妃殿下候補たちの反乱
はっきり言ってエリカとアンナのたてた作戦は、それほど難しい物ではない。
簡単に言えば囮をたてて現行犯でしょっ引くだけだ。
もちろん囮は二人の少女だ。
まず冒険者ギルドから報告のあった廃坑。
王都外の屋敷は引き伸ばしに失敗し、注文主の手に渡っている。
そのため人目につかない廃坑が次の拠点になったのだろう。
そこに集められた被害者はすでに国外へと連れ出されている。
ただしとっとと買い戻されているが。
今残っているのは手下のみ。
そこで新たな拉致が行われないように、瓦版や火付けのお庭番に噂を流してもらう。
「大規模な人身売買用の誘拐が行われているので、優秀な若者には護衛をつけることになった」
ヤハマンの逗留している宿では、レストランやカフェの客の口から流してもらう。
従業員の噂話と言う手も考えたが、無駄話をする者などいないから無理だと支配人からお断りされてしまった。
ただし、あの客は変だと初めからわかっていたようで、来客、食事内容、捨てられたゴミなどかなり詳しく情報を取っていた。
それらは全て報告してもらっている。
「この○○のヤハマンとはどういった人物ですかな」
警備隊長からの質問だ。
「詳しい出自はただいま調査中でございます。商売をするに大儲けしようという気概がなく、任された仕事に工夫をするでもない。我が国の貴族であれば、邪魔だからとっとと僧籍にでも入ってくれと言う程度の人間ですわ」
「こんなのが城下町をウロウロしてるなんて気持ち悪いじゃありませんか。早く捕まえて消えてもらいましょうよ」
可愛い顔してわりとずけずけと物を言う娘さんたちだ。
「それでは質疑応答はこの辺にして、皆様どうぞ資料をお持ち帰り頂きご検討下さい。賛同してくださる方は明日の同じ時間にお越しください。そうでないお方は残念ではございますが、資料を返却の上でこの件に関してはお口チャック・・・作戦終了までご内密にお願いいたします」
ニッコリと可愛い笑顔で見送られながら、後宮の離宮を自由に使えるこの娘たちはやはりただの街専冒険者ではないのだろうと、全員がこの作戦についてしっかりと検討しようと離宮を後にした。
繰り返すがエリカとアンナの作戦はとても単純なものだ。
だが何故こんなに驚かれているかというと、それはこの世界の軍事関係のせいだ。
なにか行動を起こそうとすると。まず全軍の長を集めてこのようなことをしたいと命令を出す。
そしてどう動くかを軍議にかける。
これに数日、時に十日以上かかる。
この時点で他の隊の正確な戦力や人員は分からない。
情報公開を渋っているわけではない。
特に知る必要もないと思われているからだ。
そして作戦が決まると後はどう動くかを決めておしまいだ。
他の隊のことなど考えていられない。
言われた通りに動くだけだ。
だが、少女たちに渡された要綱には、各隊の人数、得意分野、隊のリーダー名など細かい情報が記されている。
そしてどの隊にどうして欲しいのか、どの時間にどう動いて欲しいのか。
タイムテーブルで分かりやすく表示してある。
そしてもしこうなったらこう、こんな事が起こったらこう動いて欲しいということも明示してある。
今までこんな命令書は見たことがないし。他の隊の動きなど考えたこともない。
これは今までにない、あまりに斬新で革新的な考えだ。
騎士団長たちは総長のもとに急ぎ、各ギルド代表たちは緊急ギルド長会議を招集することに決めた。
◎
「あの方たち、なんであんなに驚いてらしたのかしら」
「うーん、当たり前の資料と計画書よね」
学生時代エリカはナントカ委員会に駆り出されることが多かった。
もともと几帳面なエリカは、各クラスの出し物や参加人数、イベントの内容の把握はもちろん、タイムテーブル作りなどを得意としていた
その緻密さは友人たちをして「丸ペンで点描を十時間打ち続ける女」と評された。
そしてアンナはバレエ団のトップとして、公演の度に同じように全体を把握していなければならなかった。
さらに主婦な二人はこれを家事にも応用していた。
自分の時間を確保するためである。
とりあえず年末の大掃除の予定表もどきを渡して居間に戻る。
強面のおじ様たちを相手にグッタリした二人を迎えたのは、ものすごーく残念そうな表情の侍女たちだった。
「大変申し上げにくいのですが、皇太子殿下方からお花が届いております」
「まあ、また ? 」
侍女たちが本当に申し訳なさそうに差し出した花束。
「「ぼっしゅーとっ !! 」」
少女たちは一瞬の迷いもなく床に叩きつけた。
「ねえ、これって怒ってもいいよね、アンナ ! 」
「もちろんよ、エリカ ! 今度と言う今度は、我慢しなくてもいいんじゃないかって思うの ! 」
「そうよね ! いくらなんでもこれはないわよね ! 」
侍女たちはハラハラと怒れる少女たちを見守る。
この花束が届けられた時点で、全員これはやってはいけないことだと理解している。
出来るなら、二人の目に触れる前に処分してしまいたかった。だが、皇太子殿下からの贈り物をそのように扱うことは出来ない。
頼みの綱の侍女長は本日役職会議で留守だ。
「無理。もう、無理よ・・・」
「アンナ・・・」
アンナのきれいな青い目から涙がポロポロと零れる。
「わかっているわ。あの子たちが何にも考えていないって。どうせ綺麗な花だからこれにしようってライが言って」
「じゃあ俺もそれにするってファーが乗っかったって感じよね」
エリカはアンナの肩を抱いてソファに座らせる。
そして侍女から受け取ったハンカチでアンナの涙を拭く。
「皇太子付きの侍女さんだってわかってるはずなのよ。なのに何故止めてくれなかったの ? それってあの子たちが嫌われてもいいって思ってるってことでしょう。つまり私たちに皇太子妃になってもらいたくないのよね」
「・・・そうね」
政略結婚にしろ恋愛結婚にしろ、相手の家人に嫌われたら針の筵の生活を送ることになる。
使用人たちを懐柔するのも女主人の手腕の見せ所だ。
「それに、エリカ。正直に言っていいかしら」
まだ涙が止まらないアンナだが、何かを決意したかのようにキリッと顔を上げる。
「これはもう、身分とか愛情とか、そんな問題ではないと思うのよ」
「・・・」
「どんなに恋していても、価値観が違いすぎる人とは結婚出来ないわ」
「アンナ、それは・・・」
「わかるでしょう、エリカ。これから先の長い人生、これほどすれ違う人と暮らすなんて無理よ。おまけにライの側には私を敵だと思っている人たちがいる。これでは無理よ。どんなに好かれていても無理なのよ・・・」
アンナの目にまた涙があふれてくる。
「アンナ、ライのこと嫌い ? 」
「それなら陛下にそう申し上げているわ。違うから辛いの。これはお見合い結婚みたいなものだけど、一緒に家庭を築いていきたいと思うくらいには好き。でも、一緒に暮らして、子供が出来て、そうして長い時間がたったら必ずずれてくるわ。気づいた時にはもう修正は出来ない。崩れるしかないのよ」
ハッとして黙ったエリカも、何か思うところがあるのだろう。
「・・・あたしもアンナと同じ。きっとファーとは上手くやっていけると思う。でも、もとより平民のあたしが皇太子妃なんて有り得ない。育ちの違いってものがあるもの。あたしが選ばれたのも前総裁にとって都合が良かったっていうだけだわ」
「・・・」
「今は貴族のご令嬢と違う、ちょっと面白い珍獣扱いだけれど、そのうち飽きられて捨てられる日がくるのは目に見えているわ。あの子はまだ若いから、目の前のものしか見えていないのよ」
今度はエリカの目に涙が溜まる。
「・・・もう、潮時かしら」
アンナは涙でグシャグシャになったハンカチを畳み、ハァッと大きく深呼吸する。
「決めたわ。私、この作戦が終わったら皇太子妃候補を辞退して下がらせていただくわ」
壁際の侍女たちがギョッとして顔を見合わせる。
オロオロとする侍女たちをよそに、エリカもまたウンウンと頷く。
「そうね。あたしもそうする。夢の時間はおしまいだわ」
「たの、楽しかったわね」
「うん、アンナと知り合えてよかった」
抱き合って嗚咽を漏らす少女たちに、侍女たちはなすすべもない。
「・・・そうだわ、エリカ。最後にもう一度だけ確かめてみない ? 」
「アンナ ? 」
アンナは紙にサラサラと何かを書きつける。
「それ、やっちゃうの ?! 」
「これでまたトンチンカンな反応が帰ってきたら、もう完全に敵認定されているってことだわ」
「確かに。その時は潔く身を引くべきよね」
エリカも同じように書いた紙を侍女に渡す。
「これを手配してあの子たちに届けてほしいの。それと作戦が終わるまで会いたくないし贈り物も手紙もいらないって伝えて」
「・・・本当によろしいのですか」
真っ青な顔でガタガタ震える侍女に、少女たちははっきりと頷いた。
その書付はすぐに数枚の紙に書き写され、侍女たちの手で複数の場に届けられた。
それを見た人たちは驚愕するとともに激怒する。
「あのバカ者どもがっ ! 」
「まさかこんなことをしでかしていたとは、バカ息子たちがっ ! 」
「・・・お仕置きが必要ですわね」
王城に『緊急事態宣言』が発令された。
「これが終わったら、私の領都に来ない ? 美味しいものがたくさんあるのよ」
「そうねえ。あ、ヒナ・グループ進出のための下調べって理由をつけてお邪魔しようかしら」
「御所にまけない大浴場もあるの。それにちょっと素敵な縄のれん。エリカ、好きでしょ ? 」
「大好きです。ついていきます、シルヴィアンナ様」
スッキリした二人は新たな未来に向かって計画をたてていたが、王城には大嵐が吹き荒れていた。
お読みいただきありがとうございます。
「捨てられてしまえ、皇太子ども ! 」と思われましたら、下の☆印から応援よろしくお願いします。




