第1話 目が覚めたら、レベル1の赤ん坊でした
はじめまして。
数ある小説の中からこの作品を選んでくれたあなた――
お目が高いです(笑)
この物語は、ゆる〜く楽しく読めることを目指して書いています。
肩の力を抜いて、のんびりお付き合いいただけたら嬉しいです。
それでは、どうぞお楽しみください。
――暗い。
何も見えないのに、苦しいくらいに意識だけははっきりしていた。
(あれ……俺、たしか終電で……)
ブラック企業の営業として、ノルマと残業に追われる毎日。
その日も、ぎゅうぎゅうの終電に揺られて、気がついたら車内で意識が遠のいて――そこで記憶は途切れている。
次に目を覚ましたとき、俺は真っ白な空間に立っていた。
天井も床もない。前も後ろも分からない。
ただ、目の前だけがやけにくっきりしていて、そこに「何か」が立っていた。
「ようこそ、こちら側へ」
落ち着いた声。
神様、というにはラフすぎる格好の青年だった。白シャツに黒いパンツ。どう見ても、隣の部署のちょっと仕事できる先輩って感じだ。
「……えっと、俺、死にました?」
「うん、わりとあっさりと。過労とストレスと、あと不運が三点盛りでね」
「雑な死因パックやめてもらえます?」
口が勝手に動いていた。
驚きよりも「ああ、やっぱりな」という妙な納得感の方が強い。終電で倒れる未来なんて、何度も頭をよぎっていたからだ。
「で、ここは?」
「いわゆる『転生受付カウンター』みたいなものだと思ってくれたら早いかな」
「雑だけど分かりやすい説明ありがとうございます」
青年――自称受付は、ぱん、と手を叩いた。
次の瞬間、俺の目の前に、半透明の板のようなものが現れた。
◆ ステータス・ログ画面 ◆
氏名:カミジョウ・ユウト(仮)
状態:死亡
次の進路:異世界転生(調整中)
▼選択中の特典
・
「……なんすかこれ」
「君の“現状”と“これから”をまとめた画面だよ。君たちの世界風に言うなら、『ダッシュボード』かな」
「ダッシュボードで死亡って出すのやめてもらえます? メンタルに悪い」
とはいえ、こういう“画面”のイメージは分かりやすかった。
頭の中にふわっと浮かんでいるだけなのに、ちゃんと読める。ちょっとゲームのステータス画面っぽい。
「さて、本題に入ろうか」
青年は指を鳴らし、画面に項目を追加していく。
▼次世界設定:剣と魔法の中世風ファンタジー世界
▼スタート地点:地方領地の小さな村
▼開始年齢:0歳(赤ん坊)
▼家族:一般農家(予定)
「……やっぱり、異世界転生なんですね」
「現世でだいぶ無茶させたからね。次は、もう少し“面白い人生”を遊んでみてもいいんじゃない?」
軽い調子で言うな、この神様(仮)。
「チート能力とかは?」
「あるよ。むしろ君の希望に合わせて、かなりカスタムできる」
青年は、今度は別の画面を開いた。
◆ 特典候補 ◆
A:最強攻撃魔法チート
B:無限お金チート
C:美男美女にモテまくりチート
D:現代知識フル活用&成長効率ブーストチート
E:その他(自由記入)
(……あ、見覚えある)
どこかで見たことのある選択肢。
いや、前世で疲れすぎて、こういう妄想を何度もした気がする。
「君の心のログから、候補を引っ張ってきただけだよ」
青年は肩をすくめる。
「攻撃最強とか、お金無限とか、そういう“読んでて気持ちいいやつ”も悪くないんだけど……」
「でも俺、どうせなら“自分もやれそう”な方がいい、って思ってたんだよな」
「そう、それ。君が一番長く考えてたのは、そっちだ」
青年が指差したのは、Dの項目だった。
D:現代知識フル活用&成長効率ブーストチート
・学習速度10倍
・失敗と成功が自動でログ化
・毎日、次にやるべき「1歩」がリストアップされる
「……うわ、なんか地味だけど、めちゃくちゃ仕事で欲しかったやつだ」
「ゲームみたいに“最初から最強”じゃないけど、積み上げれば積み上げるほど差がつく。
君が好んで読んでた“成り上がり物”の主人公たちを、リアル寄りにした感じだね」
「それください」
即答だった。
剣を振ったら山が吹き飛びます、みたいな派手さはない。でも――
(努力がちゃんと報われる仕様、ってだけで、もうご褒美だろ)
営業時代は、どれだけ頑張っても「数字が足りない」の一言で評価が吹き飛ぶこともあった。
だからこそ、「やった分だけ強くなる」と保証されているルールは、何より魅力的だった。
「決定でいいね?」
「はい」
「OK。じゃあ最終調整」
青年はどこかに見えないキーボードを打ち込みはじめる。
◆ 最終設定 ◆
・世界:剣と魔法と魔道具が存在する学園都市ありファンタジー世界
・スタート:地方の農村の赤ん坊
・特典:
【成長ログシステム】
――行動・学習が自動で記録され、
毎日「次にやると一番伸びる行動」が表示される
――同じ分野の成長速度10倍
――努力の成果が、数値とグラフで見える
・目標:学園に進学し、そこから成り上がること
「目標まで設定されてるんですね」
「明確なゴールがあった方が、成長ログも組みやすいからね。
『学園に行く』『そこで結果を出す』『その先にさらに広いステージへ』――君の好みだろう?」
「……はい、めちゃくちゃ好きです」
自分で決めたはずの「好き」が、目の前にきれいに整理されている感覚。
ちょっとだけ照れくさい。
「それじゃあ、行こうか。長い長い、第二の人生へ」
青年が手を差し出す。
その手を取った瞬間――世界が、ぐにゃりと歪んだ。
視界が、光でいっぱいになる。
耳の奥で、どくん、と、心臓の音がした。
……いや、これは。
(鼓動が、近い?)
さっきまで立っていたはずなのに、身体がうまく動かない。
視界もぼやけていて、何も見えない。
その代わり、やけに鮮明に伝わってくるものがあった。
温度。
匂い。
外から聞こえる、低くて優しい声。
「……生まれてきてくれて、ありがとう」
(――え?)
身体が、ふわりと持ち上げられる。
頬にあたるのは、誰かの腕。
胸に押しつけられて、どくどくとした鼓動が耳に響いてくる。
ぼんやりと目を開けると、そこには涙ぐんだ女の人の顔があった。
まだ若いけれど、少し日焼けした肌。
優しく笑いながら、俺――いや、「赤ん坊の俺」を抱きしめている。
「可愛い男の子ですよ。元気に産まれてくれました」
別の声が聞こえる。たぶん、この世界の産婆さんか医者だ。
(……あ、本当に、赤ん坊からスタートなんだ)
さすがにここまで来ると、現実感が追いついてきた。
手を動かそうとしても、思うように指は開かない。
喋ろうとしたら、口から出てきたのは――
「……あー」
情けないくらい、赤ん坊らしい声だった。
「ふふっ、元気ね。ユウト」
母親らしき女性が、俺の名前を呼ぶ。
ユウト。
前世と同じ響きだけれど、名字はきっと違うのだろう。
(カミジョウ・ユウト、か。農家の長男、レベル1)
そこまで考えた瞬間、頭の中に“それ”が浮かんだ。
◆ 成長ログシステム 起動します ◆
【初回ログ】
・新しい世界に生まれました
・基本状態をスキャン中……
▼現在の自分
・年齢:0
・職業:なし
・身体能力:赤ん坊標準
・魔力適性:測定待ち
▼今日の一歩
・まずはよく寝て、よく飲むこと
・この世界の言葉を、耳から覚えはじめましょう
(……うん、赤ん坊仕様だ)
ツッコミたい気持ちはあるけれど、内容は正しい。
まずは生きること。育つこと。そのうえで、言葉を覚えること。
前世では、何でも「明日でいいか」と先延ばしにしていた俺が――
今度の人生では、毎日「今日やる一歩」を提示されるらしい。
(だったら、やってやろうじゃん)
まだ満足に動かせない小さな手を、ぎゅっと握る。
それに気づいた母さんが、嬉しそうに笑った。
「これから、たくさん大変なこともあると思うけど……一緒に頑張ろうね、ユウト」
優しい声が、耳に沁み込んでくる。
――こうして俺は、
異世界の小さな村の赤ん坊として、二度目の人生をスタートさせた。
成長ログシステムなんていう、地味だけど最強の相棒を連れて。
まだ何もできないレベル1。
ここから、学園に行くまで、そしてその先の成り上がりまで――全部ひっくるめて、俺の新しい物語だ。
(よし。まずは……全力で、寝るか)
次の「今日の一歩」に、ちゃんと進めるように。
俺は安心しきったまま、すとんと眠りに落ちた。
――第二の人生の、最初の一日だった。
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