表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/7

闘う公爵令嬢





風が、リゼの長い髪をいたずらに揺らした。




「リゼ様、今日も城に行かれるのですか?」



ドレスから早く楽な格好になりたくて、急いで屋敷に戻ろうと走っていたとき、ふいに後ろからかけられる声。



そこにいたのは、メイドのアンナで、隣には執事のヴァンも立っていた。



「もちろんよ。ヴァン、馬の用意をお願いね。アンナは着替えを手伝って。」



はぁ、とため息をついたのはアンナ。



「リゼ様、久しぶりにドレスを着てくれたとアンナはとても感動しましたのに、もう脱いでしまわれるのですか?もう少しアンナに余韻をくださってもよろしいのでは?」



せっかく目の保養でしたのに。



アンナの小言に、「あー、はいはい。」と返しながらも部屋に向かう足は緩めない。



「あー、もう、ほんとドレスって不便だわ。足が上がらないし、風で持ち上がるし、歩きづらいし。」



部屋につき、背中にあるドレスのチャックをアンナに降ろしてもらうと、一気にドレスを脱ぎ捨て、開放感に両手を広げた。



「リゼ様!はしたないです。奥様が嘆いておりましたよ。私は公女を産んだはずなのにって。」



「あら。お母様だって昔はおてんばだったって伯母様から聞いてるわ。」



騎士服に着替え、髪をポニーテールにまとめ上げながらそう言うリゼに、アンナははぁ、と大きなため息をついた。



「リゼ様、あまりアンナを興奮させてはいけませんよ。」



そこに入ってきたのは、ヴァンだった。



「馬の用意ができております。本当に馬車で送らなくてよろしいのですか?」




馬は馬でも、リゼは馬車なんて使わない。



馬の背に飛び乗ると、行ってきます!と颯爽と駆け出した。



「、、、本当に。元気があるのはいいのですが、公爵令嬢としてはいかがなものでしょう。」



遠くなるリゼの背中を見送りながら、アンナはまたはぁ、と大きなため息をついた。





「遅いぞ、リゼ。」



城の大きな演習場に、強硬な男たちが並んでいる。



その中で、黒髪の若い男が、遅れてやってきたリゼを見て怪訝そうに眉を顰めた。



「お客様が来てたのよ。でも団長の挨拶には間に合ったでしょう。」



その男の隣に立つと、リゼはうざったそうにポニーテールを揺らした。



「クロード、リゼ。団長の挨拶が始まるぞ。私語は慎め。」


クロードと呼ばれた男は、注意されたことに不機嫌そうな表情を浮かべリゼから顔を背けた。




「今日の演習は、2ヶ月後に控えたエリシア様の17歳の誕生日を祝う式典に向けて最終的な立ち位置の確認も兼ねている。みな気を引き締めるように。」



団長の言葉に身が引き締まる隊員たち。



通常、王族を守る護衛騎士である近衛騎士団に女性は在籍できない。



しかしリゼは、その実力と、そして




「総長だ。」


「総長がいらっしゃった。」



「みな、ご苦労様。リゼ、少しいいか?」



近衛騎士団をはじめ、王国に属するいくつかの騎士団、兵団を束ねる存在、宮廷護衛隊総長、ゼン・クラウディアの妹であることが大きい。



そして、



「エリシア様が、至急部屋に来て欲しいと言っている。」



ロザリア王国第三王女、エリシアの幼馴染であるから。




「リゼ!ドレスが決まらないの!」



部屋に入ると、泣きそうな顔で抱きついてきたのはそのエリシア王女張本人。



「ドレスなんてなんでもいいじゃない。動きやすいのが1番よ。」



「お前の価値観と一緒にするな。」



リゼの後ろから部屋に入ってきたのはクロード。



「ちょ、あんたなんでついてきてるの?」



「俺は総長に直に呼ばれた。」



「兄様ならここにはいないわよ。執務室じゃない?レディが着替えるんだから男は出てって。」



リゼに背を押され部屋を追い出されるクロード。



「あら、別にいいわよ、クロードだもの。子供の頃から私たち、着替えなんて同じ部屋で何度もしてきたじゃない。」



エリシアの天然発言に、焦ったクロードは、



「お、女の着替えを除く趣味はない。リゼ、早く戻れよ。」



それだけ言い残し、バン!と部屋の扉を閉めて出ていってしまった。



「なにあいつ。」



リゼの深底怪訝そう顔に、ふっ、と吹き出したエリシアは、「クロードったら。ああいうところ昔と変わらないわね。」



あはははは、と楽しそうに笑うエリシアを見て、リゼもまた笑った。




ふ、と、思い浮かぶ光景。



城の庭を駆け回る子供たち。



身分も立場も何もわからない頃、

ただ無邪気に笑って、一緒の時間を過ごした、あの頃。




あの頃は、



ずっとこのまま続くものだと思っていた。




――誰も、何も失わずにいられると。



けれど。




(そんなわけ、ないのに)




リゼは、小さく息を吐いた。






エリシアと別れて訓練場に戻ると、まだクロードは戻っていなかった。



近くにいた騎士に、声をかける。



「クロードは?」



「総長に呼ばれて一緒に行ったきり戻ってないですね。」



「そう。」



その日、午前中の訓練を終えても戻ってこなかったクロードを探して、リゼは城の庭を歩いていた。


そのとき、



「じゃあお前リゼ様に勝てるのか?」


「無理だろ。うちの団員でリゼ様より強いのは団長くらいだよ。」



休憩中の仲間の騎士のそんな会話が耳に入る。



ふふん、と得意げな気持ちになったのも束の間、次に聞こえた声に、リゼは足を止めた。



「おい、聞いたか?クロードに、次期副団長の話が来てるらしい。」


「さっき総長に呼ばれてたのはその話だったのか。」



クロードが次期副団長?





バン!


兄様!


扉を開けると、そこには正面の机に座るゼンと、その机の前に立っているクロードの姿が目に入った。



「リゼ。部屋に入る時はノックをしろと何度も言っているだろう。」



「、、、すみません。それより、本当なんですか?クロードが次期団長って。」



「もう広まってるのか。噂好きがいたもんだな。」



ゼンの返事に、否定をしないと言うことは、肯定、と言うことなのだろう。



私の方が強いのに。



その言葉は、言いたくて飲み込んだ。




わかってる。



私は女だ。



どんなに強くなっても、女であることは変えられない。


「、、、リゼ。」



クロードが何か言おうとしたけれど、その続きを聞く前に背中を向ける。



「、、、クロード。おめでとう。」



強くなりたい。



ずっとそう思って頑張ってきたのに。



私は認めてもらえないの、、、?





リゼが出て行った部屋で、残されたクロードに、



「クロード、すまないな。」



何に対してなのかわからない謝罪を口にするゼン。



「、、、いえ。」



「お前にはみんな期待している。お前ならできるよ。俺が保証する。」




尊敬するゼンに、次期副団長にと推薦してもらえて、こうして直接話をしてもらえて、嬉しいはずなのに。



さっきのリゼの顔を見て、複雑さに顔を歪めるクロードに、ゼンはそれ以上何も言うことができなかった。




---




「今日はエリシア様の護衛だ。


無事目的地に着くまで、みな気を抜かずに任務に当たるように。」



数日後、近衛騎士としての任務。


王女エリシアを、隣国のアルディス王国まで護衛しなければならない。


アルディスは豊かな資源に囲まれた平和な国だが、そこに行くまでの陸路に問題があった。


昔から小競り合いがつきない西のウエスト領と隣接する北のノース領のそばを通るのだ。


その辺りは治安が悪く、例え国王軍だとしても安心はできない。


そこを通らなくてはいけないわけではないが、もう一つの、海を渡るルートだと倍の日数がかかる為、なるべく戦場の近くを通らないようルートを変えながら陸路で向かうことに決まった。



「リゼは北側、クロードは西側の陣営で組んである。アルディスの領地に入ったら安全な場所で合流だ。」


団長の言葉に、リゼは目を見開いた。


エリシアは西側で守ることになっている。


つまり、エリシアを1番近くで守るのは、クロードだ。


「次期副団長として、頼むぞ。」


「、、、はい。」



団長とクロードの話が、頭に入らないくらい、リゼは悔しさに拳を握り締めた。






「最近リゼ様とクロード、ギスギスしてないか?」


「喧嘩でもしたのか?」



「さぁ。」



団員たちはそんな噂話をしている。



実際、クロードが次期副団長という話を聞いてから、リゼの中でクロードに対する嫉妬にも似た悔しさがあった。


子供の頃から私に一度も勝ったことないくせに。


そんな気持ちが、クロードに対するリゼの態度を酷くした。


クロードは、リゼの機嫌が悪いことに対して、何も言うことができずにいた。





「北側がらやられた!ノースのやつらがウエスト兵と見誤って攻撃してきたとのことだ!」


「なんだって!」


エリシアをアルディス王国まで護衛しながら向かう途中、順調に行けば何の問題もないはずだった。

治安が悪いと言っても、自分たちは国王軍で、ただ通るだけ。


念の為、団を2つに分けたが、それは戦闘するためではなく、広く辺りの状況を把握するためだけにだった。


それなのに。




「北側の陣営はほぼ壊滅と報告が入った!誰か向こうに行けるやつは!」



予想外の事態に、クロードは考えるよりも先に体が動いた。




「、、、すまん、王女を頼む。」



「おい、クロード?」



エリシアの乗った馬車の1番近くにいたクロードは、団員たちの報告を聞くとすぐに剣を手に取った。


自分の使命は王女であるエリシアを守ること。


そんなこと当たり前で、わかっている。


王女を守るために今自分が動くわけにはいけないことも。


でもそれでも。







クロードが駆けつけると、その光景に目を見張った。


そこかしこに血が流れ、倒れる兵の姿。


見知った顔もある。


クロードは必死に探した。



「リゼ!」



もう一度名前を呼ぶ。


「リゼ!」




その時、視界の隅に青銀が揺れた。



リゼ様!そう叫ぶ兵の声。


クロードの足が咄嗟に止まる。


振り返った先、ゆっくりと倒れ込むリゼの姿が目に入った。



「リゼ!」




「、、、クロード?」



腕や肩から血を流し、その髪は肩までバッサリと短くなっていた。



痛々しい姿のリゼ。



その姿を見た時、ひゅ、とクロードの胸が冷たくなった。



「!クロード、あんたここでなにしてるの!?」


う、と小さくうめきながらも、クロードに気付いたリゼは、ここにいるはずのないその姿に、怒りと絶望が混ざったような顔で声を荒げる。



「エリシアは!?あんたが守るのはエリシアでしょう!たとえ私がここで死んだってあんたはエリシアを守るの!戻りなさい!」



ふー、ふーと肩で息をしながら必死にそう叫ぶリゼ。


『たとえここで私が死んだってー』



その言葉を聞いた時、クロードの顔色が変わった。



「...ふざけんな。」



「は?」



「お前が、、、お前がいない世界で、、、



「俺は、どうやって生きればいい、、」



小さく、消え入りそうな顔で、


クロードが、切なそうに、瞳を揺らす。



リゼが息を呑んだ。



「、、、クロ、」


ド、と言い終わる前にまた第二波の攻撃が来る。



「おい!リゼ、クロード!話は後だ、とりあえず西側に合流するぞ!」




仲間の声に促され、クロードはリゼの手を掴んだ。


「ちょっ、痛いってば!」



リゼの手を掴んだまま、リゼの方を見ようとはしない。


リゼの手を掴んだまま、クロードは走り出した。


リゼは、自分の手を引き走るクロードの、その手の強さに、もう何も言うことができなかった。





「リゼ!!」


リゼの姿を見つけたエリシアは、ホッとしたようにリゼを強く抱きしめた。



「リゼ、髪が、、、!それに、ひどい怪我を、、、」



目にいっぱい涙を溜めるエリシアの頭を撫でながら、


「長いの邪魔だったからちょうどよかった!」


そう言ってなんでもないように笑うリゼ。



その腕や肩に巻かれた包帯が痛々しかった。



いつもそうだ。


リゼはいつも無茶をする。


怪我をしても、ボロボロになっても、何度でも立ち上がる。


自分はそんなリゼをただ見守ることしかできない。


だけど守られることが嫌いなリゼは、いつだって誰よりも強くあろうとする。




「、、、いいかげんに、してくれよ。」



クロードは、エリシアと話をするリゼを見て、悔しそうに拳を握りしめた。





リゼは、子供の頃から頑固で負けず嫌いだった。


昔、リゼが近衛兵に入りたいと言い出したときも、周りはみんな、立場も身分も持っている公爵令嬢が何を言い出すのか、女の子なんだから、と反対したが、リゼは当時すでに宮廷護衛隊に所属していた兄のゼンに頼み込んで護衛隊の試験を受けることになる。


リゼはもともと剣才があり、その頃もうすでにその辺の男たちよりも戦闘スキルは高かった。


それで今の団長がリゼを気に入り、自分の隊で面倒を見ると引き受けてくれたのが3年前。


リゼが14歳の頃だ。


クロードはその時16歳。


騎士になるつもりはなかったが、リゼを放っておけなかった。


父親が元団長だったこともあり、志願すると簡単な実技と試験のみでリゼと同じ隊に所属することができた。


あの時もリゼは悔しがっていた。


明るくて、元気で、いつも周りを明るく照らす太陽のような少女。


だけど自分は伯爵家の次男で、リゼは上位貴族、公爵家の生まれだ。


誰よりも大切で大事だと思っていても、クロードがその気持ちをリゼに伝えることはなかった。


ただ、そばで守れればそれでいいと思っていた。



リゼよりも、強くならなければ。


リゼよりも強くなって、自分がリゼを守ればいい。


それが、クロードが戦う意味ーー。


そんなクロードの気持ちなど知る由もないリゼ。




『お前がいない世界でー』




だからこそリゼは、クロードのこの言葉の意味を、まだ理解できずにいたーーー。






それからしばらくして、今度は王都の近くに現れた魔獣退治の任務が当てられた。



近衛兵と言っても自分たちの騎士団は国王専属ではなく、国王の子息、息女を守る騎士団だ。


クロードとリゼは、その中でも第3王女、エリシアを護衛対象とする、国王軍第3近衛騎士団に所属している。


でも、王女を守るだけが使命じゃない。


国の安寧を守るのもまた任務の一つで、王国に危険が迫れば戦場に赴くことは多かった。



小さな村の近くで暴れ出した魔獣。



逃げ遅れた人々。



リゼが、倒れている少女を見つけてかけよる。



「大丈夫?!」


しかし少女は、そこから動こうとしなかった。


「ママが、、、」


女の子が指差した先、崩れた家の瓦礫の下に女性の身体が見える。


少女の母親なのだろう。



「大丈夫よ。私が助ける。絶対守るから。」


リゼは近くにいた仲間に少女を任せると、その崩れた家に向かった。



「待て、リゼ。危険だ。」


クロードが止めるが、リゼはその手を振り解いた。


「今にも全部崩れるかもしれない。助けるなら今しかない。」



リゼが瓦礫に手をかけたその時。




「魔獣だ!まだ生きてたぞ!」



叫び声に振り向いたとき、大きなドラゴンのような魔物が、空に羽ばたいた。



「リゼ!」


魔獣はリゼに向かって降下する。


リゼが剣を手に取る。


クロードが走る。


その時、仲間の近くにいたはずの女の子が駆け出した。

まっすぐにこちらへ。

母親のもとへ。


「こっちへ来てはダメ!」



リゼの叫びが、魔獣の攻撃によってかき消された。





自分の腕の中で冷たくなる女の子と、瓦礫の下から引き抜いた母親の冷たい身体。


リゼの身体も震えていた。


今ここで自分が崩れたら隊の士気が下がる。自分は泣いてはいけない。


その時、草を踏み締める音、そして「リゼ。」自分の名前を呼ぶ声。


ツン、と胸に冷たいものが込み上げる。


「、、守れなかった。」


「、、、ああ。」


「絶対守るって、、、大丈夫って言ったのに。私、、、嘘つきだ。」


「、、、お前は悪くない。」



人前では絶対泣かないリゼ。


でも、顔を上げてそこにいたクロードと目が合ったとき、止められなかった。


自分の頬を伝う涙。



「、、、あ、、、ちが、これは、、、っ」



慌てて瞳をこするリゼを周りから隠すように立つたクロードは、


「わかってる。」と一言だけ言って、そのままリゼの目の前に横たわる少女の顔に手をかざす。



そっとその瞳を閉じてやると、

「帰ろう。」とつぶやいた。



リゼは涙を拭って、顔を上げた。






討伐から王都に帰った後、リゼの様子がおかしくなった。


クロードと目を合わせようとしない。



あの時、周りはリゼの涙に気付かなかった。

ただクロードと話しているようにしか見えなかった。

だけどリゼは、弱い自分を見られたことでクロードにどう接していいかわからなくなっていた。



あの日から自分を避けるようになったリゼに、次第に苛立ちを募らせるクロード。



そんな状態が1週間ほど経った頃。



我慢の限界が来たクロードは、その日の稽古が終わったとき、自分に一瞥もくれずに戻ろうとするリゼにの前に立った。



「なんで避ける。」


「避けてない。」


「避けてるだろ。」


「どいて。」


「避けてる理由を言え。」



そんなやりとりを幾度か続けたあと、リゼが声を荒げた。



「、、、っ、あんたといると、私が弱くなる。私でいられなくなる。私は強くいなくちゃいけないのに!」



そう言って手を振り解いて離れていこうとするリゼのその手を掴んだ。




「違うだろ。」



クロードの低い声に、リゼの足が止まる。



「強くなくちゃいけない、そうお前は言うけど。お前の強さは弱さの上にある。守りたいんじゃない、失うのが怖いんだ。だからいつも自分を犠牲にする。」



お前は気づいていないみたいだけど、




クロードの言葉に、一瞬目を見開き、図星を突かれて動揺するリゼ。



「あんたには関係ない。」



「、、、逃げんな!」



そんなやりとりを遠巻きに見ていた騎士団の仲間たちは、どうしたものかと目を合わせるしかなった。



ーー


「総長、少し宜しいでしょうか。」


王宮にある宮廷護衛隊本部の執務室の扉がノックされる。


「どうぞ。」扉の中から帰ってきた返事に、静かに入ってきたのはゼンの訓練兵時代の同期でもあり、リゼたちが所属する近衛騎士団の団長だった。



「お前が、呼んでもないのに尋ねてくるのは珍しいな、ルシウス。」



その姿を見て、ゼンが笑みをこぼす。



部屋の中にゼンしかいないことを確かめると、団長ールシウスは、はぁ、とため息をつき、言葉を崩した。



「お前の妹とクロードの話だよ。」



「ほう?」不敵に笑うゼンに、ルシウスはさらに深くため息をつく。



「クロードは最近いつもイライラしてて余裕ねぇし、あいつただでさえ目つき悪くてこえーのに今じゃ団員たちも完全にビビって声もかけれねぇ状態だ。リゼはリゼでクロードとは全然話さねぇのに団員たちには今まで以上に話しかけてきてて、それがまたクロードの機嫌が悪くなる悪循環になってる。やりずらいったらない。あの2人、何かあったのか?」



それを聞いたゼンは、ははは、と小さく笑う。



それは、どこか楽しそうでもあった。



「お前たちには苦労をかけるな。」



「まったくだ。」



ルシウスの返事に苦笑を浮かべると、ゼンは



「わかった。2人を呼んでくれ。」




そう言って手元にある書類を手に取った。





「お呼びでしょうか。」



執務室に入ってきた2人は、ここでも一切目を合わせない。


「リゼ、髪を切ったのか。似合っているな。」



肩まで短くなったリゼの髪を見て、ふ、と笑ったゼンは、ゴホン、とわざとらしく咳払いをし、



「お前たちに頼みたい任務がある。」



そう言って不敵に笑った。



「、、、それは、私たち2人に、ですか?」


リゼの言葉に、「不服か?」とゼン。


「兄様、、、いえ、総長。お言葉ですが、なぜ私たちに?」「私は受けます。」



リゼの言葉に被せるように短く返事を返したのはクロード。


「うん、ありがとうクロード。で?リゼは、まだ何か質問が?」



有無を言わさない氷のようなゼンの声に、リゼは慌てて「も、もちろん!私もお受けします!」



と返すしかなかった。








「なんで受けたのよ。」

執務室を出て2人きり。長い廊下を歩きながら不機嫌そうなリゼの言葉に、



「任務を選べるほど偉くなった覚えはない。」



と返すクロード。



ムッとした顔でリゼが、「そういう意味じゃなくて!私と2人だってわかっててなんで受けたのか聞いてるの。私言ったよね?あんたといると「関係ない。お前がなんと言おうと、俺がお前の近くにいちゃダメな理由にはならない。」



最後まで言わせずに言葉を被せるクロード。



「、、、なんなの?」



リゼはバツが悪そうに顔を背けた。






その頃、王宮執務室で、難しい顔で書類を眺めていたゼンは、どうしたものか、とため息を吐いた。



「リゼに縁談?父上もタイミングがいいんだか悪いんだか。」









リゼとクロードの2人にゼンから与えられたのは、王都から少し離れた小さな街を攻めてきた盗賊団の討伐という、2人にとってはなんてことのない、簡単な任務だった。正直近衛兵である自分たちの任務ではなく、市街地を守る兵団のみで事足りるほどだった。



(初心に帰れってこと?)



街に向かう道中、モヤモヤしたままのリゼは、隣のクロードを睨むように見る。



リゼの視線に気づいたクロードは、何も言わなかった。



街に着くと、入り口付近で兵士の格好をした何人かの男たちがそわそわとこちらを見ていた。



「あ、国王軍の方ですか?」



「ご苦労様です。国王軍第3近衛騎士団所属のリゼ・クラウディアと、クロード・ルイスです。」



「近衛騎士団の方にわざわざこんなところまでお越しいただいて恐れ多い次第であります。お恥ずかしながら、少々手練の盗賊団でして、私たちでは街から追い出すことが難しい状況です。負傷者も出てしまう始末でして。」



兵士の説明を真剣な顔で聞いているクロードの横顔を見る。


「お前さっきから見過ぎ。」



クロードがそう言って顔を背ける。



兵士たちが、拠点にご案内します、と歩き出すと、行くぞ、そう言って先に立って歩き出すクロードについていくリゼ。




「、、前に俺が言ったことは深く考えるな。背中は俺に任せていればいい。お前は存分に戦え。」



「、、、なに?」



歩きながら、いきなりそんなことを口にするクロードに、リゼは驚き足を止めた。




「、、、俺には弱さを見せていい。」



「、、、私は弱くない。」



「そういう意味じゃない。」




"お前の強さは弱さの上にある。守りたいんじゃない、失うのが怖いんだろ。だからいつも自分を犠牲にする"




クロードが言った『前に俺が言ったこと』。



リゼは自分でも気付いていなかったけれど、たぶん図星だった。



だからあんなに腹がたった。



でもクロードは、それでもいい、という。



俺には弱さを見せてもいいと。



それは、弱さの上にある強さを、認める、ということと同義で。



リゼは心がじんわり暖かくなるのを感じた。



クロードの背中をバン!と叩く。



「いってぇな、なんだよ?」


「寂しそうな背中してたから。」



あはは!と笑うリゼに、クロードも穏やかな笑みを浮かべる。



ここは一応戦場なはずなのに、余裕に見えるそのやりとりを見て、兵士たちは顔を合わせ、そして首を傾げるのだった。





その後、盗賊団が占領している街の酒場を2人であっという間に制圧したのはいうまでもなく。



あっという間に盗賊団の首領を縛り上げ、残りの後片付けを兵士たちに任せると、そのまま帰路に着いた。



街に向かう時と違って、帰り道、2人の間にあった気まずさは消えていた。



「私、別に私1人だけが強いと思ってたわけじゃない。それに、あんたがいると、私もっと強くいられる気がする。今日、そう気付いた。」



ポツリ、とリゼが呟く。


その言葉に、クロードは、はは、と笑った。



「今気付いたのか。遅いな。」



2人の間に、柔らかい風が駆け抜けた。







そして、もう一波乱。


新たな風が、吹くーーー。





 


「縁談、ですか?」


「ああ。リゼ、お前に縁談が来ている。受けるか受けないかはお前が決めていい。父上も俺に一任された。」


盗賊団の討伐から帰った翌日のことだった。


雰囲気が変わった2人を見て、騎士団のみんなの緊張が解れたのも束の間。


再び、波乱の風が吹く。



相手はロザリア王国とは同盟を結んでいるバスカール王国のブラウン侯爵家の嫡男で、年は20歳。


クラウディア公爵家の公女の相手には申し分ない。


「どうする?」


ゼンの言葉に、リゼはすぐには言葉が出てこなかった。


そばにいたエリシアは、心配そうに眉を寄せる。



「ゼン、それは、断っても大丈夫、ってことよね?」



エリシアの言葉には返事をせず、ゼンはリゼを見て困ったように微笑んだ。



「そう構えるな。会うだけ会って断っても構わない。」



「リゼ。この話はよく考えて返事を。今日はもういいから、エリシア様を部屋までお連れしろ。

クロードは残ってくれ。話がある。」




リゼとエリシアがいなくなった部屋の中。



「お前はどう思う?」



ゼンはクロードにそう言葉をかけた。



「、、、自分は何も言える立場ではありません。リゼが決めることです。」



相手の家柄を聞いたクロードは、ぐ、と拳を握るだけで、何も言わない。


言えるわけが、なかった。

  


「そうじゃない。お前はそれでいいのか、と聞いているんだ。」


何を、、、と言いかけたクロードは、ゼンの目を見て、ああ。この人は全てを知っている。と悟った。

 


「俺をみくびるな。昔からお前たちを見ているんだ。わかっている。身分とか立場とか、そういう話は今はいい。思ってることを言え。」


「、、、総長らしくありませんね。総長の立場ならこの縁談、断る理由がないと思います。」



「だから立場とか身分とか抜きでお前の気持ちを聞いている。」



「自分の気持ちは、、、ずるいですね、ゼンさん。わかっているなら、聞かないでください。」



はっと、クロードの顔を見た。



そこには、泣きそうな顔のクロードがいた。



総長ではなく、昔の呼び名である、「ゼンさん」と言ったクロード。

 


ゼンは、

 


「、、、悪かった。」



そう言って額を抑えた。





自分らしくない。



立場を忘れていたのは自分だ。



クロードが嫌だと言ったところで何ができると言うのか。




つい、兄としての気持ちが前に出てしまった。



そして、恐らくそれだけが理由ではない。



らしくない自分に自嘲するしかない。




ー希望を、探したかったのかもしれない。



ゼンの脳裏に、自分の名前を無邪気に呼ぶ少女の笑顔が浮かんだ。



「下がっていい。明日は非番だろう。

ゆっくり休め。」




クロードが下がったあと、目の前にある書類と写真に再び目を通す。



相手にとって申し分ない。



妹が幸せになれるなら、自分は兄としても総長としても、この縁談を進めるべきだ。




しかし、本当に進めていいのか。





ーーーー

ーー




季節が春から少し進んだ頃



「お初にお目にかかります。ユリウス・ブラウンと申します。」



栗色の髪、水色の瞳。


サラサラと揺れる髪。


優しそうな雰囲気の彼は、リゼの前にひざまづくと、そっとその手にキスをした。



女性扱いは嫌いなはずだった。



だけどなぜか悪い気はしない。




「噂はかねがね聞いております。女性でありながら男性にも劣らなぬ強さをもっておいでだと。お会いできて光栄です。しかし思った以上に聡明で美しいので驚きました。」

 


気品と気高さ。


清潔感と優しさの滲み出たその男に、まんざらでもないリゼ。



「、、、ど、どうしようゼン、、、リゼが照れてるわ、、、」



その様子をハラハラと見守るエリシアに、「なるようにしかならないよ。」とゼンは冷静に返した。



まさか縁談を受けるとは。



会うだけ会って断ってもいいと言ったのは自分だが、、本当にこれでよかったのか。



いや、この方が刺激になっていいのか?



ふ、と視線を送ると、なんとも言えない顔でリゼとユリウスを見ていたクロードは、静かに向きを変えて騎士団の方へと消えていった。






「見たか?リゼ様の縁談相手。」


「見たみた。どっかの公爵様だろ?相手に不服ないよな。あーあ。我らが第三騎士団勝利の女神リゼ様も誰かのものになっちまうのかなぁ。」


「おい。」


噂話をしていた団員たちは、戻ってきたその人の顔を見て互いに肩を叩きながら言葉をつぐんだ。



「クロード、人でも殺しそうな顔してんぞ。」



ーー




「はははは。そうなんですね、ではリゼ様はエリシア王女とは幼馴染なのですね。」


「ええ。」


パーティがある時しか着ないはずのドレスを着て中庭に通じる城の廊下を歩くリゼ。


隣にはユリウス。


訓練場に向かう途中、その光景を見かけてしまったクロードは、苛立ちを隠せない。


(なんで笑ってる。)

(なんでドレスなんか着てんだよ。)



「クロード。団長が呼んでる。」


団員に声をかけられてはっと我に帰ったクロードは、2人から顔を背けてその場を立ち去った。






その日の夜。


場所は王宮、エリシアの部屋の中。


暖炉の火がパチパチと揺れる暖かい部屋で、リゼとエリシアはアルバムを見ていた。


幼い自分たちが写っている。


「ねぇ、覚えてる?リゼ。」


エリシアがある写真に指を止めた。



「もちろん。この時、怒られてエリシア泣いちゃったのよね。」


「バルコニーからカーテンを吊るして庭に降りようとしてるところが見つかっちゃって。」


「エリシアがやってみたいって言ったんじゃない。私は止めたわよ。」


「違うわ。この時、あなたが先にやって見せたのよ。あなたとクロードが先に庭に降りていて、私が続こうとしたところで見つかったのよ。」


「、、、そうだっけ?」


「そうよ。ゼンは笑って見てたわ。止めてくれてもいいのにひどいわよね。」


「兄様らしいわね。」



思い出話をしながらアルバムをめくる。



「、、、リゼは昔から強かったわよね。いつも剣の稽古でクロードに勝ってたわ。」



「あいつが弱かったのよ。でも兄様には一度も勝てなかったな。」


「ゼンは1番強いもの。」


「なんでエリシアが自慢げなの。」




「、、、楽しかったわね。この頃。まだみんなそれぞれの立場とか身分とかなにも関係なくて、ただ一緒にいて、笑ってた。」



「、、、そうね。」



「戻りたいなぁ、この頃に。」



「、、、うん。」





そこでエリシアは、リゼをまっすぐに見つめた。



「縁談、進めるつもり?」



「、、、いい人よ。」



「それはわかっているわ。、、、クロードのことは、、、?」



「なんでクロード?あいつは関係ないじゃない、、、。」



本当に?



その疑問は口に出せずに、もどかしいまま。



コンコン。


「エリシア様。そろそろ湯浴みの時間です。」


メイドの声に、「帰るわ。」引き止めるまもなく部屋を出ていくリゼの背中を、エリシアは見送ることしかできなった。








次の日も、廊下を並んで歩くリゼとユリウス。

ユリウスは、リゼのことを気に入っていて、リゼさえその気ならいつでもこの縁談を進めるつもりだった。

ただ、気に掛かることがひとつあった。




「リゼ。」



ふいに背中からかけられた声に、ピク、とリゼの肩が揺れる。



「稽古の時間だ。」



そこにいたのはクロードで、不機嫌そうにそう一言こぼす。



「、、、今?」


「今だ。」


「後で行くわ。」


「今だ。」



ぐい。


リゼの腕を引くクロード。



「、、、ちょ、クロード?どうしたの?」



そんな様子をちょうど執務室で見ていたゼンは、「お、やっと動いたか。」そう言って笑っていた。




「ちょ、痛い、離してよ!」



クロードに腕を引かれたリゼが、痛い、と言うと、クロードははっとしたようにその手を離した。



「悪い。、」



「、、、なんなの?」



「、、、お前、この縁談受けるのか?」



「は?、、、ユリウスは、いい人よ。」


「そういうことじゃない。お前のことは俺がっ、、、つ、、、なんでもない。」



クロードの切迫つまった様子に、リゼは眉を顰めた。


「俺が、、、なに?」



「俺が1番、、、」


その続きを、聞いてしまったら、なにかが壊れる気がした。



「、、、私たち、そういうのじゃないでしょう、、、?」



気付いたらそう、言っていた。



その時の傷付いたクロードの顔に、リゼは胸が痛くなるのを感じるが、それがなぜなのか、まだわからなかった。


 

「、、、悪い。どうかしてた。稽古は、後でもいい。」



「忘れろ。」


はっ、としたようにリゼから離れ、背中を向けて遠ざかって行くクロード。




クロードは、何を言おうとしたの?




そんな2人の様子を見ていたユリウスは、何かを感じたように瞳を揺らした。




クロードと別れたあと、ユリウスのところに戻ったリゼに、ユリウスはいう。


「彼の言葉の続きを聞かなくてよかったのですか?」


「、、、ええ。」


「、、、今度、湖に行きませんか?とても素敵な場所を見つけたんです。ボートに乗りましょう。」


「、、、えぇ。」


リゼと会ってから、いつもリゼを見ていたからこそ、わかる。


いつも、リゼを見ている男がいた。


そして、リゼもまた、その男を目で追っている。


恐らくリゼ自身は気づいていないのだろう。



また別の日。



少し先を歩くリゼの背中を見ながら、ユリウスは静かに口を開いた。


「……あの方、、、。」


足を止めるリゼ。


「え?」


「この間の方。、、、あなたが、ずっと目で追っている人」


振り返ったリゼの表情が、一瞬だけ揺れた。


その反応で、すべてを理解する。


――ああ、やっぱり。


「気付いていないのは、あなただけだ」


苦笑するユリウスに、リゼは何も言えない。


少しだけ視線を逸らしながら、ユリウスは続ける。


「僕はね、ずっと考えていたんです。どうすればあなたを幸せにできるのか」


穏やかな声。


けれどその奥に、かすかな熱が滲む。


「守ることもできる。支えることもできる。あなたが望むなら、戦場から遠ざけることだってできる」


そこで一度、言葉を切る。


そして、小さく笑った。



「リゼ様。この縁談が成立したら、騎士団を退団し、僕の国に一緒に来てくれませんか?そこで、戦いのない平和な生活を送りましょう。」



「、、、あ。」


ユリウスのその言葉に、リゼの表情が変わる。


その表情を見たユリウスは、


「、、、冗談ですよ。」


そう、少し寂しそうに笑った。



風が吹く。


リゼの髪が揺れる。


その視線の先に、いないはずの誰かを見るように。


その一瞬を、ユリウスは見逃さなかった。


「あなたは――隣に立つ人を、求めている」


静かに、断言する。


「同じ景色を見て、同じ場所で剣を振るって……命を預けることのできる人を」


リゼの指先が、わずかに震えた。


「それが、あの方だ」


否定は、なかった。


できなかった。


長い沈黙。


やがてユリウスは、ゆっくりと息を吐く。


「……参りました」


その言葉は、あまりにも静かだった。


「僕はあなたを“守る”ことはできても――“あなたと同じ場所に立つ”ことはできない」


一歩、距離を取る。


ほんの少しだけ。


それだけで、もう二人の間には越えられない線が引かれてしまう。


「君が誰を見ているか、気付いていないとでも?」


リゼが顔を上げる。



ユリウスは、苦く笑う。


その笑みは、どこか子供みたいで。


「馬鹿ですね」


自嘲するように、呟く。


それは、リゼに対しての言葉か、それとも。


そして、すぐにいつもの柔らかな表情に戻る。


それが逆に、痛い。


「もう十分です」


まっすぐにリゼを見る。


「どうか、素直になってください。」


少しだけ沈黙してから、

その言葉を最後に、ユリウスは一礼して去っていく。


足音が遠ざかる。


リゼは、しばらく動けなかった。


風が吹く。


――あの人も、同じことを言った。


“背中は俺に任せろ”


胸の奥が、ざわつく。


「……なんなのよ」


小さくこぼした声は、誰にも届かない。


“隣に立つ人”

“命を預ける人”


そんなの、決まってるはずなのに。


どうしてこんなに、言葉にできないのか。



どうしてこんなに、怖いのか。







ユリウスが、「縁談を無かったことにしたい。」と言ってきたのは、そのすぐ後だった。





"幸せになってください。彼と。”



そう書かれたメモが、ユリウスが泊まっていた部屋に残されていた。、






ーーーー

ーー



「今回の我々の任務は、以前より続いていた小競り合いが国全体を巻き込む戦争にまで発展したノース領とウエスト領の鎮圧だ。魔獣や盗賊どもを相手にしていた今までのような戦いではない。我ら第3だけでなく、第1も第2も動く。厳しい戦いになる。みな心してかかるように。」



団長の言葉に、息を呑む。



「リゼ。お前は今回の任務、城に残って王女様の護衛についてくれ。」



「、、、え?」


団長の言葉に、リゼは目を見開いた。


「お前はエリシア様を守りたいから近衛騎士団に入ったんだろう。今が守る時だ。」



確かに、私の目的は王女、エリシアを守ることだ。


だけど。


みんなは?


私だって近衛騎士団の一員として今まで戦ってきた。


色んな戦場にだって出た。


団長の次に、剣の腕は立つはずだ。




「、、、私が女だからですか?」


唇が、震えた。



「そうではない。」



「王女を守るのが近衛騎士のもっとも優先すべき役目だ。」




納得は、できない。


仲間はみんな戦場に行くのに。



私は、行けないの?




「、、、クロードは?」



乾いた唇でやっと出した名前に、団長は少しの間を置いて答えた。



「、、、クロードは、次期副団長だ。あいつは、前線に立つ。」



ザワザワと、胸が騒いだ。



前線に立つ。


その意味がわからないほど馬鹿じゃない。



国王直属の第一騎士団も動く、その意味。


私に、城に残って王女を守れという、その意味。



王都にも、危険が迫っているということ。




そして、そんな危険な戦争の最前線に、クロードが立つ。



胸騒ぎがした。




”お前がいない世界で、、、"



今になって、あの時のクロードの言葉を思い出す。


あの時は、深く考えなかった。


だけど今は、、、。





”幸せになってください、彼と、、、"




ユリウスの残した言葉を、思い出す。






「、、、団長、私も、行きます。」



「だめだ。」



「でも、、、!」




「、、、リゼ。」


その時、エリシアが自分の名前を読んだ。



「、、、エリシア。」



団長は、そんな私たちを見ると、そのまま踵を返し、他の団員たちを連れてその場を離れようとする。



「団長!」






、、、行ってしまった。



クロードは、別動体で先に動いているため、団長たちが経つときその姿を確認することができなかった。


最後にクロードに会ったのは、ユリウスといた私に、声をかけた時。



"’私たち、そういうのじゃないでしょう。"



あの時のクロードの傷ついた顔が、頭から離れない。


あの後、一度姿を見かけたけれど、言葉を交わすことはなかった。



"忘れろ"



それが、最後に聞いたクロードの声。




、、、馬鹿だ、私。



あれが最後の会話になるかもしれない?



まさか。大丈夫。


大丈夫。


そう自分に言い聞かせる。



エリシアの不安そうな顔を見て、しっかりしなければ、と、頬を叩く。



「エリシア。部屋に戻りましょう。」



そしてもう1人、ここまで、姿を見かけなかった人物。



(、、、兄様も、戦場に、、、?)



エリシアの不安そうな顔を見て、いけない、しっかりしなくては、と気を引き締める。



エリシアと繋いだ手に、どちらともなく力を込めた。






戦場に向かった者と、城の護衛に残ったもの。


城に残った者は今まで通りの王族護衛と、いつもの訓練に暮れる日々。


あれから3日経つけれど、戦場に向かった者からの連絡はない。



連絡係がいるはずだけど、王都から戦場になっている場所までは、馬でも1日夜を越えて、2日はかかる。



戦況がわからない。


クロードがいない。


兄様も、いない。



城に残された私と、エリシアは、ただ、待つしかできなかった。




4日目のことだった。


王宮の、エリシアの部屋で寝泊まりをしていた私は、夜中、バタバタと廊下を走る足音に目を開けた。


「、、、何かあったの?」


廊下に出ると、私の姿を見たメイドの1人が慌てたように口を開いた。



「ゼン様が戻られました!」





「兄様!」



その部屋を開けると、そこにはゼンがいた。


「、、、リゼ。」



疲れた顔をしていたが、リゼの顔を見て一緒ほっとしたように表情を和らげた。



「起こしてしまったか。すまない。」


優しい、ゼンの声。


「、、、兄様、無事でなによりです。戦況はどうですか?」


しかしそのリゼの言葉に、ゼンが一瞬戸惑ったのをリゼは見逃さなかった。



「、、、何か、あったのですか?」



「、、、前線が突破されたと報告があった。第3騎士団が攻防にあたっていたはずだが、それ以上の情報が入ってこない。私はこれからすぐに向かう。」


突破、、、。


クロードは前線に立つ。


団長の言葉が頭に響く。




視界の隅に黒髪が映る。


気付いたら、走り出していた。



「リゼ!」


ゼンが呼び止める声も聞こえなかった。



「、、、リゼ?」


「ごめん、エリシア!私行かなきゃ!」


一度着替える為部屋に戻ると、エリシアが起きてリゼの名前を呼んだ。


その不安そうな顔にそう告げると、エリシアはわかっていたようにうなづいた。





「リゼ。行くのならこの馬を使え。」


庭に出ると、ゼンが馬を2頭連れて立っていた。


「走って向かうつもりだったのか?」


呆れたようにそういうゼンから馬を一頭引き受ける。


「、、、兄様。」



その馬は、リゼの愛馬。


クラウディアの屋敷に置いてきたはずだったのに。


「ここに来る前に屋敷に寄った。ヴァンが準備しておいてくれたんだ。帰ったら礼を言えよ。」



前を走るゼンに、置いていかれないように必死に馬を走らせる。


強くなったつもりでいたのに、やっぱりまだゼンには追いつけない。


その背中を見ながら、リゼはあの日の思い出すーー。


ーーーー

ーー





「ねえ、リゼ。本当に大丈夫なの?」



不安そうに裾を握るまだ幼いエリシアに、私は胸を張ってみせた。


「大丈夫よ。ちょっと外を見るだけだもの。すぐ戻るわ」


本当は、いけないことだとわかっていた。

王女を護衛もつけずに城の外へ連れ出すなんて。


それでも――見せてあげたかったのだ。


高い壁の向こうに広がる、自由な世界を。


「ほら、見て。あれが市場よ」


「わあ……!」


エリシアの顔がぱっと輝く。


その笑顔を見た瞬間、胸の奥がじんわりと温かくなった。


(連れてきてよかった)


そう思った、その時だった。


「――おい、あの紋章……」


低い声。


振り返ると、数人の男たちがこちらを見ていた。


視線は、まっすぐエリシアへ。


ローブの裾に入った、王家の紋章。


その意味に気付いた瞬間、背筋が冷えた。


「王家の子だ」


空気が変わる。


剣を抜く音。


(守らなきゃ)


そう思った。


そう、思ったのに――


足が、動かなかった。


初めて向けられる“本物の殺気”。


息が詰まる。


怖い。


頭ではわかっているのに、身体が言うことをきかない。


「リゼ……?」


エリシアの声。


振り向く。


その手を、掴もうとした。


けれど。


「きゃっ――!」


腕を引き剥がされる。


「リゼ!!」


名前を呼ばれる。


必死に手を伸ばす。


でも、届かない。


「クソ!エリシアを離せよ!」


幼いクロードが男たちの服を掴む。


必死に、しがみつく。


でも――


「ガキはどいてろ!」


簡単に突き飛ばされ、地面に叩きつけられる。


それでも、立ち上がろうとする。


手を伸ばす。


でも、届かない。


私もクロードも、ただエリシアの名前を呼ぶことしかできない。     


ただ、目の前で連れて行かれるのを――見ていることしかできなかった。





その時。


「――離せ」


その声が落ちた瞬間、


空気が変わった。


張り詰めていた殺気が、逆に凍りつく。


次の瞬間。



風が、走った。




視界の端で、影が一つ、閃く。


一瞬だった。


気付いたときには、男たちは地に伏していた。


その中心に立っていたのは――


「兄様……」


ゼンだった。


息一つ乱さず、剣を収める。


その腕の中には、震えるエリシア。


「もう大丈夫だ」


そう言って、優しく頭を撫でている。


その光景を、私はただ見ていることしかできなかった。




その日の夜。



重たい空気の中、父上は静かに言った。


「守れないなら、前に出るな」


その言葉は、叱責ではなかった。


ただの――事実だった。



だからこそ、何も言い返せなかった。



言えるはずがなかった。


私は、守れなかったのだから。




あの時の光景は、今でも焼き付いている。


伸ばした手。


届かなかった距離。


名前を呼ぶ声。


そして――


何もできなかった、自分。




(私は、弱い)


違う。


弱かった、じゃない。


今も、弱い。


だから――


強くならなきゃいけない。


誰よりも。


もう二度と、あんな思いはしたくないから。


もう二度と、大切な人を――


失わないために。




あの日、同じ場にいたはずの少年は、無言で拳を握り締めていた。


クロード。


彼もまた、何もできなかった一人だ。


クロードの視線の先には、ゼンの背中。


その目に宿るものを、あの時の私はまだ知らなかった。



でも、今なら、わかる。


あの日、同じ風の中で。


私たちは、それぞれ違うものを背負ったのだ。



守りたい、強くなりたい、それぞれがそれぞれの想いを背負って、私たちは大人になった。


"またみんなで笑い合える日が来るといいな。"



エリシアの言葉を思い出す。


今なら、素直に言えるのに。






「総長!リゼ様も!」


次の日の昼過ぎには第3騎士団に合流することができ、私たちの姿を見つけた団員たちが駆け寄ってくる。


「みんな、無事で何よりだ。戦況は?」


ゼンが、そう聞くと、団員たちは互いに目を見合わせた。


私はあの人の姿を探すけれど、見つからない。


団員の1人が、そんな私を見てなんて言ったらいいか、言葉を選ぶように口を開いた。



「あ、、、クロードが、、、」

「団長とクロードが、1番前にいたんです。でも突破された時、2人は俺たちに一度撤退するよう命令されて、、、」


「クロードは、負傷し、動けない状況のようで、団長と数人の団員とともに、まだ前線に、、、」



その言葉を聞いた時、目の前が真っ暗になった。




リゼは、再び走り出した。


団員やゼンがリゼを止めるようになにか叫んでいる。


でも、リゼにはなにも聞こえていなかったーー。





「クロード!!」




「、、、は?おま、なんで、、、」



リゼの姿を見て、絶望と怒りが混ざったような顔で固まるクロード。


クロードの姿を見つけ、崩れ落ちるリゼ。


クロードが、怪我をした体を引きずりながらも駆け寄ってくる。



「なんできた!こんなところに!お前はっ、、、」




そして、リゼの顔を見て、はっ、と言葉を止めた。


肩で息をしながら、



「、、、よかった。生きてた、、、。」



そう言葉を溢すリゼの目に、涙が溜まっていた。



「、、、は?」



「、、、クロードが、、、はぁ、怪我をして動けないって、前線に残ってるって、、、聞いて、、、あんたが、、、あんたがいなくなるって思ったら目の前が真っ暗になって、、、気付いたら、走ってた、、、」



髪も服も乱れて、息を切らすその姿を見て、瞬間、クロードはその手を伸ばす。


そして、リゼの体を雑に、力強く引き寄せた。



「、、、馬鹿野郎っ」




クロードは、リゼを強く抱きしめていた。


その腕に、ぐ、と力が籠る。




「、、、クロード、痛い、、、」



そう言うリゼの声はか細く、しかしクロードの存在を確かめるようにそっとその背中に腕を回した。



「、、、生きてた、、、。生きてた。クロード、、、。生きてた、、」



いなくなるかもしれない恐怖。


リゼが思い出したのはあの日のあの言葉。



<お前がいない世界で、俺はどうやって生きればいい。>



今、あの言葉が痛いほど胸に刺さった。  




ーークロードがいない世界を想像できなくてーーー。






「立てるか。」



どのくらいそうしてたのか、いや、おそらくは一瞬の時間だった。


クロードの、自分を気遣う声に、リゼは涙を拭きながら顔を上げる。



「あんたこそ。怪我は?」


「大したことない。」



大したことない、そういいつつも、改めてクロードを見ると、その体はボロボロだった。


「動けないって、、、」


「もう治った。」


ふ、とリゼが笑う。


クロードは、照れ臭そうにリゼから顔を背けると、額から流れる血を乱暴に腕で拭った。


その目は、もう前を見ている。



敵兵が、見えた。




「私も戦うよ。」


リゼが腰の剣を抜く。


その姿をチラ、と見るクロード。


「無茶はするな。」


「大丈夫。」



そして諦めたように、はぁ、とため息をつくと、リゼの背中に自分の背中を合わせるように、立ち、


「足手纏いになるなよ。」


そう言って剣を構える。


「こっちの、セリフ。」



リゼもまた、剣を構える。



背中は、お互いが守る。



まだ敵は動いている。


だけどもう、怖くなかったーーー。






その後、追ってきたゼンと、体制を整えた第3騎士団の活躍もあって、ロザリア軍は勝利を収めるーー。



ノース領とウエスト領が始めた国を巻き込んだ戦いは、数名の負傷者を出したものの、奇跡的にロザリア軍から死者を出すこともなく、終わった。


風が、静かに吹き抜けた。


血の匂いも、剣戟の音も、もう遠い。


ただ、揺れる草と、かすかな温もりだけが残っている。


(終わった……)


そう思ったのに。


胸の奥には、まだ何かが残っていた。


言葉にできないままの想い。


隣にいる、クロードを見る。




――あの日と同じ風が、頬を撫でる。


ふと、思い出す。


無邪気に笑っていた、あの頃。


いつも一緒だった、あの場所。


リゼは、ゆっくりと目を閉じた。







ーーーー

ーー



「――エリシア様」


柔らかな声が、静かな部屋に響く。


窓辺に立つ少女が、振り返った。


揺れる金の髪。


差し込む光の中で、その姿はどこか遠く見える。


「……風が、気持ちいいわね」


そう言って微笑むその瞳は、


どこか、少しだけ寂しげだった。






      ーー第一部、完ーー




 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ