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侍女たちは見ていた

 集団誘拐事件が解決してから、御所の離宮には本物の皇太子妃候補のご令嬢方がやってきた。

 あざとい男爵令嬢や引きこもりの侯爵令嬢と違い、どちらも美しくかわいらしく、そして明るく勉強熱心だ。

 日に二度訪れる皇太子殿下方との仲も悪くない。

 だが、侍女たちには一つ懸念事項があった。


「お二人とも恋する乙女という感じではないわねえ」

「そうね。あのお年頃だともっと甘い雰囲気になってもいいと思うんだけれど」


 皇太子たちが会いにくれば楽しそうに相手をする。

 勉強の合間に作ったお菓子を出したり、自作の料理を供したりする。

 そんな時も司厨員に場所を取る迷惑を謝ったり、王都にはない侯爵家の郷土料理を教えてくれたりする。

 侍女の仕事の邪魔にならない程度に自分のことは自分でする。

 離宮での二人の人気はうなぎ登りだ。

 不満と言えば、先ほど言ったような恋愛系の雰囲気がまるでないことだ。


「やっぱり年齢差が問題なのかしら」

「そうねえ、十歳差はないわよね。妃殿下候補は未成年の方から選ぶって規則ではあるけれど」


 兄と妹のような関係。

 婚約が決まれば少しずつ愛情も生まれるだろう。

 そう温かく見守ってきた侍女たちだったが、皇太子たちが花を贈ってくるようになってから事態が徐々に変化してきた。


「これって狙って選んでらっしゃるのかしら」

「パッと見きれいな花ですもの。あまりお考えではないのではないかしら」

「でも、それなら侍女長様のおしお、指導が入るはずでは ? 」


 最初は微笑ましく受け取っていたご令嬢方だが、だんだんと表情がなくなってくる。

 対外的には奴隷売買撲滅のために早朝から深夜まで活動している。

 疲れ切ったところへとどめの一撃が来た。


「無理、もう無理なのよ・・・」


 感情をあらわに泣きじゃくるご令嬢に、今までどれだけ我慢をしていたのだろうと、その辛さに気付かなかった我が身を恥じた。

 そして候補辞退を宣言させるにいたっては・・・。

 手の空いているものはすぐに各所に報告に走り、残りのものは皇太子宮に喧嘩を売りに行った。

 よくも大切なお嬢様方を傷つけたな。

 この恨み晴らさでおくべきか !



「これは最重要案件である」


 その日の夜、会議室に集まったのは王城侍女長と離宮を含む御所を司る侍女長。

 皇太子宮と離宮の侍女たち。庭園管理部の責任者。

 そして皇帝皇后両陛下。


「まずは皇太子宮の侍女ども。なぜこのような蛮行を放置した」

「お言葉ではございますが、私どもは殿下が妃殿下候補方にお花を贈っていることを存じ上げませんでした」


 真っ青になって平伏する侍女たち。

 離宮侍女の殴り込みにあって、なにがあったか初めて知った。

 寝耳に水の状態で、全員が立っているのもやっとだ。


「もし存じておりましたら、一命を課してお止めしておりました」

「では庭園管理部、なぜこのようなことを許した」

「許したも何も、殿下方は管理人の留守に勝手に温室に入り込み、好き勝手に花を摘んでおられたようでございます」


 それも花ばさみではなく小刀で。

 鍵がかかっていたにもかかわらず、丹精した温室を何度も荒らされて、管理人はそのままベッドへGO。


「後の始末が大変でした。あのとんでもない花盗人は誰かと問題になっておりました」

「・・・臨時予算を出そう。担当者を労わってやるように」


 荒れた温室は庭園管理部が総出で元に戻そうと努力している。


「少々よろしゅうございますか」


 侍女長たちが前に進み出る。


「聞き取り調査をいたしましたところ、殿下方はお嬢様方に日常的に何を贈ったらいいかと、侍女たちにしつこく聞いておられたそうでございます」

「そこで小さな花束を贈るのが無難であると、また人任せにせずご自分で選んだほうが喜ばれると申し上げたそうでございます」

「・・・その結果があれか」

 

 苦虫を嚙み潰したような顔で皇帝がつぶやく。


「確かに間違っていない。間違ってはいないのだがなあ」

「間違っていたのは(わたくし)の育て方ですわ。細やな心遣いを教えることが出来なかった・・・」

「学校でしっかり学んできたと思っていた余も間違っていたのだ」


 成績表だけでなく、提出物なども確認すべきだった。

 今更ながら悔やむが、それは世の大抵の親が陥る罠なので、皇帝夫妻だけを攻めるのは酷と言うものだ。


「皇子たちはどうしている」

「本日は皇太子府でお休みになるそうでございます。御所にはお戻りにならないかと」

「では、明日の午後こちらに来るように伝えてくれ。その時はそなたたちも控えるように。こういうことは人手は多い方がいい」


 皇帝は少女たちの書いたメモを御所侍女に渡す。

 

「これは明日余から皇子に渡す。娘たちには花の準備ができ次第と言っておけ」


 もしかしたら、冗談ではなく側室を娶らなくてはならないかもと、皇帝はここのところ癖になってしまった溜息をついた。



 明けて翌日の午後。

 離宮には昨日のメンバー全員が集まっていた。

 奴隷売買撲滅委員会の作戦参加者だ。

 そして御所の居間にもまた、侍女長たちや侍女など、昨日と同じ使用人が壁際に控える。

 今日はそれに加えて皇太子の専属執事と後宮の家令が加わっている。

 ちなみに離宮は女所帯なので、男性は立入禁止となっている。


「陛下、何の御用でしょうか。まだ今日の執務が終わっていないのですが」


 突然呼び出された皇太子たちは、両親である皇帝ご夫妻のむっすりした顔になにやら嫌な予感がした。


「まずこの表を見よ」


 皇帝は一枚の紙を二人に差し出した。


「これは ? 」

「お主らが娘たちに贈った花だ」

「へえ、こんな名前だったんですか。知らなかった」

「うむ、ではこの花に覚えはあるか」


 皇太子たちの前にボロボロになった花束が置かれる。


「確か、エリカとアンナに昨日贈ったものですね」

「うむ。それに対して二人から贈られたものがこちらの花束だ。どう思う ? 」


 それは白いゼラニウムとオシロイバナ。それぞれの周りをオダマキがぐるりと囲んでいる。

 皇太子たちの顔がパっと明るくなる。


「これをエリカが ? 嬉しいなあ」

「ええ、アンナから食べ物以外を贈られるのは初めてです。これは永遠に飾っておきたいものですね」

「それがお主らの答えか・・・」


 部屋の温度が氷点下にまで下がっているが、皇太子たち二人だけがそれに気が付かない。


「このっ、大馬鹿者どもがあぁぁぁぁぁぁっ !! 」


 テーブルをドンッと叩いて皇帝が立ち上がる。


「一体何を考えてこんなものを贈った。その表をよく見てみろ。左から裏切り、死ね、悪意、失望、軽蔑、疑惑、裏切り、よくもまあ悪意ある花言葉をこれだけ選んだものだ ! 」

「花、言葉 ? 」


 なんだそれ、というポカンとしたアホ面の皇太子たちの前に、分厚い本がドンと置かれる。


「昨日お主らが贈った花は黄色いバラとシュウメイギク。その意味を調べてみろ」


 皇帝に促され、二人はパラパラと本をめくる。

 そして目当ての花を見つめてピタリと止まった。


「別れ ? 」

「薄れゆく愛って・・・」


 気づいたか、この能無しが。

 皇太子たちはハッとして少女たちから贈られた花の意味を探し出し、唖然とした。


「わかったか。どちらもお主たちの心を疑うという意味だ。まわりには愚かを意味する花。つまり、もう信じない、バーカバーカバーカと言われておるのだ」


 花言葉は大切である。

 たとえば他国の駐在大使の誕生日には信頼を意味する花。

 交代で帰国するときには健康を意味する花を贈る。

 また国賓を歓迎する場でもその国の国花や友情、信頼を意味する花を飾る。

 それらは貴族として大切な教養であり、騎士養成学校でもかなり詳しく教えられているはず・・・。


「お主らもしっかりと学校でならってきたはずだ。なぜ忘れていた」

「・・・習っておりません。その、当時の担任が必要ないと」

「はい。ほとんどの時間は剣の鍛錬に当てられていました。ダンスは体幹を鍛えるのに良いということでしたが、教科以外は体力づくりに当てられておりました」


 まさかの学校側の失態 ?

 皇后は集められた資料の中に当時の成績表への担任のサインを見つけた。


「この者は、ただいまの近衛騎士団の団長ですわね。異種業種研修で数年間騎士養成学校で教師をしていました」

「なんと、あいつか。基礎を身に付けなければならない時期になんということをしてくれた ! 」


 代々近衛の長を務める家柄ではあるが、文武両道とは程遠い、脳味噌の中まで筋肉で出来ているのではないかと若い頃から有名だった。

 それを心配した周囲から、特に礼儀作法や文化教養明るい女性を妻にしなければ廃嫡するとまで脅されたことは有名だ。

 あの男ならやるだろう。


「あの、本当に花に意味などあるのですか」

「おお。花どころか扇子、石、酒、魚言葉なんて言うものもあるぞ」


 面と向かって正直に話せない分、そうやって色々な物に意味を持たせ、円滑な人間関係と政治的配慮を行っていた。

 その為生活の中で使われる教養系は基礎学問として初期に徹底して叩きこまれるはずだった。


「・・・騎士養成学校に連絡して当時の学習過程について調査を行ってくれ。それと妃殿下候補たちの教師の一部にこの二人の教育も命ずる。同時期に在籍していた者たちについても調べるように」

「承知仕りました」


 顔色は悪いが態度には見せない専属執事が恭しく頭を下げる。


「で、どうするのだ。この始末を」

「・・・謝罪に行ってまいります」

「作戦が終わるまで顔も見たくないし手紙も贈り物もいらんと言ってるそうだが」


 つんだ。

 つんでしまった。

 しかたがないわ。 

 だって、殿下方、さいてーですもの。

 そうね、さいてーね。

 しょうがないわ、さいてーだから。  

 

 わざわざ聞こえるか聞こえないかギリギリの大きさで侍女たちが囁く。

 それを聞きながら皇太子二人は、体が床に沈み込んで行くような感覚に陥っていた。

 さて、ここからの一発逆転はあるのだろうか。

 どん底まだ落ちた皇太子二人に幸あれ。

お読みいただきありがとうございます。

皇太子パパとママが可哀そうと思われましたら、感想、ブックマーク、誤字脱字報告をお願いいたします。

下のお☆様印からの応援もとても嬉しいです。

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