57.猛特訓の成果・ここに極まれり
「腕が鳴ってきました!今ならモンスターもコテンパン!です!」
そう言って腕をぺちぺちと叩くリコ。確かに音が鳴ってるけど、腕を鳴らすってそういう意味じゃないと思うんだよなぁ…………。
とらっかで移動しながら、俺はそんなことを考える。未だにリヴィ達は帰って来ていないが、とらっかは便利屋に残っていた。話を聞くに…………
『はぁ…………ご主人様、どこへ…………?探したくても、ボクにはご主人様を探す術がないです…………。あっ、でもボク自動運転出来るんで、他の依頼とかご主人様を迎えに行く時は是非使ってくださいね!ボクが役に立つのをご主人様も望んでいるでしょうし!』
とのこと。健気ないい子だな、とらっか…………。そんなとらっかを轢殺なんかに使ってやるなよリヴィ…………。…………あっ、でもそういえば、
『敵を轢いて異世界に送ってやるの楽しいですぅ…………思い出すと涎が、えへへへへ~』
なんて事も、この前言ってたんだよな…………。この世界でも、トラックに轢かれると大抵異世界転生するらしい。どこの世界も案外変わらないものだな…………。
そんな訳で、『必ず帰ってきます』の宣言通り、エクレアさんのトレーニングを終え戻ってきたリコの依頼を解決するため、六花やクッキーも連れてナチュレ平原へ向かう俺達。…………ちなみに、エクレアさんは、
『いつもみている』
という書き置きを残しいつの間にかいなくなっていた…………。ホラーにしか見えないが、おそらく『お嬢様が危険になったら直ぐに駆けつけます』ってことなんだろう…………。そうだと願いたい。
「やる気十分だね~」
「はい!エクレアが厳しく特訓してくださったおかげで、何でも出来そうな気がします!」
そうは言うものの、この前の非力さの極み状態を見ていると不安が…………。
「…………この前まで戦う力なんて持ってなかったのに、大丈夫なの?」
その言葉は辛辣だが、目には心配の色が窺えた。六花も俺と同意見のようだ。
「やることはやりました!やらないでどうなるかよりも、やってみたいんです!」
「…………うん、そこまでの覚悟があるなら、まぁ大丈夫なんじゃない?あたしも援護するわ」
「ありがとうございます、ハナさん!」
辺りにはほのぼのとした雰囲気が広がっていた。六花って、やっぱり姉気質だよなぁ…………。
いつもと人数自体は変わらないが、こういったやり取りに安心感を覚えるのは問題児のせいだろう。隙あらば爆発し、危険運転し、うっかり何かをへし折り…………。
…………でも、そんなあいつらでも。いや、そんなあいつらだからこそ、居ないと寂しくなる。『こんな問題児、仲間に要らんわ!』と思ったことは何回もあった。でも果たして、あいつらがいなくて俺はこの世界で暮らして行けたのだろうか?
おもむろに近くに置いていたレモンジュースを手に取り、飲み干す。酸っぱさが身にズンと沁みた。
…………答えは『No』だ。リヴィがいなければ、俺はこうして何かに触れることすら叶わなかった。ルミネがいなければ今頃一文無しのホームレスだし、ライカがいなければそもそもこの世界に来ることすら出来なかった。
…………あいつらは、このまま帰ってこないのだろうか。この数日間、何のの音沙汰もなければ帰ってくる気配もなかった。もしかしたら…………でも、それは、あまりにも。
…………だから、なんというか。今までぞんざいな扱いをしていたと言うなら、謝るから。活躍を褒めなかったことが不服だと言うなら、褒めちぎるから。
…………だから、せめて連絡は入れろよ…………帰ってこいよ…………。
『この丘を越えたらモンスターの棲息地帯です!みなさん、戦闘準備お願いします!』
「おっ、そろそろだね~」
「はい!パワーアップしたわたくしの力!存分に!見せてあげます!」
「ったくもう、調子に乗って…………ほら、玲。行くわよ」
周りが騒ぐ中、そうして六花が俺の方に手を差し伸べる。
(あんた、なんか気に病んでる顔してるけど…………便利屋の仲間の件でしょ?大丈夫よ、あんたが悩む必要はないわ。悩むくらいなら、自分が出来ることをやりなさい。探すにしろ無事を祈るにしろ、ね。あたしも手伝ってあげるから)
そして、小声でそう告げた。…………すげぇな、全てお見通しかよ。
…………でもまぁ、そうだよな。この世界に来てから初めて感じた寂しさにナーバスになってたな、俺…………。あいつらが同じ状況に置かれたら、多分。
『え?いや、何を悲しむ必要があるの?見つければ、万事解決よ』
『悲しむなんて、ナンセンスです!どーしても帰ってこなかったら、私から迎えに行きますからっ!』
『やるか迷うなら、やってみる!脳筋かもしれないけど、それが一番だから』
とか、言うんだろうな。…………よし!落ち込むのはもうやめだ!
「あぁ、ありがとな六花」
「べっ…………別にあんたのためにアドバイスしたんじゃないんだからね、ウジウジしててキモかったのよ」
「へへ~はなちゃんツンデレ~」
「きいろ、うるさい!そろそろ戦闘開始よ」
『その通り!そろそろですよ、みなさん!』
「はいは~い!」
「やる気出てきました!」
そう言って、とらっかで丘を登る。凸凹した斜面で車体が揺れるのも、不思議と心地よかった。
「さぁ、この丘を越えたら…………」
越えたら…………!
「戦と…………うぇ?」
…………越えたら…………。
「何これぇ~っ!?多いってレベルじゃなくない!?棲息地帯ってこんなにモンスターいるもんなのっ!?」
…………ドラゴンとかキメラとかが犇めく、魑魅魍魎の平原地帯と化していた。
流石のこれには、いつも飄々としているクッキーも驚き…………って冷静に分析してる場合じゃねえ、これ!
「ちょっ、とらっか!?これどういうことなんだ!?」
『わわわ、わかりません!普段はトカゲとかカエルとかがいっぱいいるんです、ここ!何があったんです!?』
ってことは、この事態はイレギュラー!何かモンスターが増殖した原因があるはず…………なんだけど。
「ねぇ…………なんかあいつら、こっち見てない?」
汗を垂らしながら、六花が問いかける。俺の背中にも不快な汗が伝った。
「…………うん、こっち見てるな。『美味そう』って目をしてる」
刺すような視線が背筋を凍らせる。地球で生活をしていたらまず向けられることの無い、獲物を狙う冷たい視線だ。思わず足が竦んでしまう。
「と、とりあえず逃げないとじゃない!?あたしとはなちゃんじゃありゃ無理だよ、しずくんも無理でしょ!?」
「無理に決まってんだろ!?」
「じゃ、じゃじゃじゃあ早く逃げないとマズくないっ!?こっち走ってきてるよ!?」
怪物軍団は遂に咆哮を上げ、こちらへと突進してきた!マズい、これはマズい!早く逃げないと命が危ないってレベルだ!
「とらっか、撒けるか!?」
『い、一応やってみます!みんなしっかりシートベルト閉めてください!』
「ほらリコ、早くシートベルトを…………ってあれ、何処いるの」
六花がそう言いかけた瞬間、刹那。
「『インフィニット・スパーク』」
眩い閃光が視界を塗りつぶし、横に衝撃が走り、轟音が鳴り響いた。
視界が回復するのを待って、辺りを見回すと…………。
「…………え」
「…………何、これ」
『…………ふぇ?』
「り…………リコちゃん?」
…………いつの間にかとらっかの外に出たリコと、稲妻が直撃したかのような焼け野原と、薙ぎ倒されたモンスターの姿があった。
「…………まだ、全然残ってます!行きますっ!!『メガロフレイム』っ!!」
リコの華奢な腕から、似つかわしくない業火が放たれる。激しい衝撃が伝わってきた。思わず目を閉じ、再び目を開いた時にはさっきよりも多くのモンスターの死骸が…………。
「いやっ、ちょっ…………は?」
「な…………何だよ、あれ」
「…………と、とらっかちゃんとらっかちゃん。あれ、何なのさ」
『…………最上級魔法ですね、はい』
「…………そんなものを、リコちゃんが」
『使ってますね』
思わず目を疑う光景だが、頬を抓っても頭を叩いてもセルフ腹パンを決めてもその光景が覆ることはなかった。
…………つまり、マジだ。
「このままじゃ家事になっちゃうので…………『グラキエース・カルケル』!」
さっきまで地獄の業火が巻き起こっていた平原は、一瞬にして氷の牢獄と化した。氷漬けになったモンスターの生死は、確認するまでもないだろう…………。
「『グラキエース・キャノン』!『グラキエース・キャノン』!『グラキエース・キャノン』ッ!!」
そして、リコは巨大な氷の結晶を次々に打ち出す。口を開けて惚けている内に、モンスターは次々に蹂躙されていく。状況が理解出来ぬまま、数分後。
「ふぅ…………お掃除完了です!」
灰燼と化した焼け野原をバックに、可愛らしい笑顔でリコが微笑んでいる珍妙な構図が誕生した…………。
「ね、ねぇ…………リコ」
「はい、何でしょう?」
「今の…………何よ」
六花が恐る恐るリコに質問をする。それに対し、はにかんで一言。
「エクレアがしっかりトレーニングしてくださったおかげで、ここまで強くなることができました!」
俺は、エクレアさんの正体が分からない。
リコに元々魔力適正があったのかもしれないけれど、それにしたって三日でこれは強くなりすぎだろ…………。どういうトレーニングなのか知りた…………いや、やっぱいい。知りたくない。
「リコちゃん…………もうあたし達召喚した意味ないくらい強くなってんじゃ~ん…………才能の塊なのぉ…………?」
「えへへぇ~そんなことないですよぉ~」
よっぽど嬉しいのか、締まりのない顔でリコが人差し指同士を付き合わせてくにくにさせる。まぁ、何はともあれやっつけたからいいか…………いいのか?
…………それにしても、どうしてこんな所に沢山のモンスターがいたんだ?ただの自然現象…………!?
何だ、今の!?モンスターがいなくなったのに、背中を刺すような緊張感が再び走った!?何かが…………いる?自然現象じゃないとしたら、これはもしかして…………。
「…………なぁ、リ…………コ!?」
顔を上げると、そこには…………!?
「ちょっ、リコ!?」
「う、うしろうしろ!」
「えっ?…………ッ!?」
巨大なゴーストのようなモンスターが、リコに爪を向ける!
「危ない、お嬢様ッ!!」
刹那、空間に穴が空き、エクレアさんが現れる!俺も手を伸ばして救出を試みるが…………
…………走る衝撃に耐えられず、他の皆共々吹き飛ばされた。口に入る砂利の感覚が気持ち悪い。三半規管をやられながらも、必死に顔を上げると…………
「…………リ…………コ…………!?」
顔を上げると、そこには…………。
…………腹部を貫かれたリコとエクレアさんがいた。




