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妃殿下候補も皇太子たちも、藁があったらしがみつきたい

 十才差の妃殿下候補たち。

 それ故に幼い少女たちをあからさまに口説くことはしないだろう。

 皇太子たちの周囲の者はそう考えていた。

 ゆっくりと怯えさせることなく愛情を育んでいくのだと。

 それが大ハズレであることに気づく者はいなかった。


 そもそも女性を口説く甲斐性があれば、この年まで一人身ではいなかった。

 そして十歳で騎士養成学校に入った後は、脳筋の担任に教養部門を潰されたせいで、女性に対しての気配りなどを覚えることはなかった。 

 カリキュラム通りに学んでいれば、ダンスはもちろん女性の扱いも身についていたはずだった。

 加えて皇太子は婚約まで社交はしないという慣例で全てをすっ飛ばした結果、侍女たちから『さいてー殿下』という二つ名をもらう羽目になったのだ。

 九割くらいは彼らのせいではないのだが。


 侍女たちが期待していたワクワクドキドキな桃色空間が形成されなかったのにはもう一つ理由があった。

 エリカもアンナも前世では子持ちのいい年のおばさんだった。

 若い頃は恋愛結婚が稀な時代で、恋はテレビや小説、映画や漫画の中のことだという考えがあった。

 自分たちが恋に落ちるとか恋愛対象になるという頭がなかったのだ。

 そして前世と合わせて六十代と七十代。 

 ファーとライと一緒に過ごすのは楽しかったが、それは夫と死に別れた後の物語。

 つまり老人ホームで出会った二人が、子供や孫に反対されながらも残りわずかの余生を静かに過ごすという、まさしく縁側でお茶とお団子の世界を望んでいた。

 そこには口説き文句もハグもキスも必要ない。

 ババァ二人にとって、そのどれもやらない皇太子たちは、とてもとてもとーっても理想の物件だったのだ。


 とは言え、二人とも結婚前提のお妃選抜に納得しての参加だ。

 どちらが選ばれるにしても、結果発表までにそれなりの関係を築きたいと思っている。

 にも関わらず、なんのアクションも起こしてくれないのでは判断のしようがないではないか。


「あれで少しくらい意思表示をしてくれたらねえ」

「なーんにも言わないんだもん。あたしたちだって対応に困っちゃうわ」


 なにもジュテームとかミアモーレとか叫びながら、ライ麦畑やひまわり畑で追いかけっこしろとは言わない。

 だが、好きなのか結婚する意志があるのかくらいは言って欲しいものだ。

 居心地のよいぬるま湯状態で楽ちんであったが、さすがにあの気遣いのなさには辟易してしまった。


「アンナはいいわよ。一度はハグされてるし。あれを告白だと思ってもいいんじゃない ? 」

「ハグねえ。確かにそう捉えてもいいかとは思うけど」


 確かにあの時は突然ギュッとされて驚いた。


「驚いたけど、それだけなのよね。ビックリはしたけれど、特にときめきはしなかったわね」

「なに、それ。あそこまで情熱的に抱きしめられたら、なにか感じることって、ない ? 」


 ない。


「バレエだとリフトとか大技があるじゃない ? あれって優雅に見えるけど、結構がっしりと掴んでるのよね」

 

 太ももの付け根ギリギリとか胸の下とか、しっかりと支えないと顔面から床に激突なんて大惨事が起きる。いや、実際似たような事故はある。

 さらにしっかりホールドしすぎて女性ダンサーのあばら骨が折れたりとか。

 バレエは観客としては楽しいが、踊っているほうは結構デンジャラスだったりする。


「キスとか抱き合ったりとかの演技とかあるし、その一環としか思えなかったのよ。お触りするのもされるのも慣れてしまったわ」

「・・・ある意味不幸な経験だわね」


 エリカは理解した。

 アンナに必要なのは特別でないシチュエーションだと。


「つまりアンナはそういうアプローチに慣れちゃったってことなのね。全部が全部、演技にしか見えないのかな」

「・・・悔しいけど、その通りだわ。正直どうしたらライの気持ちとやらを理解できるかわからないの。演技だったら恋に落ちる過程がわかるのに、自分のことになるとさっぱりだわ。恋ってどうしたら出来るのかしら」


 きっと演技や大袈裟に分かりやすく愛を囁くようや口説き方では届かないのだ。

 たぶん何気ないふれあいや会話。

 そこから愛を静かな育んでいくタイプではないか。

 はっきりと想いを告げて欲しいという願いとは裏腹な心持ち。

 時間が必要だ。

 これは作戦開始前にライに一言アドバイスしたほういいんじゃないだろうか。

 さすがにこのまま候補辞退と言うのはあまりに不憫だと思う。

 後でお庭番の皆さんにお手伝いいただこう。


「そう言えば昨日のお返事がありませんわね」

「なんか王城の温室にはない花だから、集めるのに時間が掛かるって聞いてるわ。整い次第届けるって」


 じゃあもう少し様子見かしらという二人に、侍女が皆様お揃いになりましたと呼びに来た。

 さあ、坊やたちとの楽しいお仕事の時間だ。


「できれば体を動かしたいけれど、これもお掃除には変わらないわね」

「うん、王都の大掃除よ。とっとと分別してゴミ捨てしてしまいましょ」


 すでに冒険者装束に着替えていた二人は、気合を入れてトレードマークの帽子を被った。



 ようやく針の(むしろ)から解放された皇太子たちは、皇太子府でその日の執務を終えた。

 いや、今日の分だけではなく数日後までのものまで。


「会いたくないって言われましたね」

「ああ、贈り物も手紙もいらないと」


 皇太子宮に戻った二人は膝を突き合わせて頭を抱える。

 謝罪の機会が与えられない。

 そして現在進行中の作戦が終われば候補辞退を宣言されている。

 手の打ちようがない。


「はあぁぁ、どうしたらアンナに謝れるのでしょうか」

「こうもきっぱりと皇太子殿下とは会いたくないと言われたら、さすがの俺もへこむ。なにか抜け穴はないものか」


 頼みの綱の侍女たちも侍女長も、今回ばかりは身から出た錆と口をきいてくれない。

 必要最低限の仕事をすると部屋を出ていってしまう。

 宮には男女あわせて五十名の使用人がいるはずだが、侍従たちは侍女たちの顔色を窺って、皇子たちの質問には「私のような者では」とか「ご婦人のお心持ちは測りかねます」とかいってそそくさと退出してしまう。


 四面楚歌。

 そんな言葉は異世界にはないが、どっちを向いても味方がいない。

 そんな二人の前に、酒のボトルとゴブレットが置かれた。


「モーリス、頼んだのは茶なのだが」

「今夜くらいはよろしいのではありませんか。お二人とも頑張られました」


 軽いつまみをテーブルに並べるのは、皇太子付きの執事のモーリスだ。

 もうよい年なので、皇太子ご婚礼とともに引退して地元に戻ることになっている。


「・・・侍女長に叱られないか」

「男には男にしか理解できないこともございますよ」


 穏やかな気性と細やかな心遣いで若い頃からご婦人に人気があったというこの男は、少年の頃の初恋を未だ大切にしていると独身のままだ。


「一つお伺いしたいことがございますが」

「なんだ ? 」


 グッとグラスの酒を呑みほしたファーが軽く聞く。


「妃殿下候補のお嬢様方は、皇太子殿下と接触したくないと仰せなのですね ? 」

「ええ、そう伝えられました」


 ライの言葉にふむと執事は顎に手を当てて考え込む。


「つまり、皇太子殿下でなければよろしいのでしょう。冒険者のお二人なら問題ないのでは ? 」

「「 ??!! 」」


 騎士養成学校を卒業してから十年近く。

 仕えてくれたモーリスには冒険者としての活動は伝えてある。

 つまり、初めて会ったときのあの姿であれば接触は可能なのではないかと言っているのだ。


「心からの気持ちは伝わるものです。殿下方が誠心誠意で向き合えば、道は拓けるのではございませんか」


 その先がたとえ破談であったとしても、最後まで食いついてみればという執事のアドバイスに、皇太子たちは一縷の望みを託したのだった。

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