01:贅沢なはずの次回予告
「パムール鉱山は楽しかった?」
図書館で本の返却業務をするロアに声をかけたのは、ルーンだった。
「はい。楽しかったです」
「よかった。医療推進課の前庭に来るようにって、伝言だよ」
「誰からですか?」
「それは内緒」
ルーンはそう言うと、ロアが持っていた本に触れた。
本はフラフラと宙を舞って、自分の居場所に戻っていく。
「終わったら戻っておいで。仕事の話をしよう」
ルーンはそう言うと、本の森の中に消えた。
医療推進課の知り合いなんて、ルイスしかいない。
そう思いながら医療推進課の前庭に行くと、やはりルイスがいた。
「ロアが僕を呼んだの?」
「私が? ルイスが呼んだんじゃないの?」
めずらしく噛み合わない会話に戸惑っていると、肩に沈むような重みが乗った。
「久しぶりー!」
驚いて、すぐそばにある顔を見た。
「シェル……!」
近くで見るシェルは背が高くなって、顔つきも少し大人になっている。
「久しぶりだね、シェル」
ルイスはそう言って笑うが、シェルは二人から離れながら不服そうにルイスを見た。
「式典のとき、なんか二人ともツーンとしてた」
「あんな場所でなにもできないよ」
あの時、シェルに振ろうとした手を、ルイスが止めた。
視線を感じてそちらを見ると、離れたところには護衛の騎士がいる。
シェルは、ただの〝幼馴染〟じゃない。
「そうだ。二人に会いたいって言われて連れてきたんだ。……こっちー」
シェルはそう言って、大きく手を振る。
シェルの視線の先には、少し小さなシェルが歩いていた。
シェルと同じ黒い髪に、赤い目。
しかしよく見ると、シェルよりもツンとした雰囲気がある。
彼は、ロアとルイスを見ると控えめに笑った。
「初めまして。ウィルと申します。トアルの村では、兄が大変お世話になりました」
すごく礼儀正しい、少し小さなシェル。
「兄はお二人がマーテルに来ることをずっと楽しみにしていたんですよ」
年上の人間に萎縮するわけでも、なれなれしいわけでもない落ち着いた口調。
ベルトラードを前にした時と、同じ感覚がする。
小さな所作から浮かび上がる品格。揺らがない人間の重さだった。
リディアが〝弟の方が国王に向いている〟と話した理由が、少しだけ分かった気がした。
シェルはそんな彼の隣で、「俺も楽しみだったけど、二人も楽しみにしてたよ絶対」と言った。
ウィルは少し困ったように笑っている。
「こんにちは、ウィル殿下。お会いできて嬉しいです」
ルイスの言葉に、ウィルの表情は少しだけ年相応に和らいだ。
「こちらこそお会いできて嬉しいです、ルイスさん。マーテルでの暮らしはいかがですか?」
「まだ慣れないこともありますが、宿舎の食事がおいしいので、いつも楽しみにしています」
「ルイスさんは、医療推進課ですね。宿舎の食事は、私も好きです」
「殿下も宿舎で召し上がることがあるんですか?」
「はい。公式の視察で、前もって訪問を伝えているときにいただきます。次は、ぜひルイスさんとご一緒したいです」
ウィルはそう言うと、今度はロアを見た。
固まるロアをよそに、ウィルは少し首を傾けてほほ笑んだ。
「ロアさんですね?」
「……はい。あの、私もお会いできて嬉しいです」
「友人の弟に、そんなに緊張することはありません。私もお会いできて嬉しいです」
ウィルはロアとルイスを見ると深々と頭を下げた。
「兄の側にいることを選んでくださって、ありがとうございます」
顔を上げたウィルは、ロアの後ろに視線を向けた。
しかし彼はすぐに視線を戻し、二人に笑いかけた。
「では、私はこれで失礼します」
そう言って改めて頭を下げたウィルは、足早に去って行く。
ウィルを視線で追うと、そこにはアメリアがいた。
「アメリアさん」
ウィルに声をかけられて、アメリアは驚いた様子で言葉に詰まり、「ごきげんよう、ウィル殿下」と丁寧に頭を下げていた。
ロアはちらりとシェルを見た。
シェルはアメリアたちの様子を、いつも通りの表情で見ている。
シェルは今、どんな気持ちで二人を見ているんだろう。
「僕も戻るよ。まだやることが残ってるから」
ルイスがそう言うと、シェルは不服そうな顔をした。
「え~もう帰るの? せっかく会えたのに」
「残念だけど。会えてよかったよ、シェル」
去り際、ルイスはロアを見て、「またね」と言い残し、大聖堂のような建物の中へ戻って行った。
ルイスの背中を見ながら、シェルは何気ない様子で言った。
「ロアはいいなー。ルイスとずっと一緒に居られて」
出た。
シェルのルイス贔屓。
そんなことを思っていると、シェルと目が合った。
「ルイスはいいなー。ロアとずっと一緒に居られて」
シェルは少し不貞腐れた顔をしている。
唐突にこっちに向かってやってきた〝天然メンヘラ製造機〟の部分に戸惑って、ロアは「そっか、まあ、ありがと」とぎこちなく呟いて、ベンチに座った。
シェルはロアの隣に座ると、体を少しロアの方へ向けた。
「なにしてた? 俺がトアルの村から帰ってから」
「別に、シェルがいた頃と変わらないよ。たくさん本を読んだくらい」
「そっか。……みんな元気?」
「うん。元気だよ」
「ルイスとは? 仲良くやってる?」
「昔と変わらないよ。シェルがいた頃と一緒」
「そっか」
失った部分を取り戻すみたいな時間の中に、沈黙が流れた。
風が木々を揺らす音が、すぐ隣にある。
「……パムール鉱山、見てきたの」
「うん。知ってるよ」
「なんで知ってるの?」
「報告書、読んだから」
気にしてくれていたんだ。
そう思うと、どんな風に返事をするのがちょうどいいのかわからなくて、ただ「そっか」と呟いた。
そんなそっけない態度も気にしないで、シェルは笑っている。
「嬉しかった。子どもの頃、二人で空を飛んで見た場所に、ロアがいるんだって思うと」
こんな風に、素直になれたらいいのに。
仕切り直すつもりでゆっくりと息を吐いて、少し背筋を伸ばした。
「なんかさ、パムール鉱山って、マーテルができるきっかけって言っていたから、もっと観光地です! って感じの場所だと思ってたんだけど」
「鉱山の方はそんな感じしないもんね」
「そう言えばレイラの村って――」
――シェルのお母さんの故郷なんだよね?
その言葉を言おうとして、やめた。
すでに亡くなった母親のことには、触れてほしくないかもしれない。
「レイラの村がどうしたの?」
「別に、なんでもない」
「母上の故郷って話?」
あっさりと言うシェルに、ロアの言葉は喉元で絡まった。
少し経ってから、ロアはやっと口を開いた。
「もう……なんでわかるの?」
「だって、それくらいしかなくない?」
「気にしてないの? 私は、お母さんの話だから嫌かもしれないって思って」
「嫌だったら、嫌って言うよ」
嘘だ。
嫌なことを嫌だと言えないまま、二度目の人生では潰れてしまったくせに。
それでも今のシェルは、なにも抱えていないみたいな顔をしている。
「俺は嬉しいよ。母上のことをロアが知ってくれたんだなーって。……大切な人と大切な人の話ができるって、なんかよくない?」
そんなこと、考えたこともなかった。
「っていうかさ。なんかロア、俺によそよそしくて悲しい」
「私がよそよそしい?」
「うん。よそよそしい。あの式典でもさ。ルイスはともかく、ロアは俺に笑うくらいはしてくれると思ってた!」
「いや、それは、さすがにあの雰囲気に呑まれて。……待って、なんで私が怒られてるの? 違くない?」
「違くない!」
言い張るシェルに、出た、と思ったのもつかの間、シェルは笑ってロアと視線を合わせた。
「次はちゃんと笑ってよ」
〝ちゃんと笑ってよ〟。
そんな、少女漫画のイケメン彼氏候補みたいな言葉を、そんなに自然に。
「殿下、お戻りの時間になりました」
「うん」
シェルは護衛に返事をすると素直に立ち上がり、振り返った。
またしばらく、シェルと会えない。
そう思って顔を上げると、シェルは真っ直ぐにこちらを見ていた。
「ずっと会いたかったよ、ロア」
どう反応すればいいのかわからない言葉を、シェルはまた平然と口にする。
「またね」
「……うん、また」
シェルは手を振って、踵を返した。
アメリアとの話を切り上げたウィルが合流して、二人は護衛と共にクロスロードの方へ歩いた。
二度目の人生でウィルは、シェルよりずいぶん先に死んだ。
ウィルはきっと、マーテル城でのシェルの光だ。
今はまだその光があって、シェルはちゃんと笑っている。
静かになった庭で、ロアはゆっくりと息を吐く。
そしてベンチにもたれかかって、空を見た。
〝またね〟なんて、二度目の人生では贅沢な話じゃないか。
シェルが幼い頃は、彼のこんなところを〝天然メンヘラ製造機〟だと笑っていられた。
少し離れている間に、同じようには笑えなくなっている。
その〝またね〟は、いつ来るんだろう。
そんなバカげた考えは、一体どこに置けばいいんだろう。




