メイドですが男子校に潜入しております
残り僅かで5月になると言う4月の下旬頃。
私こと堀川 千秋、齢16歳にして世界のど真ん中で活躍する大手企業会社、御子柴グループの一番偉い人のバカでかい屋敷で働き、先輩メイドたちと一緒に御子柴グループの敷地内にある社員寮で暮らす、住み込み仕様人です。
なぜ私が16歳にしてメイドと言う職業についているのかと言うのはひとまず置いときましてある日のこと突然、旦那さま、つまり御子柴グループの頂点に君臨する偉大なお方とその素敵な奥様になぜか呼び出しをくらいました。
もちろん、断ることなんて出来ませんので私は2つで返事を返します。それにしても普段、奥さまから呼び出しが多いのですが珍しく旦那さまからとは驚きです。伝えられた内容も詳しくはなくて、ただ今日の夜9時に奥さまと旦那さまがよく使う書斎室に来いとしか言われていません。
「失礼します」
とりあえず指定された時間に書斎室へと向かい、レトロなドアを軽くノックしてから中に入りました。
この屋敷の旦那さまのお名前は御子柴 賢二郎さま。特徴を挙げるとそうですね、栗色の瞳と髪の毛で身長は48歳にして結構、高めです。あとは英国紳士並みに気品溢れるオーラの持ち主でしょうか。
さて、私は一体なんでここに呼び出しをされたのでしょう?
うーん、気がつかないうちにミスをしたとか?でも、ここ数年、私が小さなミスを犯したことは全く記憶にございません。
どちらにしろ、旦那さまと奥さまに私の緊張した顔など見せられませんので、ここは私が唯一自慢できるポーカーフェイスでなんとか隠していますが心臓はバクバクで今にもはち切れそうです。
「まぁ、そこに座りなさい」
「畏まりました」
奥さまの御子柴 咲華さまが私を旦那さまと奥さまが座るソファの目の前にあるソファに座るよう促しました。
咲華さまの外見はモデルのようなスラリとした体型で女性らしく出る所は出て、引き締まる所は引き締まっていると言ったとっても素敵な方です。あとは綺麗な漆黒の腰まである長髪と澄み渡った空のようなスカイブルーの瞳が印象的ですね〜、とても若々しく41歳には絶対に見えません。
はい話を戻しまして旦那さまが咳払いを一つ、そしてテーブルの上に置いてあった3枚の書類を指さしました。
あら?この書類に書いてあるのは旦那さまと奥さまの間に生まれた息子の御子柴 春斗さまが編入する学園の名前ですね。
と言うことは、私が何かヘマをしたとかの話ではなくて少し安心しました。でも、油断は出来ません。
「千秋くんも知っての通り、春斗は今、共学校の佐倉高校に通っているがこの度6月の半ばからこの学園に編入することになった」
「はい」
春斗さまが編入する話はメイドたちの間ではかなり大騒ぎになっていたからよく覚えています。
確か今、春斗さまは共学校の佐倉高校に通っているのですが将来、御子柴グループを継ぐため急遽、経済学やその他諸々、グループを継ぐために必要な勉強をするため『聖白鳥学園』と言う男子校でしかも全寮制の学園に編入されるとか。
「聖白鳥学園は様々な企業のご子息さまなどが集まると噂に聞いております」
「えぇ、有名よね」
「そうなんだ……そうなんだよ……」
「だ、旦那さま⁉︎どうかなされましたか」
なぜか突然、旦那さまが頭を抱えて悶え始めました。その隣では奥さまはいつものことですよと笑いながらスルーしています。余談ですけどメイドや執事たちの間で奥さまは少しいや、かなりSっ気があるらしいとの事。
「別に聖白鳥学園が悪いわけじゃないんだよ」
「はぁ」
「でも、全寮制って」
「はぁ」
旦那さまの性格を完璧に網羅している私は旦那さまが何を言いたいのかなんとなく予想が出来ました。旦那さまは馬鹿が100個くらい付く程、親バカの部類に入ります。
ですから、きっと息子の春斗さまが家から離れ、寮暮らしすることについて寂しいのでしょうね。
それなら聖白鳥学園に編入することをやめさせれば良いのにと思うかもしれませんが御子柴グループを継ぐに当たりそれは避けられない道なのですよ。
「春斗ってさ、どちらかと言えば幼い顔立ちで可愛い系だろ?」
「はい」
旦那さまの言う通り春斗さまの顔立ちはどちらかと言えばまだどこかに幼さを残した小動物みたいな可愛い系。それに母親譲りの大きな瞳も合わさって、さながら乙女ゲームに出てくるような王子様。
ちなみに身長も低めで、そのことを本人も気にはしているみたいです。でも、身長が低いと言っても私の164センチよりかは少しだけ大きいですね。
「考えてみてっ!あの可愛い系の息子が全寮制だよ!しかも男子校!」
「はい」
私は旦那さまの勢いに押され驚いたけどお得意のポーカーフェイスで顔には出しません。さっきからずっと私は無表情のままです、多分?
「あの可愛い春斗が野蛮でケダモノの輩たちに襲われたらと思うと夜も眠れなくて」
「は……い?」
今一瞬、私の思考が止まりました。えーと今、旦那さまの口からとんでもないことを聞いたけど気のせいでしょうか?
あぁ、そう言えば旦那さまは春斗さまのことになると暴走するのですよね。だから、さっきのはきっと考え過ぎで頭がおかしくなったのでしょう。
ここはメイドの端くれとして聞かなかったことにするのが正解だと私は考えました。
「そこでだ!千秋くんっ!」
「はい」
さっきから私の返事は『はい』が多いですね。
そんなどうでも良いことを思いつつ私は姿勢正します。
今、目の前にいる旦那さまの目は真剣そのものでした。一方、隣にいる奥さまはいつも通りの優しい微笑を浮かべて私と旦那さまの会話を聞いてみえます。
「君には春斗と同じ聖白鳥学園に通い、陰から春斗を襲おうとする悪い輩から春斗を守ってほしい。それと春斗の行動を一つ一つ丁寧に報告書に書いて毎日、私に送ってくれ」
コノヒト、アタマ、ダイジョウブカ?
「失礼ながら旦那さま。それは少々いえ、かなり過保護にも度が超えているのではないでしょうか?春斗さまはもう高校1年生、自分の身は自分でお守りになられますし、なにより聖白鳥学園は品があり教養のある生徒たちが集まる場所です。そんなところで男が男を襲うと言う噂など聞いたこともありません。そして私のことなのですが、旦那さまは私が生物学上、女性に分類されると言うことを知っていらっしゃいますでしょうか?確かに御子柴グループに仕えるメイドは万が一のためにも戦闘の訓練やその他諸々は怠っておらず、メイド界でも最強と有名ですが聖白鳥学園は男子校、私は女。どう考えても男子校に女の私が行くことは考えられないことです。もし仮に旦那さまの考えていることを実行しようとするならば、私ではなく他の優秀な男性にお願いすることが最善かと提案します」
遠回しにお断りしますと言い、私は目を動かして今、自分が着ているメイド服を確認した後、頭の上でお団子にしている長い黒髪を触り、改めて確認します。
えぇ、私をどこからどう見ても男とは間違えませんよね。それに、自分で言ってあれなんですけど、実は私の声はすっごく特徴的なアニメ声なのですよ。
ですが私は特訓に特訓を重ね、多種多様な声に変えることが出来るようになったのです。野太い男の声から天使のような少女の声までね。
うーん、この2つを見てどこをどう間違えるのか不思議で仕方ありません。
はっ、まさか奥さまみたいな豊満な胸がないから⁉︎
私だってつるぺたではない方ですけどぉ〜。
「いや、千秋くんの性別は分かっている」
「それではどうして男子校に私を編入させようとお考えになられましたか?」
補足をしますと今、私は旦那さまと奥さまの援助を受けて春斗さまと同じ佐倉高校へ通わせて頂いております。
私と春斗さまの関係は学校ではクラスが違えども良き学友、家では主とメイドと言っても私と春斗さまは歳が同じで普段からよく会話しているせいか主従関係よりも友達に近いでしょう。
あっ、そうそう関係ないと思うのですが私は旦那さまと奥さまにも仕えているので旦那さまも奥さまも私の主なのです。
おっと、余談はこれくらいにして。
「それは……」
「ここからは私が話すわ。だってあなたを推薦したのは私なの」
「奥さまがですが⁉︎」
「えぇ、あっそうだあなた。ここからは女同士の話し合いだからあなたは先にベッドで寝ててちょうだい。ほら、ほら〜」
奥さまは天使のような笑顔で旦那さまを部屋から追い出し、その帰りで別のテーブルの上にあった紅茶用具とお菓子セットを私の目の前にあるテーブルに置かれました。
つい、メイドの癖で私は奥さまに紅茶を淹れようと腰を浮かしたのですが手で制されてしまい、動けなくなった私はそのまま大人しくソファに腰を下ろします。
「ふふ、そう硬くならずに楽にして良いのよ?」
スッと出されたティーカップにはミルクティーが入っています。これは奥さまが昼夜問わず好きな時に飲まれる紅茶。そして、付け添えに出されたお菓子はバターサンドとな。
この組み合わせはまさに『ザ・最強コンビ!』
夜にこんなものを食べたら体重が恐ろしいですわ〜。なんて思っていますがせっかく奥さまが出して下さったのに食べないわけにはいかないじゃないですか!
カロリー?何それ美味しいの?
「ありがとうございます」
奥さまから受け取ったミルクティーを一口。ふわっと濃厚でミルクの優しい味が口の中いっぱいに広がってとても美味しいです。紅茶だけでご飯3杯いけそう。
茶葉も高級品を使っていて美味しいのは当たり前なのですがやはり奥さまの淹れ方がお上手だからですね。
ミルクティーを堪能したところでお次はバターサンドを実食。普段この時間は厨房の方達と一緒に皿洗いをしたり、たまに春斗さまの家庭教師的なことをしていたり。
成績はどちらかと言うと私の方が上なのです、えっへん!あっ今のは決して自慢じゃありませんよ?
「やっぱりミルクティーとバターサンドの相性は最高ね。毎日、食べても飽きないわ」
そう、奥さまは夜にミルクティーとバターサンドを食べながら仕事だったり旦那さまとくつろぐなどなど。
本当に凄いですよね、夜にこんな高カロリーな物を食べているのにも関わらず体型がすらっとしているなんて。
「さて、くつろいだところで本題に入るわね」
静かにティーカップを膝の上に下ろした奥さまは柔和に微笑みながら私に話しかけます。
「さっきも賢二郎が言ったようにあなたには聖白鳥学園に編入してもらうわ」
この言い方をする奥さまに何を言ってもダメ。それは分かっているのですが、どうしても私が聖白鳥学園に編入しなくてはいけないのか納得出来ないのですよね。
「きっとあなたのことだから聖白鳥学園に編入することに腑に落ちてないでしょう」
はい、そうでございます、
「あなたを推薦した理由はあるわ、聖白鳥学園にはこれからの活躍を期待される子たちばかりが集まる場所でしょ?」
「はい」
「そこでは将来、自分のグループに良き影響を与える仲間捜しの場所でもあるし、反対に将来自分のグループのライバルになりそうな種を見つけて早期に潰す場所でもあるのよ」
たかがお坊ちゃま学園と思うなかれ!と、奥さまは暗に仰っているのです。
いや〜そうなるとなんだか聖白鳥学園が魔物の巣窟のように見えてくるのですが。恐ろしや恐ろしや、ぶるるるる。
「もちろん、春斗にはちゃんとその事も伝えるわよ」
友達は選べってか。もちろん選ぶことも大事なのですが私としては友達は選ばずに誰とでも仲良くしてほしいのが本音です。
でも、きっと春斗さまなら一応、奥さまのお言葉は聞くも右耳から左耳へと聞き流すでしょう。
「そこで、あなたの出番。春斗の目だけじゃなくてあなたの目で御子柴家と今後お付き合いするのに相応しい子たちを選別してちょうだい。それが聖白鳥学園に編入するあなたの理由よ」
「奥さま、もし私の目が狂っていて御子柴家に相応しくない方たちを選んでしまうと言う危険性をお考えしなかったのでしょうか?」
「ええ、考えなかったわ。だって御子柴家に仕えている中の誰よりもあなたの観察力は一級品よ」
つまり、私は奥さまに能力を買われているのです。観察力ですかぁ〜、そうですね奥さまの言った通り観察力には自信がありますね。
それに私自身、御子柴家に不利になるような人間をわざと選ぶことなんて出来ませんし。
「それが、私を聖白鳥学園に編入させる意味なのですね」
「えぇ、そうだけどあともう一つ理由としては、賢二郎が言ったように聖白鳥学園では本当にあるのよ」
「お、奥さま。『本当にある』とは?」
「もう〜分かってるくせに。この事実は隠されているんだけど私と理事長はお友達でね、真実を聞いちゃったの」
ニコニコと楽しそうに笑う奥さま。
なんだか、ここから先は聞いちゃだめなパターンのやつだ。そう私の緊急レーダーが発しております。
「女子生徒や女性教師がいない男たちのむさ苦しい聖白鳥学園では何かの間違えかかわいい顔のおとーーー」
「奥さま、話は分かりました。旦那さまが仰ったように私は春斗さまをお守りすれば宜しいのですね」
これは奥さま専属の先輩メイドから聞いた話なのですが奥さまは、その、普通の男女の恋愛話も好きなのですが男性と男性、女性と女性の恋愛話もお好きな方でして。
「いーえ。春斗を守るんじゃなくてそう言うことがあったら事細かく私に報告してほしいの。まぁこれは仕事の話として」
うわ〜今の奥さま凄いキラキラ輝いていますわ。あのぉ?奥さま、自分の息子で遊んでいませんか?
「あと一つの理由は男子校に女の子一人ってドキドキわくわくで素敵で鉄板じゃない?」
「奥さま、それは本気で言っていますか?」
本気と書いて本気と読む。えぇ、今の私の心情は燃え盛る炎のように荒ぶっておりますよ、顔には出していませんが。
はぁ、なんで私、こんなおかしな奥さまや親バカの旦那さまに仕えているのでしょう。自問自答しても答えはもう分かっています。
「本気よ?それにあなたには拒否権はない」
奥さまは笑顔のままですが春の暖かい夜だと言うのに部屋の温度がぐっと下がったような気分になりました。
「あなたと私たちには契約がある。その内容を忘れてはいないでしょうね」
ーーー契約。
それは、私が御子柴家に仕えている理由でもあります、この事は他言無用で旦那さまと奥さましか知らない。私はこれまで春斗さまや先輩メイドや執事たち言ったことはありません。
「もちろん覚えております」
契約がある以上、私は例え嫌な仕事を奥さまや旦那さまから頼まれても断れない。
そう、何があっても。
「引き受けてくれるわね」
「はい」
結局、これって脅しじゃん!
「それと、別に春斗と友達になっても構わないわよ。ただしバレないようにね」
もちろんです……
うーん、元々作者が男子校に女の子1人というパターンのお話が好きでして。
尚且つ、主従関係のお話も好きでして……
この2つを合わせたいなぁとか思ったのが執筆するきっかけ。
聖◯◯とか『聖』が付けば豪華に見えるだろう、そんな軽いノリで学園の名前は決まりました。
それでは次のお話は『メイドですが男子校に潜入しております』の2話目です