おひかえなすって
「大変お見苦しいところをお見せしました。小生はしがないゲコゲターでござる。以後お見知り置きを」
泣き止んだカエルは、正座で両手をつき、深く頭を下げてそう言った。なんというか、言葉遣いも立ち振る舞いも、武士っぽい? 第一声の「ケロ」からは、かなりのギャップだ。
「私はアオ、暴れウサギです。ここヤーミカッタの森の一つ手前の平原から来ました」
「道理で。見かけない方々だと思ったでござる。それでは皆さんは旅をなさってるんですかい?」
「ええっとね」
チラリとノアを見る。説明を丸投げしてもいいですか?
ノアは無言で頷くと、カエルにむかって凄んだ。
「お前は一人なのか?」
「は、はい。一人でござる」
「ずっとか」
「気がついたら、一人でこの森にいたのでござる。かれこれ二十日ほどでござろうか」
なんの知識もない中、二十日も一人で生き抜いてきたのか。単純にすごい。
「ここは何処なのが。自分は何者か。俺たちは何者なのか」
「全て分かりませぬ」
「説明してもいいか?」
「是非」
ノアは私にしたのと同じ説明をした。ここがゲームの中の世界だという事。目覚めし者の事。そして掟の事。
私が聞かされた内容と、ただ一つ違う箇所があった。新しく掟が変わった部分だ。
「ブラン殿とアオ殿を命がけで守る、でござるか」
「そうだ」
カエルは考え込んでしまった。
そりゃそうだろう。いきなり知らない相手を命がけで守れなんて言われて、はいそうですかと言えるはずもない。
私だって、最初からブランよりも軽い命だと言われていたら、すんなり仲間になれたか分からない。
これは仲間を増やすには、不向きな掟じゃないかな、とモヤモヤしていると、カエルが顔を上げた。
「一つ聞いても良いでござろうか」
「何だ?」
「ブラン殿とアオ殿、どちらか一方しか助けられない場合は、どちらを優先すれば良いのでござろうか」
あっさり受け入れてた!
「俺はアオだと思うが、お前の好きな方を選べば良い」
「承知したでござる」
いや、承知までの距離短すぎない?!
「そんなに簡単に決めていいの?」
「? それが掟でござろう。小生は今まで一人で戦ってきたでござる。戦闘離脱の重要度は、骨身に染みているでござるよ。他に変えがたい素晴らしきスキルと思いまする」
聞けばカエルは既にレベル14なのだそうだ。この森のモンスターレベルは8から13。つまり一人でバトルを繰り返して、自力でレベルを上げたという事になる。
よく今まで生き残ったものだと感心する。移動や睡眠は樹上で行い、相性の良い相手を厳選してバトルしてきたのだという。
これは物凄く、有能なカエルなんじゃないか。大型ルーキーの登場だ。
「シャモア」
ノアが意味ありげな視線をシャモアに投げた。
「嘘、言ってない」
「そうか」
ノアは満足したように微笑むと、カエルに向かって手を差し伸べた。
「歓迎する」
ん? 今のやりとりは何だろう?
私の視線を受けて、ノアが肩をすくめた。
「シャモアは嘘が分かる。掟が追加になったからな。念のためシャモアに確認するように言っておいた」
嘘が分かる! そんなスキルがあるなんて!
「いや、ただのカンだそうだ」
適当かい!
「悪かったな。気分を害したか?」
ノアがカエルに詫びた。カエルは気にした風もなく
「当然の対策でござろう。何とも思わないでござるよ」
と首を傾げた。
どうやら器の大きなカエルさんのようだ。
――――――――――
正式に仲間になる事が決まったので、場所を拠点に移した。
ブランの作った拠点を見て、カエルは感心しきりだった。
「まずは名前を決めないとな」
「カエルさんは緑だね。リディスと一緒だ」
「あら、一緒にしないでくれる? 私は爽やかなグリーンだけど、カエルちゃんは淀んでるわ」
カエルは青蛙のような黄緑ではなく、茶色のまざったようなな、くすんだ緑色をしている。
「要望がなければグリーンにするが」
「安易!」
言葉遣いから、武士っぽいのが良いと思うのだけど、生憎私には知識がなかった。
結局一番センスのありそうなリディスが名付け親になった。
「モス」
「そう。モスグリーンのモス。苔って意味よ。ヤーミカッタの森も苔むしてるし、お似合いだと思うわ」
苔って……。でも確かに響きも良いし呼びやすそうだ。やっぱりリディスはセンスがある。
「素晴らしい名、謹んで頂戴するでござる」
カエルが深々と頭を下げた。
その後は、誓いの儀式だった。ノアの紡ぐ誓いの言葉を、モスが復唱する。
「仲間を守り、信じ、決して裏切らない。プレイヤーを恨まず、生を諦めず、世界を味わい、この知識を紡ぐことを誓う」
ついこの前、わたしも通った道だ。
あの時は、よく訳もわからずに宣誓した。だがみんなと過ごし、赤目と遭遇した今聞くと、言葉の重みがまるで違った。
この誓いの言葉を作った人はどんな人だったのだろう。
ともすれば、現状を嘆き、生を憎み、荒んだ一生になってもおかしくなかった。でも最初にこの掟を聞いたから、そんな負の感情を抱かずにここまで来れたのだ。
この言葉には感謝と希望の匂いがした。
宣誓を終えたモスは、急に立ち上がった。
中腰で斜めに構え、手のひらを上にして右手を前に伸ばした。
「おひかえなすって」
おおう?
訳もわからずに、私も釣られて同じポーズをとる。
「改めまして手前、生国と発しまするはヤーミカッタの森にござんす。寄る辺もなき一匹蛙にございます。この度縁持ちまして、向かいましたる兄さん、姐さん方の末席に加えさせて頂きんした。名はモス。面体お見知りおきのうえ、向後万端よろしくおたの申します」
堂々たる仁義を切った。
武士じゃなかったみたい。……任侠?




