスを見た。僕も釣られてアリスに目を向けた。
アリスは急に僕ら二人に視線を向けられ不思議そうにしている。
……そんなこと……僕にできるだろうか……?
そう思いながら僕は、指に感じるアリスの手のひらの感触をじっと確かめていた。




