第三十九話 「手」
まぶたを持ち上げて、指で草の下の大地をつかみ、俺は立ち上がる。もう鉄バットもメリケンサックも必要ない。右腕があれば、充分だ。
「鉄也さんっ」
「鉄兄っ」
「馬鹿」
三人が俺に気づいた。が、今は戦闘中だ。
「馬鹿はねえだろ、馬鹿は」
そう言いながらも俺はふらついていた。体がまだ痛い。すると、後ろからやって来た流架が隣に並んで、俺の肩を支えた。流架自身、足に小さな穴がいくつも空いていて、ふらついている。
「行きましょう」
「おう」
俺と流架は一歩ずつアメーバ本体へと歩を進めた。敵の攻撃はキスシアがさばいてくれた。核の前につくと、初菜が涙を溜めて待っていた。唇が震えている。
「今の俺じゃ、力が足りねえかもしれねえ。キスシアも流架も手伝ってくれねえか」
「もちろんです」
「おニャじく」
数珠丸に俺と流架とキスシアの手が重なる。あとは、一人。
「頼む、初菜」
初菜は涙を拭いて、俺の手の上から数珠丸を握り締めた。
「行くぞ」
数珠丸恒次の一振りが核を半分に斬った。俺の体からあらゆる痛みが消えていく。体が脱力し、立っていられなくなる。三人が俺を支える。だが、俺のアバターは足先から細かい塵になっていく。
「まずい。数珠丸の副作用が効いてる。速くデザートしなさい」
「デザート」
俺は呟いた。
病から解放され、現実の俺の体も脱力していた。自分でヘルメットを外せないでいると、右手が温かい感触に包まれた。ヘルメットを外さなくても、確認しなくても分かる。今、俺の手を握っているのは、メロンパンが好きで、意地っ張りで、素直じゃなくて、そして、俺が初めて好きになった女だ。




