第44話「地図にない井戸と、応える気配」
リュードの朝は静かだった。
広場の屋台はまだ開店準備の最中で、通りもいつもより穏やかに感じられた。
「出発前に、これを……」
リシェルがそっと差し出してきたのは、小さな薬袋だった。
「軽い解毒と疲労回復の混合薬。いざって時、使って」
「ありがとう。助かるよ」
レイルは薬袋を受け取りながら、リシェルの目を見て頷いた。
「信じてるよ、レイル。……変なことに巻き込まれないように、ちゃんと見てるからね」
その言葉に、レイルは少しだけ表情を柔らかくした。
「ふーん……なんか、いい雰囲気出しちゃって」
横からカレンが口を挟む。
笑ってはいたが、どこか拗ねたような目をしていた。
「まあいいけどさ。妙な井戸に向かうとか、またヘンなトラブルに巻き込まれなきゃいいけどねー?」
「トラブルでも、準備して行けば……“巻き込まれるだけ”じゃ済まないから」
レイルが静かに答えると、カレンは「はいはい」と言って肩をすくめた。
ミルとモモンは、出発直前の通行証を見つめていた。
ポーチの中で静かに眠っていたそれが、近づくごとにじんわりと熱を帯びてきている。
「通行証、呼んでる……そんな気がする」
ミルの言葉に、モモンが「ぷしゅ……」と低く鳴いた。
◇ ◇ ◇
北東の森は、南西のそれよりも深く、霧がかかっていた。
地図にない場所へ向かうのは、本来なら危険行為だ。
だが、通行証が示す方向と、周囲にわずかに残る踏み跡が、それが“完全に忘れ去られた場所ではない”と物語っていた。
しばらく進むと、木々の合間に石造りの構造物が現れる。
それは、かつて井戸だったと思われるもの――だが、封印のような金属製の輪と刻印が、蓋の上に打ちつけられていた。
「……南西の井戸と似てる。でも、こっちは“閉じられてる”」
「誰かが……わざと、隠した?」
カレンが周囲を見渡しながら呟いた。
レイルが通行証を取り出した瞬間、それは熱を持ち、うっすらと蒼白い光を放った。
同時に、ミルの作ったお守り――彼の首元に下げていた小さな装飾が、同じ色に輝いた。
「共鳴……?」
ミルが通行証にそっと触れた瞬間、モモンの身体が急に跳ねた。
「ぷしゅ……!!」
膨らむように震えたモモンの体が、一気に発熱し、触れてもいないのに井戸の縁に吸い寄せられる。
「モモン!」
レイルが手を伸ばそうとしたが、モモンはふるりと震え、自らの意思でその場にとどまった。
その体が薄く光を帯びていく。
「スキャン……してる?」
「違う……スキャンじゃない。……見てる。“中を”」
ミルがぽつりとつぶやく。
その瞬間、レイルの視界に一瞬だけ**“構造の像”のようなもの**が重なった。
井戸の内部――通常では見えない空間――それが、モモンを通して知覚された。
「……モモン。お前……見せてくれてるのか?」
レイルが問いかけると、スライムは「ぷしゅ……」と静かに応え、また彼の足元へ戻ってきた。
だが、それで終わりではなかった。
通行証が再び強く光り、文字が浮かび上がる。
それは読める文字ではなかった。けれど――“意味”だけは伝わった。
『記録の継承者へ。共鳴は始まる。選ぶのは、君だ』
「……俺に?」
レイルはその言葉を、ただ心の中で反芻した。
◇ ◇ ◇
その頃――リュードの街を見下ろす高台に、二つの影があった。
ひとりは、灰の外套の男。
そしてもうひとりは、銀と黒の帝国装束を纏った監察官。
「対象、共鳴反応あり。モモンと通行証、双方で確認」
「よろしい。これで“観察”は完了だ」
監察官は小さく頷き、言葉を続ける。
「次は……“干渉”に移れ」
冷たい夜風が、草をなでていく。
レイルの財布事情(第44話終了時点)
前回繰越 830ルム
今回の収入 なし(調査活動)
支出 簡易野営具・食料・道具費など:−70ルム
現在の所持金 約760ルム
※パーティ共通資金(素材換金・協賛金:約200ルム)は別途保管中




