守護者
シャモアの様子が本格的におかしい。
もともと口数の少ない方だったが、ここ数日一度も自分から口を開いていない。始終ぼーっとして、焦点の定まらない目を前方に向けている。
私は丸い石を探してみたり、美味しいご飯を作ってみたりと、シャモアの気を引こうと奮闘してみたが、「ありがと」とか「うん」とか、短い言葉が無表情とともに返されるだけだった。
常に心ここに在らずという感じの瞳は、何故か壊れかけのフェルディナンド達を連想させた。
「限界だな」
そんなある日の夜、ノアがシャモアを見据えながら溜息をついた。
「明日の朝、出発する」
と、断定的に予定を決めた。
「そうね。こうなったら急いだ方がいいわ」とリディス。
「これってやっぱ、アレなんか?」とブランが訊いた。
「間違いない。シャモアがこの状態って事は、アオとモスももうじきだ」
どうやら古参の三人は、シャモアの変異の原因に思い当たるものがあるようだった。そして治す方法にも。
シャモアの次は私とモスという事は、目覚めた時期に関係する事なんだろうと当たりをつける。
「病気なの?」
「いや、……野良返りだ」
ひどく不吉な響きの言葉だった。
野良返り。野良に返る。
目覚めた自我が、消える?
反射的にシャモアを見た。ぼんやりと座り込む姿には、自我の存在が希薄に感じた。
「……野良に戻るの?」
「そうだ。目覚めし者はある程度の時間が経過すると、自我が薄れ、最終的には野良に戻る。よく分からんが、システムの修正力が働くんだろう」
「そんな……」
戦闘不能になりさえしなければ、消滅はないと信じてきた。だから必死に強くなろうと精進してきた。それがまさか、時限付きの生だったなんて。
目の前が真っ暗になる気がした。
「いや、大丈夫だからね。何もしなかったら、そうなるって話だから。もしそうなら、私やノアがいるわけないでしょ? ノア、もう少し発言に気をつけてちょうだい。可哀想に、震えてるじゃないの」
言われて初めて、自分が震えていた事に気がついた。
リディスの小さな手が、私の鼻を撫でてくれた。
「野良返りを回避する方法がちゃんとあるのよ。何にも心配いらないからね」
「そうなんだ?」
「そうよ。ある場所にね、行くだけで良いの。目覚めし者の聖域ね。私達は聖域を守っているの」
今まで何度か耳にした『守護者』という単語が、自然と脳裏に浮かんできた。
「あの鍵が、聖域の入り口の鍵?」
「そうよ。鍵を持つ者が守護者。今はノアね」
ノアは首元から鎖を引っ張って鍵を取り出すと、指の腹でそっと撫でた。
「俺たちの歴史は、初代が鍵を見つけたところから始まる。それ以前にも目覚めた者はいたのだろうが、聖域に辿り着けたのは鍵を持つ初代が初めてだろう」
では、もし私が鍵を持つノア達と出会えていなければ、どんなに頑張って生き残ったとしても、その内自我は消滅していたということか。
そうやって消えていった者は、きっと想像以上に多いのだろう。
最初に出会った時「俺たちに会えてラッキーだ」と言われた言葉が重たさを増した。本当に私は砂つぶのような小さな奇跡を手に入れて、今ここにいるのだ。
「あんなに危険な中、ノアがフェルディナンド達を即断で助けようとした理由が分かった」
「ああ。守護者は目覚めし者を見捨てない。掟に同意できず、仲間になる事を拒んだ者も、三ヶ月後にもう一度会う約束を交わす事にしている。聖域に連れて行く為だ。聖域は俺たちが独占して良いものじゃないからな。まあ、三ヶ月後に約束の場所に来た者はいないが」
目覚めた直後に、ソロで生き抜く事は現実的ではないからだろう。出来る事は、せいぜい何処かに隠れ、バトルを避けて生き延びるくらいだ。
「ブランは、行ったことがあるの?」
「あるぞー。目覚めてすぐだな。俺が仲間になった時、今のシャモアみたいな状態の奴がいてなー。俺のレベル上がるの待ってる時間なかったからさ。ノアの小脇に抱えられて、ダッシュで連れてかれた。だから俺、シーハオ草原は前回は通り過ぎただけなんさ」
次の日の昼前に、私達は聖域に向けて出発した。
聖域のある場所はシーハオ草原に隣接するリュージイ山。
リュージイ山は南北に分かれていて、北に行けばドワーフの街があり、南に進めば雷山脈に至る。
南北の分岐を境に、北側は山肌の露出する寒々しい道になっており、南側は木々の生い茂る樹海のような景色が広がっていた。
聖域は南側に位置する。分岐点を南に進んだ途端、敵のレベルが上がった。リュージイ山は北より南側の方がモンスターレベルが高く、32から35もあった。雑魚が格上のフィールドは、ツティーシニー平原以来の事だ。
余計な戦闘は避けて、絶対時間を駆使して最速で聖域を目指した。




