第二十八話 キャストオフ
分厚い装甲板に覆われた装甲車が、低く唸りを上げながら待機していた。
鈍い鉄の塊は外界の銃声や爆音を遮断し、まるで小さな要塞のように戦場の中心に鎮座している。その威圧感だけで、周囲の空気が一段重くなった。
ボスは迷いなくその装甲車へと乗り込む。
足を踏み入れた瞬間、外の喧騒は遠のき、代わりに密閉された車内の静寂が支配した。分厚い装甲に守られているという確信が、彼の口元に冷たい笑みを浮かばせる。
(これでいい。恐怖は外に置いてきた。あとは命令を下すだけだ)
ボスは振り返り、部下たちを見下ろすように告げた。
「行くぞ。お前たちの命、今から私に捧げたまえ」
その声には、一切の躊躇も情もない。
ただ命を消費することを当然とする、冷酷な自信だけがあった。
「イエス、マム!」
部下たちは一斉に応じる。
返事は力強いが、その胸中には恐怖と諦念が入り混じっていた。それでも逆らうという選択肢はない。ここで従わなければ、装甲車の外に放り出されるだけだと、誰もが理解していたからだ。
エンジン音が高まり、装甲車はゆっくりと動き出す。
鉄の塊が進むたび、地面がわずかに震え、彼らの覚悟と恐怖を飲み込んでいった。
◆◆◆
「――キャストオフ」
低く、しかしはっきりとした声と同時に、リボルは懐から球体状の装置を取り出した。
手のひらほどのそれは、空中に放り投げられた瞬間、ふわりと宙で静止する。
次の刹那――。
球体が微かに振動し、内部から無数の細かな鉄屑が噴き出した。
それらは光を反射しながら周囲へと拡散し、視界を覆い尽くす。まるで金属でできた煙幕。音もなく、しかし確実に、戦場の輪郭を塗り潰していった。
「……これは――」
アルテラが目を細めた、その瞬間だった。
――消えた。
リボルの姿が、視界から完全に失われる。
(どこだ――!?)
背筋に走る嫌な予感。
それに気づいたときには、もう遅かった。
背後――。
ギュウウウイイイン、と耳を裂くような駆動音が鳴り響き、次の瞬間、衝撃がアルテラの脇腹を貫いた。
「ぐっ……!」
装甲を抉る確かな手応え。
血が飛び、身体がわずかによろめく。
だがリボルは距離を取らない。銃口を向けたまま、冷ややかに言い放つ。
「どうだ。少しは――現実が見えたか?」
「……たかが脇腹だ」
アルテラは笑った。
出血を意に介する様子もなく、むしろその目には狂気じみた闘志が宿っている。
「どうにでもなる」
次の瞬間、アルテラは踏み込んだ。
ナタを振りかぶり、真正面からリボルへと襲いかかる。
「チッ……!」
リボルは銃身でナタを受け止め、火花を散らしながら押し合う。
そのまま距離を殺し、もう一方の手でピストルを構え直した。
(近い……だが、いける)
引き金に指をかけた、その時だった。
――別の視線が、この戦場を捉えていた。
「アルテラさんが……ピンチだ」
腕が今にも千切れそうなほど追い詰められながらも、カタルトゥはその光景を見逃さなかった。
焦燥が胸を締め付ける。
「どうにかしないと……!」
同時に、その異変に気づいた者がいる。
「――間に合え!」
ソフィアだった。
歯を食いしばり、限界の身体を叱咤して駆け出す。
そして――。
「冥府落星!」
詠唱と同時に、地面が悲鳴を上げた。
轟音と共に大地が崩れ落ち、足場が一気に失われる。
「なっ――!」
「先輩!!!」
リボルとアルテラの足元が消え、二人の身体は宙へと投げ出された。
一瞬の無重力。視界が反転し、上下の感覚が狂う。
(しまっ――)
その一瞬の隙を、アルテラは逃さなかった。
投げ放たれたナタが、回転しながら空を裂く。
――ズブリ。
「っ……!」
リボルの肩に、深く突き刺さる。
「食らったな」
アルテラの声には、勝利を確信した響きがあった。
宙に浮いたまま、彼は歪んだ笑みを浮かべる。
「――四肢拘束」
不吉な一言が、戦場に落ちる。
空気が、再び重く沈んだ。




