73.コンフューズド・ステータス
…………誰もいない魔王の部屋。今、シフォンやフェルちゃんと遊んでいるから。…………つまり、誰か来る事もそうそうない。
…………自分の溢れる欲望が抑えきれなくなる。やっちゃ駄目だって分かってるけど、衝動を止められない。
机に置かれた瓶の辺りが、気になって仕方ないのだ。真っ白い錠剤が入った、あの瓶の辺りが…………
恥ずかしい行いだって知ってるけど、止まれない。ストレス解消だもん、仕方ないよね。誰だって、そういう気分になる事、あるよね。
そうだ、みんなやってる。この城の人は勿論、来客だってやってるはず。でも、やっぱり道徳とか教育的にはよろしくないよね、それ…………。
…………でも、我慢出来るの?
…………いいや、やっちゃえ。道徳なんて、知ったもんか。この場の欲望に身を任せちゃおう。
そう決心して、机にあった錠剤の入った瓶を手に取り…………。
「わーっはっはっは!魔王ドルチェ、ここに見参!秘密の力で、ぱわーあーっぷ!死にたい人はどこですか~!?」
…………その下にあったマントを羽織り、魔王さんごっこに興じた。
…………因みに、そこに置いてあった錠剤はお風呂掃除用のやつだ。薬物なんて、手を出すわけないからね。
「ふぅ…………一回やってみたかったんですよね。シフォンもよくやってるし…………でもやっぱり、普段出来ない事してみるとストレス解消…………に…………」
そこまで言って、振り向いた。
…………目が合った。
「…………な、何も見てないぞー?俺は何も見てない、魔王とか悪魔達は向こうの部屋か!そ、それじゃ!」
「えぇ!何も見てないです!という訳で、お嬢さん、さよなら~…………」
「かっけーです!ドルチェちゃんそういうセリフ割と似合いますね!もっかいお願いします!もっかい!!」
ドアの向こうに、レイさんとライカさんと、知らないお姉さんが立っていたのだ…………。
「あっ…………ああぁ…………いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!殺してくださぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!!」
よりにもよって、レイさんに見られてしまった私の慟哭が空間一帯に響き渡った…………。
こ…………ころしてください…………。
なにやら、凄い現場を見てしまった…………。
魔王城に訪れて、魔王に話を聞こうと魔王の部屋に寄ったら、玉座に立ったドルチェがあんな事を…………。ストレス溜まってたのかな…………。主にロッシェさんの件で。
「これで勘弁してください~…………ううっ、本当に忘れてくださいうぇぇぇぇ~…………」
「ちょっ!正当な労働なしに受け取れないから、金とか!」
余程混乱しているのだろう、高額な5000フロル紙幣を取り出しながら泣いて土下座をしている…………。
「泣く事ないですよドルチェちゃん!物凄く厨二心揺さぶる感じでした!」
「あっ、おいバカ!」
「うわぁぁぁぁんころしてくださいぃぃぃぃ!!」
無自覚にトドメの一撃を刺したライカ、涙の量は増すばかり。ドルチェの周りはもう涙でべしゃべしゃだ。
「そ、そんなに泣かなくたって内緒にしといてやるから、な?」
「あっそうかお金が駄目なら体で…………これで忘れてくださいお願いします…………ひっく、ぐすっ…………」
「話聞いてた!?っていうか、脱ぐなドルチェ!なんか危ない方向に思考がオーバーヒートしてるから!」
「レイさんもやりますねぇ、うりうり」
「弱みにつけ込むとか鬼畜すぎませんか…………?」
「いやこれ俺悪くないからね!?止まれドルチェ、そうじゃないと…………」
事態が発禁方面へ向かって行って…………
「凄まじいエロスを感じて飛んできたのですが、事中ですか!?事後ですか!?」
「ほらやっぱり面倒臭いのが来た!」
性欲大魔神が来るって言おうとしたんだけどね!来たね!!
てか、あんたは自分の妹が大変な事しようとしてるのに止めようとしな「妹の初めてはなんとなくレイさんかなって思ってたんで大丈夫です!」あぁもう、心を読むな心に直接語りかけるな!怖い上に見辛い事この上ない!
「助けてくれロッシェさん!このままだとドルチェが何をしでかすか!後でライカ、漫画の資料として貸すから!」
「えぇ!?」
「剥いていいんですか!?」
「うぇ!?」
「いいよ!」
「ふぇぇぇ!?」
「…………あの、やっぱりレイさんって鬼畜なのでは…………」
一の犠牲で二を救う、仕方ないです。オレハワルクナイ。たぶん。
「そう言われては仕方ありませんねぇ!暴走するドルチェを止めるにはこれが効果的!パスです、レイさん!」
「応ともさ!」
ドルチェを引き剥がすのに必死で見ないまま飛んできたものをキャッチする。それは…………何これ、布?
「…………あ、あの、レイさん。あの、それ…………」
「…………やっぱり鬼畜…………いや不可抗力?いやどっちにしろ倫理的にどうなんでしょう…………」
「え?…………どわっ、ちょっ、これ!?」
俺が受け取った、布らしきもの。それは…………
…………リボンとフリルの付いた、パンツだった…………。
「こんな事もあろうかと用意しておいた、ドルチェのパンツです!」
「なんてもん用意してんのロッシェさん!これ、ドルチェの目の前でやる事じゃな…………」
刹那。
パンツは、俺の手から剥ぎ取られた。
「あっ、え、ど、ドルチェ?」
「ドルチェちゃん?そ、その…………落ち着いてくださいねー?」
先程までの顔を真っ赤にして混乱していた様子はどこへやら、鬼神の如きオーラを発しながら、ドスドスと足音を響かせロッシェさんに近づく。
や、やばいぞこれ…………。
「…………お姉ちゃん、ちょっとお話する必要があるから…………あっち、行こうか」
「ふっ…………これでいいんです!一を犠牲に三を救ってやりましたよ!…………あっ、首根っこはやめてください」
はっ!?ま、まさか、最初からそのつもりで!?ロッシェさん、男前すぎるだろ…………動機は不純極まりないけど…………。
「という訳で、ライカさん後でよろしくお願いしますね!」
「へぇ、口きく余裕あるんだ。だったら尚のこときつい罰を与えなきゃね。自分の犯した罪の重さを知れ、罪人」
「あんっ!だから、首根っこは…………ひぅん!ちょっと…………アリかも、はぁはぁ…………」
なんか卑猥な声を上げながら、黒ドルチェに引き摺られていくロッシェさんだった…………。
「…………あの人は痴女かなんかなんですか?」
「いや、エロ魔人」
「より酷い呼称を…………」
「それよりなんて約束取り付けてくれたんですかレイさん!?私の純潔はどうなるんですか!?」
「がんばれ」
「酷い!?」
「まぁ、今度パフェ奢るから許せ」
「やったぁ!レイさん大好きです!許します、許しますとも!」
こいつのチョロさは、時として心配になる。
…………まぁ、話を戻すと。大分戻すと、魔王に話を聞きに来た訳なんだが…………。
「そういえば魔王いなくない?」
「確かにそうですね、魔王さんいませんね。ダイニングとかでしょうか?」
「つまみ食いだな」
「ですね」
「…………魔王さんって、そんな事する人なんですか?」
「「する」」
「王って…………」
まぁ、政治担当は魔将軍って言ってたし。隠居してあんな面白いおっさんになってても不思議ではない。
「何か魔王さんどこいったか分かる手がかりありませんかねー…………って、おっ?」
「どした、ライカ?」
「えっと、書き置きですね。なになに…………わっつ!?」
「ど、どした!?何が書いてあったんだ!?」
「レイさん!コルネさん!これっ!!」
ライカが差し出した紙切れを読む。そこには…………。
『なんだか不穏なこの事件。
ぞくっとする気配を感じながらも、調査を開始した。
がんばって真実を探し、辿り着いたのだ。
とても疲れた。ビール飲みたい。ポテチ付きで。
けども、どうやら犯人も勘づいたようで。
まぁ、襲いにきた訳だ…………
せっかく真相に辿り着いたのに、これでは…………!
んぅ、もどかしい…………!魔王、キレそう。
でも、これだけは書き残しておく。後続の為に。
しかし、見つかって消されてもあれだから暗号で。
ただ、難しいから頑張って解いてくれ。
【このじえん はんにには かぬやまさ】』
魔王が残したと思われる、事件のヒントと思しきものだった…………!




