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大切な君と。

これにて完結です。

最後まで読んで下すってありがとうございました。

 春がきた。

 ロンドーム、ゲインズリフト通り。

 民家がぽつぽつと立ち並ぶ閑静な通りだった。

 道の端に何本もの桜が植えられていた。

 水穂が友好の証として送ったもの。

 通行人からの評判は良いが、管理者からは不評だった。

 放っておくと毛虫が湧くのだ。

 桜は満開だった。

 道の端に一台の馬車が止まっていた。

 御者が一人、御者台に座っている。

 馬車の隣には、一人の少女が居た。

 マーキス、マリースチュアート。

 イーグルランド初の混血の貴族だった。

 マリーの手の中に一つの小箱が有った。

 マリーはそれを開いた。

 その中には、一組の指輪が入っていた。

(女からなんて、おかしいかな?)

 指輪を見ながらマリーは考えた。

 いや、おかしくない。

 水穂人の貴族がおかしくないのと同様に、おかしくは無いのだ。

「マリー!」

「ひゃっ!」

 後ろから声をかけられ、マリーはびくりと体を震わせた。

 小箱を体で隠しながら振り向いた。

「才蔵、え~と、おはよう」

 声の主は炎魔才蔵。

 マリーの待ち人だった。

「もう昼だが?」

「別に良いじゃない」

「まあな。だが……」

「寂しくなるな。マリーが居なくなると」

「まあ、領主がいつまでも領地を空には出来ないし」

 マリーは与えられた領地へ引っ越す事になっていた。

 学校も転校する事になる。

「それで、大事な話が有るんだけど」

 小箱を持つ手に力が入った。

「実は俺も、大事な話が有る」

 才蔵の言葉に機先を挫かれた。

「じゃあ、お先にどうぞ」

 大事な事とは何かとマリーは考えた。

 自分と同じ要件だろうかと。

「マリーの母君の名を聞きたい」

「うん」

 まだ言ってなかったのか。

 意外に思いつつ、マリーは母の名を告げた。

「カエデ。私のお母様はカエデっていうのよ」

 ニコニコとマリーは話した。

 共有事項が増えるのが嬉しいようだった。

「そうか……」

 才蔵も笑っていた。

 口元は。

 目は笑っていなかった。

「マリー」


「お前は俺の妹だ」


「……え?」

 突然のことに、マリーは小箱を落としそうになった。

 だが、落とさなかった。

 大切なものだったからだ。

「俺の母上も、名を楓という」

 衝撃的な言葉が次々と飛び出してくる。

 おかしいと思った。

「え……? だって、才蔵のお母様が、どうして私のお父様と」

 聞き返した。

 だけど、答えを聞きたくなかった。

 何かにしがみついていたかった。

 手の中には小箱が有った。

 力を入れるわけにはいかなかった。

 箱が歪んでしまう。

「くノ一の任務は密偵だ。情報収集のためにスチュアート家に入り込んだ」

「お母様が、お父様を利用してたっていうの?」

「……最初はそうだったのだろう」

「最初は?」

「いくらなんでも、愛していない男の子は産めん」

「任務をきっかけに、母上はマリーの父君に惹かれていったのだろう」

 マリーは足元を見た。

 なんだか揺れているような気がした。

 地震だろうかと思った。

 いつまでたっても揺れがおさまらない。

 だから、視線を才蔵へと戻した。


「……お兄様?」


「そうだ」

 マリーの目から、一筋の涙がこぼれた。

 そして……。

 マリーは才蔵に口付けをした。

 二人の口が重なりあう。

 才蔵の瞳が揺れた。

 やがて、マリーは口を離した。

「マリー……」

 呆然と、才蔵は眼前の女を見た。

 マリーは笑顔で言った。

「お兄さま、私は」


「あなたを愛しています」


「俺もだよ。マリー」

 才蔵も笑顔だった。

 作った笑顔だ。

 マリーの両頬が涙に濡れていた。

 マリーは馬車へ駆け込んでいった。

 じきに馬車が走りだした。

 才蔵には、馬車の中のマリーは見えない。

 彼女は今、どんな表情をしているのだろう。

 才蔵にはわからない。

 わんわん泣いているのだろうか。

 なんとなくそう思った。

 願望かもしれなかった。

 マリーが小箱を持っていたのは知っていた。

 その中身も。

 やがて、馬車は見えなくなった。

(彼女の母上と一緒に死んでいたのは、父上だったのだろうか)

 その忍者には外傷が無かったと聞く。

(いや、もはや詮なきこと)

 馬車の進路の逆側を向いた。

 明日も学校だ。

 帰らねばならない。

 歩き出した。

「才蔵さま」

「蛍火か」

 気がつけば、才蔵の左に蛍火が立っていた。

「相変わらず見事な遁術だ。頭首の俺を超えたかもしれんな」

 才蔵は微笑んで言った。

 作り笑顔では無かった。

「はい。私はとっくに、才蔵さまを超えているのです」

 蛍火も微笑んだ。

 最近、蛍火は良く笑う。

 明るい笑顔だった。

 雰囲気全体が柔らかくなったように感じられる。

 理由はわからない。

 だが、才蔵はそれを嬉しく思った。

「そうか……」

「はい。才蔵さま」

「何だ?」


「彼女が妹だというのは、あくまで可能性の話です」


 表情が固まった。

「潜入の際に偽名を使ったかもしれないし、同じ名前の女が居たのかもしれない」

「炎魔の里が滅びた今、事実を証明するものは何もないのですから」

「止めてくれ」

 才蔵の顔が曇った。

「その話を聞いても、俺の足は動かない」

「それはつまり、そういうことなんだと思う」

「ヘタレということですね」

 蛍火の憎まれ口。

「言ってくれる」

 才蔵にはそれが不快では無かった。

「なあ蛍火」

「はい」

「もう忍者の時代では無いかもしれんな」

 才蔵は上を見た。

 満開の桜が美しい。

 もう春なのだと思った。

「でしょうね」

 蛍火がそっけなく言った。

 彼女は関心が無いのだ。

 忍者にも、魔法使いにも。

「炎魔忍軍の再興では無く、もっと別の何かを探してみようと思う」

 才蔵は言葉を継いだ。

「お前は何か、自分の道を見つけると良い」

「おや、私はとっくに見つけていますよ」

「何? お前はいつも俺の先を行くな」

 才蔵は困り顔で蛍火を見た。

 本当に困っているわけではなかった。

「全く、才蔵さまはダメダメですね」

 蛍火は笑顔で才蔵をなじる。

 ふと思いつき、才蔵は尋ねた。

「それで……」


「お前の道とは何なんだ?」


「えっ?」

「えっ?」

 蛍火は才蔵から目を逸らした。

「蛍火?」

 才蔵は蛍火の顔を覗き込もうとしたが、逃げられてしまう。

「あっ、見てください才蔵さま」

 蛍火が前を指さした。

「うむ?」

 才蔵も前を見た。

「見事な桜ですよ」

「ああ。そうだな」

 桜並木の中でも一等立派な桜。

「花見をしながらお前の道について聞くか」

 逃がさない。

 才蔵は蛍火を逃がさない。

「私の道を聞くと死にます」

 蛍火は話をはぐらかそうと必死だった。

「何の呪いだそれは。さあ、じっくり話してもらうからな」

「才蔵さまの……バカ……」

 蛍火の耳が桜色に染まって見えた。

 ひらひらと桜の花が舞っている。

 そのせいだろうかと才蔵は思った。

 才蔵は手を差し出した。

 花びらが一つ、手のひらに落ちた。

 


NINJA×WIZARD 完

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