05・余聞
05
そうして、二人は疑問を私に押し付けたまま、また異界へと消えて行った。
卜部は私に何も言わなかった。
私は長いこと、二人が落ちて行ったフェンスの向こう側を見ていたが、そこには校庭が見えるだけ、とても異界へ通じているとは思えなかった。私は飛び込んでみようかと思って、やはりやめた。
振り返ると、エリザ先輩が一人、フェンスにもたれ掛かって煙草を吸っていた。
何時の間にか、芙佐先輩は何処かへ消えている。
「負けちゃったね」
「…あんなの無いですよ。それに、先輩が黙ってたのが許せないです」
私が言うと、彼女は私を向いて、ぷっと吹き出し笑った。
「おぼこだ、かわいいなあ」
「莫迦にしてるんですか?」
頭にきた。
だから口調を強めると、彼女は言う。
「そんなつもりはないから」
「でも」
私は問いつめたかった。
先輩達は一体何を隠してるのだと。いつの間にか芙佐先輩は何処かへ消えたこともそうだし、どうして学校でアイテムを使えたのか。彼が言ったんだ、こっちでは使えないって。なのに、どうして。
「いいじゃない別に」
そう言うエリゼを私は睨む。
「芙佐先輩は、どっちへ?」
わかってるけど、聞いた。
彼は、私が最後の話しを聞いている時に消えたのだろう。
「アイツから何を聞きたい訳」
そうエリゼは言う。煙草の煙が、厭になる。
聞きたい事なら、沢山。どうして攻略組のアイテムを彼が使えたのか、そして何故腐肉の撃破を知ってるのか。ぐるぐると質問が頭の中で回る。
「…全てです。隠してる事、全部」
先輩は、答えてくれるだろうか?
いや、吐かせてやる。
そう言う事を考えてると、エリゼ先輩は口を開いた。
「そね、色々黙ってるからね、私たち。それはワルいかなって思うよ」
悪びれた様子は無い、告白だった。
「…何を知ってるんですか、先輩達は」
私が言うと、彼女は「信じるかは、後輩ちゃんの勝手だよ」と先手を打ってから語った。
「どうして、ループやマグメイルの仕組みを分かったのだと思う?」
「…ゲームだからって気がついたからでしょう?」
「でもそれでもさ、最初に誰かが試さないと行けないでしょ?――――――信じなくてもいいけど、私たちは、最初にソレに気付いた訳」
私は、エリゼの顔を見る。嘘をついてるとは思えないが、作り話にも聞こえた。
「ループしてる、クリアしてる。そして、飛び降りると、っても条件あるんだけどね。別世界に行けるって」
紫煙がこちらへと漂ってくる。臭いもんだと思っていたのだが、バニラの薫りがした。
「でね、行ける事に気がついた奴は、それに縋った訳。向うなら、ここから出られる手だてがあるんだと期待してね。さっきみたいに、死んでも、仲間が裏切っても、挑んだ。そんな馬鹿が何人もいた」
彼女は其処で煙草を捨てた。
「酷い戦い。さっきのあいつらとは比べ物にならない。もう自分が死んでいるのか、果たして人間でいられてるのかも分からない。ただ武具を手に敵を払い続けた」
彼女は遠いところを見る。
「でも、その果てに何があったと思う?世界の仕組みを解き明かした後に残ったのは、何も無かった。救済が与えられた、ごくごく例外を除いて。そして彼らは戻って、絶望する。ああやはり抜けられなかったって」
そう言って、彼女は黙る。
「…先輩達はクリアしたんですか、アレを?」
「したとは言ってないね」
「そう聞こえますが」
私が言うと、彼女は、新しい煙草をくわえる。
「本当の事を話すと思う?」
彼女の視線が、冷たく、鋭くなる。
「だとしたら、酷い話しじゃない?この学校で動けてる奴の何人かはクリアしても戻れない事を知ってて黙ってるんだとしたら、なんて酷い奴だろうね。でも、彼らは――希望を持たすべきだと思ってるんでしょうね。絶望を露見させるよりは、隠したままで、彼らが教室で生ける屍になる方が救いだと思ってるんでしょうよ。そうとも考えられない?」
「…それって」
私が言おうとすると、エリゼ先輩は煙草に火をつけた。
「これ以上は話さない」
断言だった。それから彼女は悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「だってアタシも嘘をついてるから。他の事は、芙佐に聞いて」
「逃げるんですか?」
「ううん、信じて欲しくないから」
そう言うと、彼女は笑って言う。
「ソレにね、芙佐から聞いた方がいいと思うんだー――アタシなんかより、好きな男の子の事を信じた方がいいでしょ?何倍も」
何を言うのだこの人はと、私が思うと、そのとき突風が吹いた。
私が思わず目を閉じると、まるで夢の用にエリゼ先輩は消えてしまった。どうなったんだと思って、私はアタリを見渡すが何一つ見つける事が出来なかった。あの、煙草の薫りさえ――もうしなかった。
そのまま部室に戻ると、先輩は一人、団扇で扇いでいた。
「…エリゼ先輩に聞きました」
そう話しかけると、彼は顔を上げた。
「そか」
「どうなんですか?」
彼は、苦笑した。
「どうなんだろうな」
「はっきりしてくださいよ」
私が言うと、先輩は顔を上げた。
「こんなのが現実だよ」
そう、彼は微笑んだ。
了
完結です。
ありがとうございました。




