オーブンが欲しい!
貿易都市マカダを超えた西側部分。ここはシーハオ草原の中で一番モンスターレベルの高いエリアだ。湧くモンスターは25から28。採取ポイントは、鉱石と木材、それに麻。食材は葉物の畑があって、ほうれん草とレタス、青梗菜なんかがとれる。
ちなみに東側には根野菜の畑があった。
これだけ食材が充実して来ると、作りたい物が増えてきて困る。
「おーぶん? なんだそれ」
ブランが、鉄鉱石を掘る手を止めてゴーグルをずらした。
ツナギを着てゴーグルを付けたモグラがツルハシを肩に担いでいる。非の打ち所がない出立ちだ。
たぶんブランはこのスタイルが気に入りすぎて、いつまでもモグラのままでいるんだろう。
「料理器具なんだ。オーブンがあると作れる料理が増えるんだ」
今私は、どうしても作りたい料理があった。
グラタンだ。
だってチーズとバターが手に入ったのだから。
「作ってやりたいけど、聞いたこともないなー。レシピが分からないと無理だぞー」
「やっぱりそっかぁ。食べたいなぁグラタン。折角材料が揃ったのに……」
「美味いんだよな」
「もちろん」
とろとろに溶けたチーズ、焦げ目のついたパン粉、ホワイトソースに沈むパスタ達。想像しただけで涎が出そう。
私の熱量が移ったのか、ブランもオーブンに前向きになってきた。
「せめて現物が見れればな。今度シュウに聞いてみるか」
「俺が何だって?」
降ってきた声の主は、今日は大剣装備のシュウだった。
「良いタイミング! シュウってタイミングの神様?!」
「いや、寧ろ空気読めない奴って言われるぞ?」
シュウが来た事で、みんな採取の手を止めて集まってきた。
「久しぶりだな」
「ああ。新しくダンジョンが出現したからな。攻略に入ってた」
「ここに来たって事は、終わったのか?」
ノアが幾分そわそわしながら問いかけた。あの顔はたぶん、新ダンジョンという単語に漢心がくすぐられているんだと思う。
「まあな。また一番を逃したけどな。しかも報酬が大楯だったから、良いところなしだ」
「その大楯はどうしたの?」
「パーティにタンクやってる奴がいたから、そいつが取ったよ」
シュウもパーティを組むというのが、少し意外な気がした。なんとなく、常にソロなイメージがあったからだ。
「一人で新ダンジョン攻略は無理だって。知り合いに四人でギルドやってる奴がいるから、こんな時は声をかけあうんだ」
どんな編成のパーティにも合わせられる様に、前衛、後衛、ヒーラーと使い勝手の良い職を上げているのだと教えてくれた。本当ならタンクも覚えるべきなのだが、どうにも性に合わないらしい。
「早く強くなれよ。ノア達がいればパーティーメンバーを探す手間が省けて助かる」
シュウがノアの背中を音をさせて叩いた。ノアは不貞腐れているのに嬉しそうという、難しい表情で「分かってるさ」と呟いた。
私達の中では圧倒的なリーダーのノアがシュウといると少年のように感じで、ニマニマしてしまう。
「攻略終わったんなら、暫くは暇なのか?」
「いや、マッピング専門のギルドから護衛を頼まれたから、しばらくはダンジョンに籠る事になる」
新ダンジョンが出来ると、マップを作って販売するギルドがあるらしい。色んなゲームの楽しみ方があるんだなと感心する。シュウの話はどれも、神の国の人々を身近に感じられて新鮮だ。
「護衛を頼まれるって、もしかしなくてもシュウって有名なプレイヤーなのかしら?」
「新ダンジョンの攻略も早いしなー」
「いやいや……普通だよ」
シュウで普通なら、上位のプレイヤーはどれだけ凄いんだろう。絶対に会いたくない。
「俺達は正確なプレイヤーの強さが知りたいんだ。謙遜は邪魔だ」
ノアが膝でシュウの脇を叩いた。
顔を顰めたシュウは、ガシガシ乱暴に頭をかいた。
「いや、本当に普通だぞ。トップランカーを十人挙げろと言われて、俺の名前を出す奴はいない」
「二十人なら?」
「……それなら挙げる物好きもいるかもな」
「やっぱり! 凄い人じゃん!」
すげーすげーと、私とブランが小躍りする。大騒ぎする私達を、シュウは居心地悪そうに睨みつけた。
「そういや、俺に用事があったんじゃなかったのか」
「そうだった!」
「シュウ、おーぶんって持ってるかー?」
「持ってない」
「がーん」
頼みの綱だったのに!
でもオーブンなんてクラフターで調理師を選択していない人が持っている訳もない。
じゃあどうしよう。
街に潜り込んで触って来るしかないが、都合よくオーブンを使っている人に会えるだろうか。
「シェーカーは店売りしてたんだけどなぁ」
「あー、オーブンは売ってないな。欲しいのか?」
「うん。レシピだけでも入手したい」
「確か触れればレシピが分かるんだよな」
頷くと、シュウは、なんだよその変な能力、と呟きながら少し考え込んだ。そして誰かにメッセージを送り出した。
「よし。持ってる奴から借りて来るから待ってろ」
「おお! やっぱりシュウは神だね!」
「言ってろよ」
照れた不機嫌顔で、あっという間に転移で消えた。
――――――――――
シュウが去った辺りの地面に、光る物を見つけた。
穴の空いた大粒の真珠。前にシャモアに貰ったビーズにそっくりだ。
「シャモア、これあげる」
絶対に喜ぶだろうと思って差し出した真珠だったが、何故かシャモアはほーっとしたままだった。
「シャモア? 拾ったんだけど、いらない?」
もう一度声をかけると、シャモアは白昼夢から覚めた様に一瞬ハッとしてから、無表情に受け取った。
「貰う」
とぼとぼと歩き去っていく背中に覇気がない。
「どうした?」
「あ、ブラン。なんかシャモアがおかしいんだ」
「……さっきも、バトル中に動いてなかった」
「そうなの?」
それは本格的におかしい。
「悩みでもあるのかな」
「わっかんねぇ。後でノアにも言っとくさー」
シャモアもブランの様に、フェルディナンド達の事で悩んでいるのかもしれない。でもクエスト終了後は、レベルが上がったとふんぞり返っていただけに、この態度の急変は気にかかる。




