マザーハウス
辿り着いた場所は、登山道から大幅にそれた山の中。
茂った木々に抱き抱えられるようにして、小さな小屋が一つ、ぽつんと建っていた。
丸太を組み合わせて作った、所謂ログハウスだ。高床式で地面から少し高い場所にあり、十段ほどの階段を登った先にある玄関前は狭いウッドデッキになっている。
外から見るに、一階建てで一部屋、多くても二部屋しかないだろうという大きさだった。一つある窓にはカーテンがかけられ、中の様子を覗き見る事は出来なかった。
ベル・ウェスタリオのフィールドには、時たまこのような小屋が建っている事がある。中に入れる場合もあるが、多くはドアを開くこともできない、見せかけの小屋だった。
試しにドアノブに手をかけてみたが、回す事は出来なかった。これではプレイヤーがこの小屋を見つけても、単なるモチーフの一つだとスルーする事だろう。
ドアノブの下に小さな穴が空いていた。
鍵穴だと、すぐに分かった。
「最初はシャモアからだ」
背後から声をかけられ、ノブに伸ばしていた手を慌てて引っ込めた。振り仰ぐと、ノアが鍵を片手に立っていた。
手渡すと、シャモアは迷子のような怯えた目で、仲間達を見回した。
ノアが手を伸ばし、高い位置にあるシャモアのくすんだ灰色の髪をわしゃわしゃと乱暴に混ぜた。
「行ってこい。生まれ直して来い」
ノアはシャモアの背中を、音がするくらいに豪快に叩いてドアの方へと押し出した。
シャモアは不安げに、何度かこちらを振り返っていたが、やがて意を決したように、鍵を開けて中へと消えていった。
パタン、とドアの閉まる音がして、私はやっと口を開いた。
「中はどうなってるの?」
「自分で確かめてこいよ。次はアオだからな。……少し休むぞ。しばらく待つ事になる」
ノアは玄関から少し離れた場所に移動すると、ウッドデッキに片膝を立てて座り込んだ。私も後を追う。
そこでは既にリディスとブランが寛いでいた。
モスは興味津々という感じで、ログハウスの壁を触ってみたり、窓から中が見えないか、背筋を伸ばして試したりしていた。
「思ってた聖域と違ったね」
私はモスの隣に腰を下ろして、微笑みかけた。
「で、ござるな。泉や洞窟のような、幻想的な自然物を想像していたでござるよ」
「思いっきり人工物だったよね」
ログハウスを見上げて苦笑する。
「いやこの世界は全部人工物だからな」
と、ブランが釘を刺した。
それを言っちゃおしまいだよ、という内容だった。
長くかかるというので、私は待ち時間のお供にハニークッキーを焼いた。
「私も人工物にしても遺跡とか捨てられた神殿とか。そんな強制的に厳粛な気持ちを引き出されるような場所を想像してた」
「うふふ。普通のボロ小屋でビックリしたでしょ。鍵は確かに存在感があって、特別な物だって気がするけど、マザーハウスはねぇ」
おっしゃる通り、至って普通のログハウスだ。全然特別感がない。
「マザーハウスって呼んでるの?」
「そうよ。初代はよくこんなボロ家が特別だと気付いたものよね。私だったら素通りしちゃうわ」
「好奇心旺盛な人だったんだろうね。何のモンスターだったんだろう」
「ウサギだったと伝えられてるわね」
初代という事は、誓いの言葉を作った人だ。私の大好きなあの言葉。もちろん会ったこともない人だけど、私は初代が既に好きだ。尊敬してやまない。
しかも同じウサギだったなんて、光栄すぎる。
「えへへ。私ウサギで良かった」
「まあ、縁起は良いな」
話している短い時間でノアがハニークッキーを完食してしまった。バターで汚れた指を舐め、暇そうに首を回した。
穏やかな時間が流れた。
ウッドデッキに寝転んだり、近場で木材を採取したり、そんなゆったりした時間を過ごしてシャモアを待った。
小一時間ほど経ってようやく、マザーハウスのドアが内側から押し開けられた。
出てきたシャモアは、頬が上気していた。困惑と興奮を混ぜたような顔だ。ここ数日の覇気のなさとは大違いだった。
鍵をかけ、正面へ振り返った途端、シャモアの顔が驚愕に染まった。正面の森を食い入るように眼を見張って見つめている。
そこに何かあるのだろうかと、目をやってみたけれど、普通の森が広がるばかりだ。
シャモアは黄金の洞窟に迷い込んだような、キラキラした目を周囲に向けている。最早恍惚とした表情だ。
鍵を受け取る為に近づいて、はっとした。
シャモアの頬に一筋の涙が流れていた。
一体中で何があったのだろう。
ここまで心乱れているシャモアを見た事がない。
次は私がと思うと、ドキドキしてきた。
声をかけれずに躊躇っていると、ノアがシャモアの手から鍵を抜き取ってくれた。
「今は放っておけ。それより次はアオだ」
「……なんか、入るの怖くなった」
「怖い事なんて何もない。後がつかえてるんだから、さっさと行ってこい」
「……前から思ってたけど、ノアって私に対する扱い雑じゃない?」
「気のせいだ」
と言いながらも、首根っこを持たれてドア前まで運ばれた。絶対雑だと思う。
小さくため息をつくと、私は覚悟を決めて鍵を使った。
ノブに手をかける。
ひんやりと冷たい金属の感触がした。
私は大きく息を吸うと、
「んじゃ、行ってくる」
一言いい残し、意を決してドアを開けた。
次は月曜日に更新します。




