第九話 練習試合にて頑張る気力は多少なりとも
俺達はそれから、城の演習場へと向かわされた。演習場は城の裏手にある大きな円形な闘技場だ。地面は土で出来ている。観客席はなく、本当に演習のためだけの施設のようだ。
話の通り、力試しを兼ねた練習試合が行われるようだ。形式は一対一の決闘方式、俺とリンが順番に戦うことになっている。練習試合のルールは大まかに以下の通りだ。
・勝負は一対一
・武器の使用は自由
・魔法の使用は自由
・殺すのは厳禁
・参ったというか戦闘不能になったら負け
・制限時間はなし
ざっとこんなところだ。魔法の使用が自由ということは必然的に錬金術も使っていいということだろう。それなら楽勝だ。俺は心の中でほくそ笑んでいた。演習場の真ん中付近、あらかじめ返してもらっていた白衣を身に着けて戦いの時を待っていた。白衣を着るのは久しぶりだ。白衣を着る時はいつも本気で戦う時だ。俺もリンもだ。何故なら、この白衣の内外のポケットには錬金術に必要なアイテム――特殊な液体の入った数々の試験管だ――がたくさん用意されている。普段では使わないようなちょっと強力なモノもたくさんある。念には念を入れている。俺が負ける可能性は万に一つもないはずだ。確信した。
何故なら、目の前に俺と向かい合っている俺の相手は看守のおっさんに比べて相当な小柄だったからだ。全身を覆うボロボロのフードに身を包んだその相手は顔はよく見えない。が俺よりも確実に若いだろう。こんなちんちくりんが俺の相手なのは些か不満だが儲け試合と思ってありがたく準備運動とすることにした。
あれやこれや考えている間に闘技場の上空から拡声器から発せられた声が響き渡る。
「これより! ハル及びリン・キリサメ両名の採用試験を始める!」
採用試験? さすがにそこまでは聞いていないんだが? だが?
「それに伴い、まずは第一試合、ハルとジャム・エジカルによる試合を執り行う! なおこの試合はアルマ・クリートに伝統的なルールに則って行う! 両者、異論はないな!?」
低くやや高圧的なその声は俺と目の前の子供に同意を促す。
「はいはーい、なんでもいいよ」
「はい」
目の前のフードの少年は思ったよりも声は僅かに高く、だがそれでも高すぎないくらい、小さいはっきりとした声で答えた。声変わりは過ぎたのか……さすがにそこまでは若くないということか。普通に考えればまあ分かる事だけど。
「よろしい、では只今より、試合を開始する! 始め!」
始まりの合図が響き渡った。俺は気合を軽く入れる。まずは、相手に言葉を投げかける。
「さて、勝負が始まったようだが俺の相手はこんなちんちくりんとは少々舐められてるようだな。俺を甘く見ているのかなんなのか――。まあとりあえず、フード脱いで顔を見せろよ」
目の前のフードの子供は淡々とした様子で返事した。
「僕はこう見えてもこの城で二番目に強い。もっと経験を積めば数年以内に一番にもなれる。才能はぶっちぎり……。見た目で舐めているのはそちらも同じ……。だから、あまり油断しないほうがいいですよ」
「ほう? じゃあ、気を付けるとするよ。それより、フード外せよ」
「いいよ。外す」
そう言って子供は頭を覆っていたフードを脱ぎ顔をのぞかせた。そこには幼さの残る中性的な顔付きだが、おそらく年齢は十五から十六といったところか、俺よりも何歳か年下程度に見えた。
「さーて、ジャムとか言ったか? どこからでも来い、少し揉んでやろう」
「では、行きます」
ジャムは右手をフードから出し、手の平を突き出した。
「放出します」
ジャムがそう言うと、手の平から炎が突如として出現し、ハル目がけて炎が弾となり飛び掛かる。
「うおっと! これが魔法か。こういうタイプのは初めて見たな」
ハルがさっと避けてジャムを改めて見る。ジャムはハルの発言に興味を示した。
「お兄さんはなんか少し違うね。魔法を見たのも初めて……?」
「ん? 分かるのか? まあ、初めてじゃないけどこういう直接的に攻撃してくるタイプは初めてだな。今までは身体強化系だった」
「なるほど……。少し、魔法の説明をしますね」
「おう、ご教授頼むわ」
「魔法は大きく分けて二つある。一つは今までお兄さんが見たことがあるような補助系魔法、身体強化が主な力。そして、もう一つが今見せた直接的な攻撃をする攻撃系魔法です。僕は補助系魔法が苦手でして攻撃系魔法が得意なんです。僕は元々体が貧弱なので攻撃タイプが得意で良かったです。では実演で確かめていきましょう。僕は魔法が使えないと思われるお兄さんの力が気になります。どうか惜しみなく見せてください」
今度は左手を突き出した。その手の平からは電撃が走りまっすぐにハルを襲う。
「おお、すげえな」
俺は白衣をなるべく汚さないようにしてまたさっと華麗に避ける。そして、このままやられっぱなしでも仕方がないから反撃に出る。表の胸ポケットに仕舞い込んでいた試験管を一つ取り、口に含む。
「よーく見ておきな。これが錬金術だ」
「レンキンジュツ……」
そして俺は二の足を軽く揉み、一気に地面を踏み抜く。そして、一瞬のうちにジャムの目の前へと接近した。一撃で決めるべく手加減も兼ねて鳩尾部分は避け、腹のど真ん中を拳で振り抜く。ジャムは腕を下げ腹を守ろうとした。だが、俺は無視してそのまま振り抜いた。おそらく、この小柄ならそのまま振り抜けるだろう。そう思い防御の姿勢の二の腕の上から拳を当てる。
思った通り、ジャムは後ろに吹っ飛び、砂埃を撒き散らしながら背中から倒れる。
「きゃっ!」
ん? 随分と女々しい声だな……。まあ、いい。そろそろ終わらせるか、その前に一つ声を掛けた。
「どうした? まだやるか?」
俺は暗に降参を促す。今の一発で分かった。万に一つも俺が負ける可能性はない。そう確信した。というかもうこれ以上戦っても何の意味もなさそうなので降参してほしい。
しかし……これがこの城郭都市の二番手だというのか……。はっきり言うと想像以上に絶望的過ぎて今更ながらに後悔している。今回の戦争、本当に勝てるのか? 先行きが不安しかないんだが……。まあ、とにかく今は目の前の相手の動向を見ることにする。
「防御したのに痛いですね……。僕の貧弱な体ではそう何発も受けられないですね……。少し、ギアを上げましょう」
「なんだ、まだやるのか」
ジャムは立ち膝姿勢から一気に自身の体を持ち上げ、両手から魔法を展開した。そこからは、氷のつぶてが無数に飛んできた。数瞬遅れて炎の球が数発撃ちだされる。
俺は、白衣の内ポケットから試験管を一つ取り出した。それの口を開け、今度は口に含まずに自分の目の前の空間に振り撒く。そして、素早く手を空中に飛散した液体の中を横一線に通した。そうすると、巨大な氷の壁が生まれた。そして、その巨大な氷の壁がジャムの打ち出した氷と炎を受け、打ち消した。楽勝だ。問題なく対応できている。何の問題もないのだ。
「もう諦めろって」
俺は氷の壁の向こう側にいるであろうジャムに向かって声を掛ける。しかし、不思議なことにそれに対する返答はない。代わりに新たな声が届く。ジャムの声だ。
「囮です!」
やけに声が近い。ジャムの声は明らかにさっきまでの距離感はなかった。まさか……。
「いつの間に!?」
俺の思った通り、ジャムは氷の壁からぬるりと姿を現して、もう俺の目の前まで接近していた。その手には、氷で出来た剣のようなものを手に構えていた。それを思い切りこちらに振り抜いてきた。
だが、俺は上手く氷の剣の軌道を避けて避けた勢いでそのままジャムに接近する。
戦ってみて思ったっことがある。魔法は主に攻撃系魔法は中距離から遠距離攻撃主体だ。今のように接近に応用することも出来るだろうが魔法自体の特性とはあまりマッチしていないんじゃないかと思う。だからこそ、接近しジャムの肩を掴みそのまま地面に押し倒した。そのまま降参するまで組み伏せ続けるつもりだ。地力ではどう考えても負けるはずないだろうから組み伏せればこちらの勝ちだろう。
だが、組み伏せるときにうっかり足を滑らしてしまった。地面に氷の屑が飛び散っており僅かに溶け始めたその氷が足を滑らしてしまったのだ。だが、問題はない。俺は上側にいるんだ。そのまま力を抜いたまま体重に任せて倒れ込めばいい。多少体のバランスが取れないが問題ないだろう。要は勝てば良かろうなのだ。うん、勝者が正義だ。勝てさえすれば何してもいいだろう。
「さて、このまま倒れ込んでこのまま組み伏せれば俺の勝ちだな」
「きゃあ!!」
まただ。女々しい声だ。なんだろうこの少年は……。
「随分と女々しいじゃないか。さあ、降参するか?」
そう聞くが、ジャムは中々返事をしない。心なしか顔を赤くしているように見える。
「……ん~~!!」
「ん? なんだ? はっきりものを言え」
俺は再度、促す。しかし、予想以上に大きな声で返事が返ってきた。
「……します。降参しますから、早く胸から手を放してくださいー!!」
俺はびっくりして両手で耳を塞ぐ。そして、その時になってやっと気が付いた。俺は左手は肩に手を掛けていたが、右手はジャムの胸に手を当てていたみたいだ。しかし、男同士なら別にそこまで騒ぐほどのものでもないだろう…………ん? 右手に柔らかい感触が残っている。それにジャムの顔を見るとはっきりと紅潮させていた。その中性的な幼い顔がはっきりと片方のそれを覗かせていた。
「え……お前、もしかして女……!?」
「そうですよお! 女です! 気づかなかったんですか!? とにかく退けてください!」
ジャムはさっきよりもはっきりと大きな声で叫ぶ。
「お? おお、すまん! ていうかお前自分のこと僕って……」
「それは別に関係ないでしょう!」
慌ててジャムの体から退けて立ち上がった。が、いまだにジャムは顔を紅潮させたまま自分の体を抱くように腕を腰に当てている。
「…………この変態」
ジャムが俺を見ながらそう呟いた。
勝負には割と楽に勝ったがなにか納得の行かない微妙な気持ちに支配されていた。
背後から放たれているであろう師匠の殺気にただただ肩を震わせるしかなかった。