第三十二話 「ソルジャーゲーム」
デヴォルカス連邦共和国の名前が付けられたデヴォルカス海域。
この海域には大小様々な島が無数に存在しており、遠洋漁業を行うための補給地点であると同時に水平線の向こう側に位置するアムソトラル王国からの侵攻を食い止める海上の最終防衛ラインとしても使われていた。
そんなデヴォルカス海域の諸島の中で最も陸地面積が広いとされている島が「ソルジャーアイランド」。
デヴォルカス政府が内政不満の解消を目的とし、長年開催してきた貴族向けの祭典であるソルジャーゲームの開催地となる島である。
ソルジャーアイランドの海岸付近には現在、デヴォルカス海軍の軍艦と貴族御用達の豪華客船が所狭しに停泊していた。
貴族御用達の豪華客船は白を基調とした船体に黄金の装飾が飾られ、デッキにはどこの偉人か判別不能な銅像が海を見下ろしていた。煌びやかな船団の奥に停泊している海軍の戦艦はどれも豪華客船より全長が長い超大型船であるが、灰色に塗られた船体も相まって巨大な壁にしか見えない。いくら広大な面積を誇るソルジャーアイランドの船着場でも、巨大船団の群れが停泊していると、船着場というよりは海上都市と表した方が適切ではないかと吟遊詩人が見たら思うだろう。
ソルジャーアイランドは空から見ると中央部分が島を真っ二つにするかのごとく、湖で覆われている。太古の昔に存在していたと言われる火山が大噴火した際に地表もろとも抉りとってしまったため、その跡地に雨水が溜まり形成されたらしい。政府が提唱した説を検証するため過去に幾度か民間の調査隊が派遣されたことがあるが、いずれも調査中に行方不明になってしまったため、眉唾物の噂を検証するためだけに命を賭けてまで調査する者が現れず真相は闇の中だ。
船から降りた貴族達の行列が目指しているのは、湖の南側に位置する土地だ。
島の南側が貴族がソルジャーゲームを観賞できるエリアになっており、南側一体を全て観賞用のスタジアムに変えてしまっている。スタジアム内には無数の娯楽施設が併設されており、長時間の観賞に疲れたり、飽きてしまった貴族達に配慮された作りとなっていた。
そして、島の北側がソルジャーゲームに強制的に参加させられたプレイヤー達が戦闘を繰り広げるエリアである。
もちろん、南側にいる貴族達に直接攻撃の余波が当たらないようにということであるが、それゆえ目視での観賞ができない。
そこで、観賞に活躍するのが感覚共有翼竜である「アイアトラス」だ。
アイアトラスは空を飛ぶための膜状の翼が前脚から後脚にまで伸びており、細長い嘴には鋭い小さな歯が無数に生えている。特に特徴的なのが大きな目だ。広角視野を有しているため空を飛びながら地上の小さな兎のような獲物を瞬時に捉えることが可能だ。
このアイアトラスを飼育し、雛の頃に精神系マジックアイテムを頭の中に埋め込んだ素体が貴族一人一人に割り当てられる。もちろん高額な値段で取引されるがソルジャーゲームを観賞する貴族はほとんど購入する。一人で4体以上一気に購入してしまう貴族も稀ではない。
人気の理由は感覚共有ができるからに他ならない。
一般的なイベントでは貴族の身分になると自ら参加せず、ただ遠くから「観る」だけだ。身分が上がるにつれ案外、自分が行動できることは少ない。
特に剣闘大会などは近接での観賞は危険なため、不可能だ。
しかし、このソルジャーゲームで利用されるアイアトラスは簡単な魔法で契約を行うと、アイアトラスが見ている景色を遠方にいながら見ることができる上に操作をすることができるのだ。つまり、貴族は自分の身を安全な場所に置きながら、アイアトラスを使って危険な戦闘地帯を好き勝手に観賞し、気に入らないプレイヤーがいたらアイアトラスの鋭い歯で噛み付いて邪魔をすることも可能なため、ソルジャーゲームは観賞者参加型のゲームとして非常に人気が高い。
ソルジャーゲームスタジアムに到着した貴族達は皆、アイアトラス契約センターに一直線に進んでいた。
それは、ケフトス家も例外ではなく。
「アルファン。さすがに周りが貴族達ばかりだと追い越しもできぬな...」
「そうですね。いくらケフトス家の当主様でも貴族間においては悪目立ちしない方が得策かと」
「うむ... まあ毎度のことだが、最初のアイアトラス契約に時間がかかるのが許せん もっと効率化せんか 終わったら返却する規則は無くしたら良かろう」
「政府にとっては感覚共有した翼竜が渡ってしまうのは避けたいですからね。それは難しいのかもしれません」
「そんなことわかっておるわい。だがどうも最近、上の奴らはきな臭い。今回の大会は強制参加だしな。言われずとも娯楽に目がない貴族どもは来るに決まっているだろうにな」
「それは、旦那様も含まれているのでしょうか?」
「ハハッツ!言うようになったではないかアルファンよ。そうだ。儂も含まれておる。...それにレイチェルが学校で習っている学習内容をお主から聞いたが... 神聖幻術古文... 何をいまさらそんな使えない魔法など習わし始めたのか... 意味がわからんぞ政府がやってることは」
「旦那様。その件につきまして、私なりに少々調べさせていただきました」
「それは今言うことかね?」
「ええ..場所は妥当ではないかもしれませんが。最新の情報をお知らせしたく...」
ケフトス家の当主。キーファ・マナゴルカル・ケフトスは自身の執事からの提案を断ったかような素振りを見せ、受付の進み具合を確認する仕草を取った。
政府からの監視の目が届いている可能性を考慮して。
『よし。いいぞアルファン。念話で報告せよ』
『はっ!お手数をおかけします』
念話。言葉を発さずに意思疎通を図ることができる情報系魔法である。半径数十メートル圏内にいる者同士しか使うことができない魔法だが、密かに会話をするには最適な魔法だ。
この魔法は昔からケフトス家が秘密にしてきた魔法であるため、デヴォルカスで使用している者は彼ら以外ほとんどいないだろう。しかし、念話の構築方法はそれほど難しくないのでケフトス家の秘伝の構築方法を知らずとも自力で構築する者はゼロではないとキーファ自身も考えている。
『神聖幻術古文ですが、この魔法は基本的に大規模術式の構築方法集のような代物でございます。現在レイチェル様が学ばれているのはその中でも解除の術式です』
『解除か... 呪いの解除とかか?』
『呪いというよりは、制限魔法の解除になります』
『制限魔法?そのような魔法は儂も知らんぞ』
『私も初めて聞く魔法でございました。神聖幻術古文の本には攻撃魔法に制限をかけて相手の魔法出力に干渉する魔法のことを制限魔法と記載しているようです』
『なるほど.. だがその内容だとしても現在にはそんな魔法はないな。基本的に我らが使える魔法は皆変わりばいはないからな.. 貴族の方が多少使える程度だ』
『はい。おっしゃる通りでございます。ですが、この制限魔法について政府軍関係者に尋ねたところ、全く異なる返答が返ってきました』
『軍.. あまり踏み込むなよアルファン』
『ご心配には及びません。私の息子、レオナルドから聞いた話ですので』
『最初からそう言え。それで返答は?』
『申し訳ございません.. 返答ですが、制限魔法は全人類に掛けられた魔法の使用を制限する古代魔法の事とのことでございました』
『なっ!全人類だと?』
『もっと正確に申し上げるのなら魔法を行使することができる亞人を含めた全種族にかけられた魔法、「MAGIC CODE」と呼ばれるものです』
『... それが本当なら頭が痛いな。だが、我らが魔法をさらに行使することができるのだとしたら... この魔法がかけられているのはむしろ良いことなのではないか? 強力な攻撃魔法を貴族も平民も奴隷も亞人も平等に使えれば、必ず軋轢が生じ戦争になるぞ。』
『さすがは旦那様。鋭い考察でございます。この事実を諜報部に属するレオナルドが知っている時点で政府はこのMAGIC CODE絡みの計画を練っている可能性が高いと考えております』
『レイチェルが習っている制限魔法の解除.. つまり、MAGIC CODEの解除を政府が行うと?』
『はい。その可能性があります』
『..だが、全種族の魔法を解除したら、間違いなくデヴォルカスは内戦状態になり、アムソトラル王国に滅ぼされるぞ』
『なので、MAGIC CODEの解除はデヴォルカスの貴族、軍関係者のみで行うのではないかと』
『...ソルジャーゲームか!?』
『これほどまでに条件が整う機会はありません。政府が前倒しで開催したのも辻褄が合います』
キーファは喉を鳴らした。
アルファンに調査を命じてはいたが、予想の遥か上をいく報告に戸惑いを隠せない。周りの貴族達に訝しげに一瞬見られてしまったのは、キーファのミスだ。念話を使っているとはいえ表情に己の感情が出てしまうのは貴族として、当主としてあるまじき行為だ。だが、わかってはいても驚きが隠せない。
アルファンは虚偽の報告をするような者ではない。長年信頼してきた仲だし、息子のレオナルドの諜報力は本物だ。ダロスボン市有力貴族になれたのも、事前にアルファンやレオナルドから敵対貴族が関係する商会を軒並み「情報」という最大の力で潰すことができたからだ。
スタジアム内を巡回しているデヴォルカス陸軍の兵の目を気にしながら、アイアトラス契約の受付までの列をただ並んでいる振りをするのも正直限界になってきそうだ。
『これは...やはりベイジョン殿の元について援助する方向にした方が良いか... レジスタンス勢力にも手を伸ばそうかと考えてはいたのだが..』
『ラファエルさんのことでしょうか?』
『ああ..』
元ジオカイヤ王国の王で一時期、ベイジョンの頼みで家に住まわせていた男だ。
当初、あまりにも元王の習慣が抜けず使い物にならなかったので、キーファはベイジョンに内緒で奴隷市に売り飛ばそうかと考えていたが、娘のレイチェルの説得で剣の指南役にすることにしていた。
それから、ホンブル市で闘技大会があるとのことだったので、剣の腕は確かなラファエルを送ることにしたのだ。
この時、キーファは気づいていなかったが、ラファエルを闘技大会に送った後、レオナルドから情報が届いた。
<ホンブル市闘技大会はレジスタンスの隠れ蓑になっている>と。
アルファンの話ではラファエルは心の奥底で自国を潰された恨みを晴らすためにベイジョンのいるデヴォルカス軍崩壊を画策している可能性が高いと聞いていたため、ラファエルとレジスタンスを合わせることは非常に不味いと思っていた。
だが、キーファは実のところベイジョンがいるデヴォルカス側にもレジスタンス側にもどちらの側にも拘りが無かった。ただ将来的にケフトス家が生き残る手段を取ることを最優先に今まで行動してきたのだ。
デヴォルカス政府側についた方が現在は圧倒的に利益が高い。しかし、レジスタンス勢力の恐ろしさはキーファ自身、最もよくわかっているつもりだった。デヴォルカス連邦共和国に統治される前の国、ロニアでキーファは貴族の公爵家の身分でありがながら、レジスタンス運動に参加していたのだ。
ロニアをデヴォルカスに統治させる派閥として。
当時デヴォルカスに対抗するため、ロニアは平民から貴族に及ぶ全国民から税金を巻き上げ、その全てを軍事費に投入していた。そのせいで公爵家といえども朝から夜までパンを食べるのがやっとの生活だったのだ。
そんな生活を打破しようとレジスタンスに加入し、キーファ達は内側から軍事体制を崩壊させ、鉄壁の守りを誇ったロニア随一の砦の警備を破り『国殺し』の異名を持つベイジョンを呼び寄せたのだ。これにより、ロニアは崩壊しデヴォルカス連邦に吸収され、この功績を讃えられたキーファはダロスボン市の大貴族にまでのし上がることができた。
自身の歴史を振り返り、軽くため息をつくとキーファは己の意を決した。
『アルファン。ケフトス家はデヴォルカスと共に生きる。今宵は「MAGIC CODE」解放術式を受け入れ、新たな可能性を見出そうではないか ...そう言えば、解放術式はレイチェルは習っているが、我ら大人はできぬな..』
『旦那様。承知いたしました。私はいつまでもケフトス家とともにあります。...解放術式自体はおそらく軍関係者が実行するでしょう。子供達に習わしたのはベイジョン殿のことです。軍が動けなくなった際の予備かと思われます。貴族の大人達には新しく学べと言っても聞く耳を持たないですしね..』
『ハハっ! それは言えてるな』
『...それにしても、レジスタンスの方は良いのですか?』
『大丈夫だろう。ホンブル市の方には諜報部が研究していた悪魔を送ったそうだからな。その対処で手こずっているだろうよ』
『ラファエルさんには是非とも頑張っていただきたいですが..』
念話はもう必要ないと感じたキーファは口頭で話すことにした。
「これだけは言っておこうアルファンよ。ラファエルが生きていたとしても決してレイチェルと会わすなよ」
口頭で言ったのは、この言葉は念入りに強調しておきたかったのもあった。
「はっ!承知いたしました旦那様」




