便器に流されるのだけは
出発の準備を進めている中――。
「ねえ」
花子が突然、声を上げた。
イザナが振り返る。
「どうした?」
「私の便器に入れば、一瞬で着くわよ」
「…………」
その場にいた全員が黙った。
花子は不思議そうに一同を見回す。
「どうしたの?」
「いや……」
イザナは一度、花子の顔を見た。
それから、少しだけ視線を逸らす。
「せっかくだし、景色を見ながら行くのもいいんじゃないか?」
「景色?」
「うん。歩いて行けば、途中の景色も見られるだろ」
「……まあ、そうだけど」
花子が首を傾げる。
すると、町人の一人が口を開いた。
「俺は荷物を持っていくから、歩いていた方が都合がいいな」
「私も、途中で荷物を整理したいし」
「俺は……」
別の町人が少し考える。
「歩く方が体が鈍らなくていい」
「そうね」
「そうだな」
なぜか、次々と歩く理由が出てくる。
花子はそんな様子を眺めていた。
そして、もう一度口を開く。
「でも、便器なら一瞬よ?」
「うん」
イザナは頷いた。
「それは分かってる」
「だったら――」
「ただ、今回は歩こう」
「……そう?」
「ああ」
花子は納得したような、していないような顔をする。
「まあ、いいけど」
そう言って、一度引き下がった。
だが――。
少しすると、再び口を開く。
「でも、ドラゴンはどうするの?」
「みんなで運ぶ」
「それも便器に入れればいいじゃない」
「…………」
イザナの動きが止まった。
町人たちも、一斉に黙る。
「ドラゴンまで一緒に流せるわよ?」
「それは……」
イザナが言葉を濁す。
「その……ドラゴンは、ちゃんと運んだ方がいいんじゃないか?」
「そうそう」
「俺もそう思う」
「うん。せっかくのドラゴンだし」
町人たちが次々と頷く。
花子は首を傾げた。
「変なの」
誰も答えない。
ただ、全員の足だけが、なぜかドラゴンを運ぶ準備へと向かっていた。
「一瞬で着くのに……」
花子が小さく呟く。
イザナは聞こえないふりをした。
町人たちも、黙々と荷物をまとめている。
花子だけが、最後まで不思議そうな顔をしていた。
「本当に便利なのになぁ……」
その言葉に、イザナと町人たちは顔を見合わせる。
そして――。
誰からともなく、苦笑が漏れた。
さっきまで、町には重苦しい空気が漂っていた。
町は壊れ、これから住む場所まで変えなければならない。
けれど今は――。
「じゃあ、出発するぞ」
イザナが声をかける。
「うん」
町人たちが動き出す。
花子も、その後に続く。
ただし――。
「……本当に便利なのに」
最後まで、花子だけは納得していなかった。
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