第二十六話 「家族と彼女」
「姉さん ここで安静にしててね。私はダリスを探しに行くから」
「...それはダメよ... こんな状況じゃ絶対に見つからない...見つかったとしても治安維持兵が相手なら...クロエが死ぬだけよ」
「...でも」
「これ以上、家族が離れ離れになるのは良く...ないわ」
ミーシャの言う通りだ。
攻撃魔法も使えない子どものクロエでは、ダリスを探すことは疎か、自分の身を守ることもできないだろう。
増殖するゾンビに治安維持兵。
状況は絶望的だ。アリアは寝室と思わしき部屋から聞こえてくる二人の姉妹の会話を黙って聞いていた。
(もう私ここを出てもいいわよね?)
自問自答を先ほどから繰り返しているアリア。
今、彼女が気になっているのはウィルのことだ。地下街から別れて移動を進めたが、この瞬間を逃せば二度とウィルに会えないのではないかと思えてきて、先ほどから妙に心が落ち着かないのだ。
だが、どうしても子供の二人を残して去ることができない。
正解がわからず居間に座っていることしかできなかった。
アリアが両手を頬に当てて悩んでいると、玄関があった方向から見知らぬ声が聞こえてきた。
「貴様...亜人か?」
振り向くと、そこには全身真っ黒な鎧に身を包んだ屈強な戦士が破壊された玄関越しにこちらを睨みつけていた。
アリアは戦士の格好を見るやいなや、寝室にいるミーシャとクロエに聞こえるように叫んだ。
「クロエ!ミーシャ! 治安維持兵よ!! すぐにどこかに逃げて!」
「は!? それはどう言う...」
全身鎧の真っ黒な治安維持兵が何か言いかけていたが、アリアは気にせず、頭を下げ翼を広げた。
「突撃!」
アリアは治安維持兵目掛け、突進を開始した。
翼がはためくことで発生する風力がアリアの速度を上げ、家中の家具をなぎ倒していく。
「うっ!」
サキュバスの角が治安維持兵の鎧の隙間に見事に突き刺さった感触を感じたアリアはそのまま家の外に突き刺した治安維持兵を放り投げた。
「貴様! ...ぶっ殺してやる!!」
(...女性の声?)
泥だらけの地面に倒れた真っ黒な治安維持兵が激情しながら悶えている。
「こんなボロい家の子供達を拐うなんて何を考えているのかしら! さすがに許さないわよ!」
「拐ってるのは貴様の方だろうが!」
痛みに耐えながらも訳の分からないことをのたうち回っている治安維持兵。
アリアは無性に腹が立ってきていた。
つい先ほどまで、ここの家の家族とはおさらばしようと考えていた彼女には到底思えない。
アリアは血の付いたままの角を再び真っ黒な治安維持兵に向け、突進を開始しようと体勢を立て直す。
「私の子供達を返しなさい!」
今まさに、倒れ込んでいる治安維持兵の息の根を止めようとしていた瞬間、女性の力強い声に圧倒されたアリアは思わず体勢を崩してしまった。
「子供達?」
「ええそうよ!この家は私の家。ここの子供達の母。ヘレンです!今すぐ子供達を返しなさい!!」
見ると、そこには一人の女性が真っ黒な治安維持兵を庇うようにして立っていた。
「あなたはもしかして、クロエとミーシャの母親?」
急な展開に頭がごちゃごちゃしてきたが、アリアはことを整理するため単純な質問で返した。
「ええその通りです!ミーシャ、クロエ、ダリスの母です! あなたは何者? 早く返さないと妹があなたを倒しますよ」
「....妹?」
「私のことだ」
倒れこんでいた真っ黒な治安維持兵がヘレンに介抱されながら、ゆっくりと立ち上がると頭に装着していたヘルムを外した。
「あなた...女だったの」
「見ればわかるだろうが!!」
「それは...ないわ」
「ないわね」
「姉さんまで!?」
アリアとヘレンの声が揃う。どう見ても治安維持兵の男共にしか見えない。
「...私の名前はパーチェス。ヘレンの妹だ。子供達を返さないと黙ってないぞ。サキュバスごときにやられるような雑魚ではない」
「あら...じゃあ私の角に付いている赤い液体は何かしら?」
「人の話もろくに聞かずに突進してくるのはなしだろう。さすが亜人だよ。脳は獣だな」
「っ!? ...ひどい まあいいわ 一時休戦ね。 私はギャングに捕らえられたクロエちゃんをここまで連れ帰ってきたのよ! 今は私の保護下にあるわ。もしあなた達が本当の親族なら証明して」
「大丈夫だよ ママとパーチェスだ」
「クロエ!」
アリアの後ろから姿を現したクロエを見たヘレンとパーチェスが駆け寄り、二人はクロエを抱きしめた。
「パーチェス 鎧が痛いんだけど...」
「ごめんクロエ ちょっと手を緩めるわ」
家の玄関から地面で抱き合う三人を見ていたアリアは気持ちに整理がついた。
小さなため息をつくと、アリアは家の中から出て、翼を広げる。
「おい どこへ行く気だ?」
「もう私の役目は終わったわ 彼女らはあなた達に任せる」
「格好つけて帰ろうとするな 私の傷はどうする気だ?」
「ああ わかったわよ ちょっと鎧を外しなさい」
「そんな簡単に外してたまるか まだ信用したわけではない」
「めんどくさいわね じゃあちょっと効果が薄くなるけどいいわね <免疫向上>!」
アリアがパーチェスの傷口に鎧の上から手を当てると、淡い薄緑色の光が放たれた。
「うっ...」
「これで、安静にしていればすぐに元に直るわよ じゃあね」
「...おう」
再びアリアは翼を広げる。
「ねえ あなたの名前は?」
ヘレンの質問にアリアは素直に答えることにした。普段から自分の容姿以外をあまり褒められないアリアは自分の行動のお礼を聞きたかったのだ。
「サキュバスのアリアよ」
「アリアさん 娘を危険な場所から救ってくだっさてありがとうございます」
「...どういたしましてっ ちあみにウィルもいたわよ」
「ウィルさんも!」
クロエが何やらアリアに向かって何か言いたげな様子で見つめているのを横目で確認したアリアは今度こそ翼を広げ、空中に羽ばたいた。
「アリア! ありがとう!」
下からのクロエの声を聞いたアリアは空中でホバリングし、にっこりとクロエに微笑み返した。
「標的発見! 撃ち落とせ」
「雷系攻撃魔法<電撃>!」
一筋の黄色閃光が空中でホバリングしていたアリアに直撃し、彼女は地面へと落下した。




