第39話 模擬戦評価演習――火のエリートと、空間干渉者
模擬戦評価演習の当日。特待クラス専用の演習場は、観客席付きの円形闘技場だった。結界は三重、おまけに空間歪曲対策の補助陣まで敷かれている。
(……完全に俺対策じゃないか、これ)
「結界えぐ……」とティオ。「本気の設備……」とミーナ。「ユウト、がんばって!」とルカが手を振り、シオンが「……逃げ場がない構造だ」と縁起の悪いことを言う。
(シオン、頼むから今それ言うな)
観客席には特待クラス生、教官、研究生たち。エリスも記録端末を持って座っていて、すれ違いざまに小声で言った。
「いい? ユウト。今日は“勝つ”必要はない。制御・判断・被害最小化。それだけ見せなさい」
(……なるほど。力比べじゃなくて、段取りを見せる場ってことか)
視線の先では、カイルが腕を組んで待っている。「怖気づいたか?」。
「いや。今日は“壊さない”って決めてるだけだ」
「随分、余裕だな」と、カイルは鼻で笑った。
***
「――開始!」
アストレア教官の合図と同時に、カイルの魔力が爆発的に膨れ上がった。炎が地面を這い、闘技場全体が赤く染まる。
「逃げ場はないぞ!」
(真正面から来るタイプか……)
俺は動かない。観客席のリリアが「ユウト……?」と不安げな声を漏らし、エリスが「……待ってる。彼、先に“場”を読ませるつもりよ」と返すのが聞こえた。
「《火陣・爆裂衝》!」
炎の塊が一直線に迫る。
(速い。でも――)
俺は、炎そのものを見なかった。その進路を見た。ここから、ここへ流れる。その“線”の結び目を、ほんの少しだけ横にずらす。
次の瞬間、炎は俺の横をすり抜け、何もない空間で爆ぜた。
「……なに?」とカイルが目を瞠る。観客席がどよめいた。「避けた?」「いや、軌道が……」「曲がったぞ……?」。俺は一歩も動いていない。
(……いける)
***
「小細工だな……!」
カイルは両手を広げ、魔力を一気に高めた。
「《火域展開》!」
闘技場の一部が、灼熱の領域に変わる。
(範囲攻撃か。これは避けようがない)
「どうする!? また軌道を曲げるか!」
(……いや)
俺は、炎ではなく、“領域”そのものに触れた。場所を、ずらす。次の瞬間、灼熱だったはずの床が、一拍遅れて――何も起こらなかった。炎は、確かにそこにあるのに、俺の立つ場所には“無い”。
「は……?」
「……領域の座標を、ほんの数センチ移動させた……」とエリスが呟き、アストレア教官が「破壊ゼロ。制御、完璧だ」と続けた。
(よし……!)
カイルは歯を食いしばった。「……化け物め」。
「俺は、お前を倒したいわけじゃない」と、俺は一歩前へ出た。「“制御できない力”だって言ったな。――今のを見て、どう思う?」
沈黙。やがて、カイルの拳から火が消えた。
「――そこまで! 勝敗は、ミナト・ユウトの判定勝ちだ」
観客席がどよめく。「勝った……?」「一歩も動いてない」「火が、当たってない……」。
リリアは胸を押さえながら微笑んで、小さく呟いた。
「……よかった」
その横顔が、ただ嬉しいというより、なにか張りつめていたものが解けたような顔をしていたのが、少しだけ気になった。
エリスは静かに記録を閉じる。
「これで確定ね。彼は“災厄”じゃない。――制御された異常よ」
(それも、褒め言葉なのか微妙なんだよなあ……)
***
カイルはしばらく黙っていたが、やがて頭を下げた。
「……俺の負けだ。制御できないと思ってた。訂正する」
「……ありがとう」
彼は悔しそうに、それでも真っ直ぐ言った。
「次は、正面から越える」
(あ、これライバル枠に昇格したやつだ)
演習後、リリアが駆け寄ってきた。「ユウト、すごかった!」。
「……怖かったけどな」
エリスも来て、珍しく柔らかい声で言った。「今日は合格。“扱える力”だと、ちゃんと証明した」。
(よし……)
胸の奥で、欠片は静かだった。クリスタルを振り切れさせて“測れないやつ”と言われた、あの測定の日から、ずいぶん遠くまで来た。力の大きさじゃない。どう御すか。今日はそれを、自分の手で示せた気がした。
お読みいただきありがとうございました。次回、勝利の余波と、リリアが抱えていたもの。




