桃奈
次は月曜日に更新します、とお伝えしていましたが
もう一話投稿します。
マザーハウスは一部屋だけだった。
玄関もキッチンも何もない。外観から想像した通りの大きさの、ログハウスらしい四角いただの部屋だった。
不思議なことに、生活感がなくはない。
部屋の真ん中にはデスクがおいてあり、その上に四角い板状のものが立っている。
壁沿いの棚の上には、いくつもの写真立てが並んでいる。
写っているのはどれも同じ人物だった。
黒髪の女の子が二人。二人とも同じ顔をしていた。
赤ちゃんの二人。積み木で遊ぶ幼女二人。花を摘む少女達。写真は二人の成長の記録だった。二人ともとても幸せそうに笑っている。互いにとって、どれだけ相手がかけがえのない存在なのかが、伝わってくる写真だった。
途中から、片方の髪の色が金色に変わった。おかげで見分けがつくようになる。
少女達は美しく成長し、写真の後半はお揃いの紺色のブレザーを着ていた。十三、四歳くらいだろうか。
最後の写真だけ、他と違っていた。
被写体が一人だけだったのだ。
金髪の少女が一人、白衣を着てまっすぐにカメラを見据えていた。意志の強そうな瞳。薄く桃色の唇は引き締まり、薄暗い部屋の中で、窓からの陽光を背に立っていた。
悲しみ、怒り、抵抗、憤り、そんな様々な感情を全て意志の力で抑え込んだような強さと、ガラス細工のような儚さを感じた。
笑顔溢れる他の写真の中で、この一枚だけが異質だった。少女は十八、九歳ほどに成長していた。
もう一人はどうしたのだろうか。
どうしてこんなに、辛そうな顔をしているのだろうか。
私は壁から離れて、デスクに近づいた。
デスクの上に立つ、板状のものに指を這わせた。
厚みは三センチほどで、長辺が横の長方形をしている。黒光りしているが、素材は何なのか分からない。この板は何処となく、ステータス画面に似ている気がした。
デスクの上には、その板とは別に、数字や文字が刻印されたボタンが所狭しと並べられた、奇妙な機械も置いてある。
こんなに何もない部屋に、ボタンが。いかにも押してくださいと言わんばかりだ。
私は沢山のボタンの中から、無作為に右上の丸いのボタンを押した。
その瞬間
ブッ
という音がして、板状の物が光り出した。
板状の物はスクリーンで、そこに映像が流れ出す。
様々な映像が映っては、すぐに次の映像に切り替わっていく。
海の中。沢山の珊瑚と鮮やかな魚達。
砂漠の中の三角の建造物。
大勢の兵士が戦う姿。
草原を走る動物達。
海の中に建つお城。
塔のような高さの建物が林立する街。
一つのボールを蹴り合う人々。それに熱狂する群衆。
空を飛ぶ鉄の鳥。
「これ……神の国だ」
明らかにベル・ウェスタリオとは違う世界観。文明も遥かに成熟している。それなのに服装はやけに簡素だ。年老いた人が多い。それもベル・ウェスタリオとは大きく違う点だった。
流れては切り替わる多種多様な映像を、私は食い入るように見つめた。
夜なのに街中が光り輝いている。
ベル・ウェスタリオの街も夜でも明るい。だけどその灯りは明るいオレンジ色だ。対して神の国は、光が色を持っていた。赤や緑、紫に青。目がチカチカするほどの色に溢れて、神の国の街はカラフルで、パワフルだった。
段々と、画面の切り替わる速度が速くなってきた。
目で追えないほどの速度で画面が点滅するように切り替わる。そして飽和点に達したかのように、画面全体が真っ白に強く発光した。
部屋全体を白く染め上げるほどの膨大な光に、思わず目を細める。
次の瞬間、画面から飛び出したかのように、空中に沢山のスクリーンが現れた。
部屋中を埋め尽くすほどの数の半透明のスクリーンが、神の国の映像を流していく。
そして、スクリーンが現れたと同時に、私の中に沢山の情報が流れ込んできた。宙に浮かぶ幾十のスクリーン全てが、私に向かって雪崩れ込んでくる。
「うわっ!」
火の爆ぜる音。バースデーケーキ。温泉。流れる音楽にクラクションの音。多種多様な情報が無遠慮に脳に叩きつけられる。
頭の中をかき回されているような感覚。情報の激流に押し流されてしまいそうになる。流し飛ばされそうになる意識を、私は頭を抱えて必死で掴む。
頭が割れそうに軋む。
「もう……無理っ!」
限界だ、そう思った時、ふっと負荷が消えた。
「え? ……終わった?」
頭に当てていた手を離し、そっと固く詰まっていた目を開けた。
スクリーンの群れは消え、部屋は入ってきた時の、静かな部屋に戻っていた。デスク上の板状のスクリーンも、元の黒いだけの板に戻り沈黙していた。
どうやらこれで終わったみたいだ。
凄まじかったけれど、何が何だかよく分からない。これで野良返りを防ぐ事ができるなんて、不思議だ。
「……すごい洗礼だったな。暴力的だ」
私はマザーハウスを出る為に、踵を返した。
振り向いた私の目の前に
「うおっ?!」
一人の少女が立っていた。
見覚えがある。
白衣に揺蕩う金の髪。無機質と思うほどに整った顔立ち。
写真に写っていた少女だ。
いや、違う。見覚えではない。
私はこの人を知っている。
意識するでもなく、私の口から呟きが溢れでた。
「……桃奈」
葉山桃奈。それがこの少女の名前だ。
次は月曜日です。




